第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる
第1話 魔王様、現状理解に努める
オル・ディールの世界とこの世界の違いは、ある程度成長してくると良く解るようになる。
この世界は“地球”と呼ばれ、様々な国々がオル・ディールのように存在するが、エルフの国だの獣族の国だのというものは存在しない。
全てにおいて――人間と言う者が存在している。
更に言えば、職業等もオル・ディールとは違う。
この世界には限られた職業しかないのだ。
しかも魔法を使う者すらいない。
冒険をする冒険者もいなければ、街の外に出るとモンスターに遭うという事も無いのだ。
だが戦争はある。
どの世界、どの時代においてもそれはあるらしい。
宗教の違いだの、どっちが優勢だの、その辺りはどうやらオル・ディールと一緒のようだ。
そして我と聖女の住まう場所は“地球”にある“日本”と言う国らしい。
世界的に見ても平和な国だと知ったが、表面上は平和であろう。
だが、闇はどこにでも潜むものだ。
あの落雷事件から時は流れ、我は小学校に通うようになった。
聖女は同じ小学校に通っている。
我、六歳。
聖女、十一歳である。
この年になれば、オル・ディールでは一般的に冒険者として生活するものも多くいたと聞くが、日本では少年法だの色々ややこしいものがあり、成人するまでは親の加護の元で生活しなくてはならないらしい。
自由であるようで自由ではない。
それが日本だと改めて理解する。
何故なら、オル・ディールでは我の年になれば嫁がいても可笑しくはなかったからだ。
無論、魔族的視点で言えば――だが。
聖女はもう直ぐ小学校を卒業する。
つまり、一緒に小学校と言う場所に通えるのもたった一年しかないと言う事だ。
聖女は背丈こそ無かったが、胸は膨らみ尻も結構大きかった。
祖父の言葉を借りれば【我が侭ボディ】と言う奴らしい。
そう言う女性は人間の男性にとって好物であり、よからぬ事を考える男が多い事も調べ済みだ。
我意外の男が聖女に有象無象に近寄るなど、万死に値する。
オル・ディールの世界でなら串刺しの刑に処しているところだ。
それ以上に困ったことがあるとすれば、聖女が自分の見た目に関して無自覚であると言う事である。
一年生と六年生の歓迎遠足の際には、我は聖女の側から離れず全ての男を監視したほどだと言うのに聖女は――。
「祐ちゃんこれ食べる?」
「祐ちゃんミニトマト好きだったよね? はい、あーん!」
――可愛いったらない。
――そう、実に可愛らしいのだ。
“クラスメイト”とか言う同じ性別の奴らにアレコレ言われようと、その声すら聴こえてこないほど愛らしい存在なのだ。
将来必ず聖女を嫁にする。側にずっと置いて愛する。
そう決めたのも随分と昔に思えるが、改めてそれを自覚させられたのが歓迎遠足だった。
だが問題もある。
何でも小学校にあがると……“初恋”だの“男女のお付き合い”だのを考える女が多いのだと言う。無論これは同じ“クラス”の女共が言っていたことだが、それは聖女にも当てはまることだろうと思うと冷や汗が流れた。
我が小学校に行けない間に、聖女は初恋をしていたのかもしれない。
男女のお付き合いをしていたのかもしれない!!
そう思うと、雷が良く落ちる山として名高い雷山に幾度と無く雷が落ちた。
全ての初めては我でなくては気がすまない。
聖女の初めては全て我でなくては!!
――とは言え、年齢差もある……何とも不条理な不具合だ。
聖女は我に恋をしてくれない可能性も出てくるではないか。
頭を悩ませ一人廊下に立っているとクラスの男……いや、幼稚園から一緒の奴が我に話しかけてきた。
「何だよ難しい顔して」
「えぇ……少々悩み事がありまして」
我が丁寧な言葉を使うのは【寺の跡継ぎとして恥じることの無い様に】と言う“教育”の賜物。
我としてもこのような堅苦しい会話をしたくは無いのだが、徹底的に言葉使いを鍛えられると変える事は難しい。
「六年生の心寿ちゃんだろ~? 皆知ってるぜ?」
「そうですか」
「良いよな~初恋って奴? 年上のお姉さんが好きとかエロいわ~」
十一歳の幼子にエロイは、お前の頭は大丈夫か?
「心寿ちゃんおっぱい大きいしさ~気持ち解るぜ? うんうん!」
「その目をくりぬいて差し上げましょうか?」
「やめろよ~! だって男なら胸に目がいくじゃん? 心寿ちゃんおっぱい大きいし絶対自然に目が行くって! 男の性だって父ちゃん言ってた!」
男の性……そう言われると自分もそうなのだろうかと頭を悩ませる。
確かに胸はあるほうが良い。無いよりは断然マシだと思う。
祖母も母も胸は大きいほうだ。それに慣れ親しんでいたからだろうか?
だが同じ六年生で聖女よりも発育の良い娘には興味すら示さないのだ……。
つまり――“恋”と言うものが原因だろうか?
「貴方は胸が大きければ誰でも良いのですか?」
「そりゃそうだよ、無いよりあったほうがいいよ! 一度は揉んでみたい」
「ふむ」
「おっぱいって良いよな! 抱きついてよし、揉んでよし! 谷間に顔を埋めて死んでみたい!!」
「アキラ君サイテ――!!」
丁度クラスの女子が聞いていたらしく、アキラと呼ばれた男は慌てふためいていた。
「違うって! これはユウが……」
「ユウ君がそんな低俗なこと言うはず無いじゃん!」
「そうよそうよ!」
「コレだからアキラは!」
「「「本当サイテー!!」」」
「だから違うって!!」
「無理に否定すると女性は厄介ですよ?」
「お前も庇うなりしろよ!」
その後“アキラはおっぱい好き”と言う称号を得た彼は、我と良く一緒にいるようになる。
理由は解らない。
だが幼稚園から一緒だったアキラは“自称おっぱい好き”として成長して行くのである。
更に驚くことに、アキラは聖女の家の隣に住んでいた。
最早嫉妬しかない。
殺したい。
隣に住んでいると言う事を知った以上、我の嫉妬に狂った目を見たアキラは「お前も大概だな」と呆れていたが、我が聖女の事を本気で好きであると言う事を理解しているようだ。
「ユウが好きな相手って心寿ちゃんってのは理解した」
「理解していただけて何よりです」
「それで、心寿ちゃんの友人関係と男女関係まで調べろってのは、無理があると思う」
「ありません。貴方がうまくやれば解る事です」
「オレがうまくやれるとでも思ってる?」
「……運よく行けばでしょうか?」
そうだった。
裏表の無いアキラだからこそ適任かと思ったが、聖女から「なんで?」とでも聞かれれば素直に我が聖女を好いていることがばれてしまう。
いや、既にバレている気がするが……。
「それに、オレが聞くより姉貴に聞いたほうが早くないか?」
「姉貴?」
「オレのねーちゃん、心寿ちゃんと同じ学年だし一緒のクラスで友達だぞ?」
「本当なのですか!?」
思わず前のめりになってしまったが、なんと言う事だ。
役立たずだと思ったのを一時撤回しよう。
「良く心寿ちゃん家でお泊り会とかしてるらしくってさ。ねーちゃんも毎回行ってるぜ?」
「その話、お姉さまに詳しく御聞きしたい」
「駄目だって! 男が立ち入っちゃいけない事だって女にはあるって言ってたぜ!?」
男子禁制!?
それは正に、祖父母から聞いていた“恋のお悩み教室”みたいなものか!?
聖女が恋……初恋、初めての相手……。
「心寿さんの初めては全て私でなくては気がすみません」
「そうは言っても……難しくないか?」
「何故です?」
「だってほら、オレ達年齢の差って壁があるから」
その言葉に我はうな垂れた……そうだ、我と聖女には年齢の差という障害がある。
幾ら我が好きでも、女性とは種の繁栄の為に良き男を選ぶ、年上の男性を選ぶ傾向にあると調べたことがある。
それが事実であるとすれば、我がどれだけ頑張っても全ての初めてを奪う事は難しいであろう。
幾ら夏休み中、出来るだけ寺に来て一緒にいるとしても。
幾ら休みという休み、出来るだけ一緒に過ごしていても。
幾年、大晦日の鐘付きの間側にい続けても……。
聖女の心を留めておくことができないと言う事か……。
ここまで自分の無力さを感じた事は今まであっただろうか?
もしかしたら隣で過ごしている間、他の男を想っていた時間もあったかもしれない。
そう想うと、胸がズクンと痛んだ。
「ユウ、大丈夫か?」
「ご心配なさらず……精神的ダメージが大きいだけです」
「でもねーちゃんが言ってたぜ! 背が高くて筋肉質な男性は魅力的だって!」
「それは……一般的にみてでしょうか?」
そう問い掛けるとアキラは暫く悩んだが、強く頷いた。
「だって、テレビとかで見る俳優って背が高くて細身で筋肉質じゃん?」
「確かに」
「あと、頭が良い男とか運動神経が良い男ってモテルじゃん!?」
「確かに」
「一般的にモテルって分類を制覇してれば、心寿ちゃんをモノにできんじゃね!?」
「確かに!!」
潰せる場所は潰して置く。
逃げ場を失わせるのは鉄則だ。
最後に追い込ませて自分の物に出来れば、それが一番の近道のようにも感じる。
例え他に好いた男性がいたとしても、潰せる場所を潰しておけば優位に動く事は可能だろうと判断した。
「あと、母ちゃんが言ってたけど将来性がある男はモテルらしいぜ」
「将来性とは?」
「仕事がしっかりある……とか言ってたな」
それならば心配は無い。
我は寺の跡継ぎ、学校を出て宗教の大学に通い寺の跡を継ぐことが決まっている。
それに寺の息子と言うだけで僧籍は早めに取得することもできるのだ。
とすれば……後は勉学に励み、運動を程よくし、身体つきをもっと男らしくしなくてはならないと言うことか。
今後の方針が決まった。
後は家族が止めに入らない程度に頑張ればよい。
以前何かのテレビで言っていたな……筋肉は裏切らないと。
「幸いにして顔には自信がありますから、後は努力次第でしょう」
「うわぁ……ハッキリ言っちゃう?」
「何か問題でも?」
「いや……うん、それでこそユウだなってどこか納得した」
「それでは貴方のお姉さまに色々と情報を聞き出して置いて下さい」
「え――……面倒くさいなぁ」
「私に恩を売っておけば、後々良いことがあるかも知れませんよ?」
薄く微笑むとアキラは一瞬悩んだようだが、我の命令を聞いたようだ。
これで知らない聖女の一面が解るかも知れぬな。
もし恋をしているのであれば、その男を徹底的に潰せばよいだけのこと。
全ては我の計画通りに事が運べばよい。
――運べば良いのだが……現実はそうは行かぬものよ。
「
「おにいちゃんのいじわる――!!」
「お母さんに叱られても良いのですか? いい子にしていなくてはサンタさんが来てくれませんよ」
「うわぁあああん!!」
我は家に帰れば妹の小雪に振り回される日々を送っていた。
幸一郎は嘘つきだ。
妹が可愛い等と……とんでもない存在では無いか。
溜息を吐きつつ、夕飯前にお勤めの御経を読みアキラからの情報を楽しみに早々に寝るのであった。
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