【中学突入】転生魔王は寺に生まれる
udonlevel2
序章
オル・ディールの世界に君臨していた魔王が、今、正に封印されようとしている。
幾つもの国を滅ぼし、数え切れぬ程の残虐を起こした魔王ダグラスは、勇者達と共にやってきた聖女により身動きが取れない状態にあった。
満身創痍の勇者達。聖女もまた、息も切れ切れになんとか封印を施そうとしている。
『ほう……我を封印せし聖女を連れて来ていたか……余程人間どもは必死と見える』
「黙りなさい! 沢山の人々を苦しめた貴方は私が封印してみせるんだから!」
魔王もまた、殆どの力を使いきるほど魔力が枯渇していた。
だからと言って、何も出来ないわけではない。
自分の後ろに大きな空間の歪みを感じて後ろを振り向くと、どうやらこの先に封印されるのだと確信する。
(ふむ、良い案が浮かんだぞ?)
口角を少しだけ上げ、今にも倒れそうになっている聖女を見つめた。
囚われてはいる、だが手首から先は動くのだ。
魔王は聖女の足元に自分の影を這わせ、彼女の両足首に絡みついた。
『独りで封印されるのも、お前達をただ喜ばせるだけだろう……ならば聖女も共に、我と行こうではないか』
魔王の言葉に勇者達は顔を上げる。
「聖女様!!」
「――だったら、一緒にいってやるわよ!」
止めようとする仲間を無視し、聖女は全ての力を使いきると同時に――魔王と共に黒い空間の歪みの中へと消えて行った。
■ □ ■ □ ■
明るい光りを感じて目を開けた。
ここはどこだろうか?
なにやらフワフワしたベッドのような場所で眠っているようだが、目の前に広がる景色は今まで見た事も無い。
木目調の天井に……これは何の草の匂いだ?
何とか少しだけ動いた頭を使いまわりを見渡すが、外からは虫の声が聴こえる。
蒸し暑いな……特に下半身が蒸し暑い、何だこれは。
そう思って自分の下半身の手をやったが、どうやら上手く届かない。
不思議に思い自分の手を見つめると、大きな自分の手ではなく小さな赤子のような手が見えるではないか。
ふむ……まぁ慌てることは無い。
我は封印されたのだから何かしらの不具合が生じたのであろう。
そう思っていると、小さき者の足音が聞こえてきた。
パタパタと駆け足でこちらに来る気配を感じたが、その気配に我は目を見開く。
「
覗き込んできたその者こそ、聖女と同じ気配を感じることが出来た。
なんだ、また封印でもしにきたか?
我は今動けぬ、好きに料理するが良い。
「祐ちゃんのお母さ~ん! 祐ちゃん起きたよ――!」
「まぁ! 泣かないから分からなかったわ~!」
「祐ちゃんオムツチェックしようね~?」
オムツとは何だ?
お
そう思った矢先、聖女はこともあろうか……我の下半身に手を伸ばした。
何をする!! そこは神聖な場所だ!! 触るでない!!
「ふぇ……ふえぇぇぇええ!!」
声を上げたら、情けない赤子の声が出た。
涙を流したくも無いのに流れ、両手と両足がバタバタと動く。
「大丈夫だよ~オムツが汚れてないか見るだけだから!」
やめろ! やめろおおお!!!
必死に叫んだが我の抵抗も虚しく聖女に下半身を見られてしまった……なんと言う屈辱。
その後も、毎日のように聖女が来ては我の面倒を甲斐甲斐しく見るのだ。
小さき我を抱っこしてあやし、忙しいと言う我の産み親の変わりに面倒を見る聖女。
ふむ、今日の“ミルク”とか言うご飯も中々美味いな。
湯の加減も丁度良い。
だが、どうにも慣れぬ事は誰にとてあるのだ。
「よし! オムツ交換しようか」
「ふぇぇええええ!」
この“オムツ交換”と言うのだけは、我にとって耐え難い苦痛だ。
ベリッと剥がされて聖女に男として最も大事なものを見られると言う苦痛……これだけは未だに慣れぬ。
別に弄られている訳でもなんでもないが、早くこのオムツとやらが取れるようにせねば、何時までたっても産みの親と聖女に下半身を見られ続けると言う事に……っ!
「祐ちゃんは偉いね、でも何でオムツ交換する時に泣くのかな?」
交換が終わり聖女に背中をポンポンと叩かれながら不機嫌を露にする我の虚しきことよ。
だが聖女の甲斐甲斐しい行動は賞賛に値知る。
そなたが聖女として我と敵対しないと言うのであれば、一生側に置いてやっても良いぞ?
言葉を自分では発している筈なのに「あうあう」とちゃんとした言葉にならぬ。
何とも嫌な不具合だ。
だがそれ以上に我が嫌がるものがある、それは――。
ゴ――ン……ゴ――ン……。
クソッ! 忌々しい鐘の音め!!
この音がすると言う事は――!
「あ、五時! そろそろお家に帰らなきゃ!」
待て! 我の側に何故いてくれぬのだ!?
悲しいと思えば涙が自然と出てしまうこの体が忌々しい!!
「祐ちゃん泣かないよ~? お寺の息子なのに鐘の音が嫌いなんて、困った子だな~」
「心寿ちゃん、祐一郎の事見ててくれてありがとね。やっと仕事が終わったわ」
泣きながら聴こえた声に目を向けると、我を産んだと言う母親がやって来た。
聖女から我を離し、母親の腕にスッポリ収まるくらいの小さい我を見た聖女は、とても嬉しそうに微笑んだ。
毎回この瞬間だけは心臓に悪い。
聖女が可愛いのだ。
あえて言っておくが、我はロリコンではないからな?
聖女よ、そこは言わずとも解っていような!?
「あう~あぁ~!」
「あらあら、
おお、流石我を産みし親だ。
良くぞこの気持ちを読み取った、褒めてやろう。
「でも祐一郎? そろそろ心寿ちゃんはお家に帰らないと駄目な時間なのよ? また明日遊んでもらいましょうね」
「うぇぇええええん!!」
おぉ、我を産みし親もそういうのか。
この世界では我が頂点と言う訳では無い……致し方ない事とは言え、毎日会っては離れる、この繰り返しは胸が引き千切られそうになるのだ。
その事を何故解ってくれるのだ!?
「祐ちゃんまたね!」
「ふえぇえええん!!!」
出る声は一層大きな泣き声のみ……何とか必死に伸ばした手で聖女の服を掴むと、無理やり産みの親から引き剥がされ聖女と別れる羽目に成った。
なんと言う無慈悲な親だ。
魔王の母親にしても、少々厳しすぎではないか!?
文句を言っても言葉はちゃんと出ず、結局あやされて終わってしまう日々……。
それでもこの体は少しずつ大きくなるようで、一歳の誕生日にはそれなりに喋れるようになってきた。
二歳では何故か色々な事が嫌になって、親である人間でいう【魔のイヤイヤ期】と言う病気にもなった。
聖女は小学校と言う場所に通うようになり、我と会う機会が少なくなって行った……。
三歳、聖女は殆ど会いに来なくなった。
世の中に絶望した……と言う言葉は、正にこの事だと理解する。
だが一度聖女に会えば離れがたく、何時までたっても抱きついて離れる事はしなかった。
そんな我に、ライバルが現れるまでは……。
「祐一郎! そろそろ離れろ!」
「イヤ!!」
なんと、聖女を守る存在がいたのだ。
勇者でもなく。
戦士でもなく。
騎士でも僧侶でも魔法使いでも無い。
【兄】と言う存在がいたのだ。
「
「何時まで経っても朝のラジオ体操から帰ってこないと思ったら、毎回ですもんね」
「申し訳ないなぁ……ワシ達も祐一郎には毎回話して納得させようとしているんだが、我の強い子で理解してくれんのだわ」
両親すらも呆れるほど、我は聖女にのめり込んだ。
何時しかこの“地域”とか言う場所では『祐一郎は心寿ちゃんに初恋してる』なんて噂すら立つほど聖女にのめり込んだのだ。
だが、致し方ないことであろう。
元は我を封印した聖女だが、美しい黒髪を一つに結び、真っ黒な瞳はキラキラしていて、ふっくらとした唇は美しく、笑顔の美しい娘だったのだ。
唯一不満があるとすれば、聖女の声だ。
普通に話す分には問題は無い。
だが、聖女が一度歌えば……それは我を苦しめる魔法になるのだ。
皆は美しい歌声だと賞賛する。だが……前に一度、我の家で使う“お経”なるモノを読まれた時は、死ぬかと思った。
痙攣を起こし意識を失った我は直ぐに病院に連れて行かされた。
原因不明とされたが、我には解っている。
聖女の歌声でお経を読まれると、我を攻撃できてしまうと言う事だ。
それも我の意識を失わせ……口から泡を噴かせた上に痙攣を起こさせる程の強い攻撃だ。
幼き頃の聖女の子守唄は、思い出すと一瞬にして寝れる程の威力があった。
故に我は蒸し暑くて寝れない時や、気持ちがスッキリせず眠れない時は聖女の子守唄を思い出し眠りにつく。
聖女なくして我は存在せぬとさえ今は思っている。
「兎に角! 祐一郎!」
「?」
「心寿をそろそろ家に帰させてくれ。飯も食わせないつもりか?」
「うちでたべていけばよいのでは?」
「そう言う問題じゃねぇ! 飯は家族で食べる! それが我が家の鉄則だ!」
「イヤ」
その様な鉄則知ったことではない。
我は聖女と離れるのはイヤなものはイヤだとハッキリ告げた。
「困ったわねぇ……心寿ちゃんの夏休みが祐一郎で潰されちゃうわ」
「困ったのう……せめて朝ご飯を食べた後、もう一度寺に来てもらうことが出来れば祐一郎も落ち着くかもしれんが」
確かに人間とは脆弱な生き物だ。
食事や睡眠を怠れば直ぐに体調を崩してしまう。
だが離れたくない。
ギュッと聖女に抱きつくと、聖女は我の両頬を両手で包み込み顔を上げさせた。
「じゃあ祐ちゃんこうしよっか?」
「ん?」
「朝ご飯食べたら、また来てあげる! 夏休みの宿題も、お寺でするね?」
「ずっといっしょにいられる?」
「ずっと一緒は無理だけど、夏休みの間はたくさん遊んであげる! でもお爺ちゃん達と約束してて、五時の鐘が鳴ったらお家に帰るね」
「なんで?」
思わず愚図ってしまう我が恥ずかしい。
だがその気持ちは幸一郎の言葉で吹き飛ぶことになる。
「最近、この辺りで女の子を狙う事件が多発してるんだよ。心寿が誘拐されちまうかもしれないんだぞ?」
「――!?」
「祐一郎の所為で心寿がいなくなったら許さないからな!」
聖女が……我以外の者に連れて行かれる。
その瞬間蘇ったのは、勇者達に連れて行かれる聖女の姿……その姿を想像しただけで木々は仰ぎ、冷たい風が吹き始めた。
「お! 一雨来るか……さぁ祐一郎、心寿を離しなさい」
「……あとでくる?」
我の言葉に聖女は「勿論くるよ!」と我の頬にキスをした。
途端鳴り響いた雷に、我は聖女と無理やり引き離された。
「送り迎えは俺がするんで!」
「悪いな、幸一郎!」
「雨降る前に帰りますね!」
「祐ちゃん後でね~!!」
バタバタと急いで帰る二人を見つめつつも、頬に残る感触は確かにあって。
「~~!!」
感情が高ぶった次の瞬間、近所の山に落雷があり消防車が駆けつけると言う事態に陥り、更にその落雷の所為で聖女の外出が今日は出来ないと電話で連絡があったと聞いて涙した。
この時、我は三歳。
――聖女、八歳であった。
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