〇終わる日常

「ぎゃははははは! ばっか、お前それ面白すぎだって!」

 2時間目数学の授業中、今日きようも池が大声で談笑していた。相手はやまうちだ。入学してから3週間、池と山内の2人に須藤を合わせて陰で3バカトリオなんて呼ばれている。

「ねえねえ、カラオケ行かない?」「行く行くー」

 その近くでは、女子グループが早くも放課後の約束をして盛り上がっていた。

「悩んでる間は長いのに、打ち解けたら一瞬なんだよなぁ」

あやの小路こうじくんも、随分友達が増えたんじゃないの?」

 黒板とノートを交互に見て、書き写しながら話しかけて来た堀北。

「まあぼちぼちとな」

 最初は不安だったものの、コンビニでの須藤との一件、部活説明会、プールでのやり取りをキッカケに、池や山内たちともたまにご飯を食べる仲にはなっていた。

 親友とは程遠いまでも、気が付けば友人と呼べる関係にまで発展している。

 人間関係とはかくも不思議なもので、いつ明確な友達になったのか今やよくわからない。

「うーっす」

 授業も後半に差し掛かろうかという頃、教室の入り口が五月蠅うるさく音を立てて開きどうが登校してきた。授業中ということも気にもせず眠そうに欠伸あくびをしながら席に着く。

「おせーよ須藤。あ、昼飯いに行くだろ?」

 いけが離れたところから須藤に声をかける。数学教師は注意するどころか須藤に目もくれず授業を続けている。普通ならチョークの一本でも飛んできそうなもんだが、不思議なことに放任主義なのか、すべての教科の先生が私語も遅刻も居眠りも、全て黙認。その態度に最初は遠慮がちだったクラスの連中も、今では自由気ままに過ごしている。

 まぁ、ほりきたのようにずっと真面目まじめに勉強してる生徒もごく少数だが居るけども。

 ポケットが震え携帯に連絡が届いた。男子の一部で作ったグループチャットだ。どうやら昼に食堂で飯を食べようという流れになっているらしい。

「なあ堀北。昼、一緒に食わないか?」

「遠慮しておくわ。あなたたちのグループには品がないから」

「……それは否定しない」

 男同士だと話題が女子とか下ネタばかりになってくるし。誰々が可愛かわいいとか、誰と誰が付き合ってどこまで進展したとか。女子を交えるのはあまりよろしくないかも知れない。

「うへえ……マジか、もう彼女ができたのか。すげぇな」

 どうやら池たちの情報によると、ひらとクラスメイトのかるざわが付き合っているらしい。軽井沢の姿を探すと、遠く離れた席から平田に明らかにラブラブな視線を送っていた。

 軽井沢の印象を語ると、何というか可愛くないわけじゃない。ただ、ちょっと恋愛ビギナーには近寄りがたい雰囲気があると言うか。つまりギャル系なんだよな、バリバリの。

 きっと中学時代も平田みたいなイケメンを食いまくっていたんだろう。勝手な想像だが大きくは間違っていないはずだ。おっと、思わず名誉棄損と言われてもおかしくないほど、毒を吐いてしまった。さすがに軽井沢に失礼だ、心の中で謝る。

「その顔、嫌いね」

 堀北が冷たい視線を向けて来た。ゲスい考えを見透かされたらしい。

 入学してすぐにカップルになるとか、一体どんな手順を踏んだらそうなるんだよ。こっちはともだちを作ることにも一苦労してるってのに。

 いっそ「オレたちも付き合っちゃう?」とか堀北に言って──絶対ぶんなぐられるな。

 それに、オレも彼女を作るならもっとおしとやかで優しい子がいい。


    1


 3時間目の社会。担任のちやばしら先生の授業だ。授業開始のチャイムが鳴っても騒ぎ立てている教室に茶柱先生がやって来る。それでも生徒たちの高いテンションは変わらない。

「ちょっと静かにしろー。今日きようはちょっとだけ真面目まじめに授業を受けてもらうぞ」

「どういうことっすかー。ちゃんセンセー」

 既にそんな愛称で一部からは呼ばれ始めていた。

「月末だからな。小テストを行うことになった。後ろに配ってくれ」

 一番前の席の生徒たちにプリントを配っていく。やがてオレの机に1枚のテスト用紙が届く。主要5科目の問題がまとめて載った、それぞれ数問ずつの、まさに小テストだ。

「えぇ~聞いてないよ~。ずる~い」

「そう言うな。今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されることはない。ノーリスクだから安心しろ。ただしカンニングは当然厳禁だぞ」

 妙に含みのある言い方が少しだけ引っかかった。普通成績っていうのは成績表にのみ反映されるものだ。でも、ちやばしら先生が言った言葉は少しだけ違う。成績表に『は』ということは、成績表以外のものには反映される、と言っているように思える。

 まあ……気にしすぎか。成績表に影響がないのなら警戒する必要はないだろう。

 いきなりの小テストが始まり、オレも問題に目を通す。一科目4問、全20問で、各5点配当の100点満点。それにしても拍子抜けするほど、ほとんどの問題が非常に簡単だ。

 受験の時に出た問題よりも2段階くらい低い。幾ら何でも簡単すぎだろう。

 そう思いながら最後まで問題用紙に目を通すと、ラストの3問くらいはけた違いの難しさだった。数学最後の問題は、複雑な数式を組み立てなければ答えは出そうにもない。

「いや……この問題はマジで難易度高いぞ……」

 高校1年で解けるようなレベルじゃないように見える。明らかに異質で、最後の3問だけはこのテストに載っていることそのものがミスじゃないかと思えるほどだ。

 成績に反映するわけでもないのに、このテストで一体何を計ろうと言うのか。

 ま、こっちは試験の時と同じようにやるだけだけども。

 茶柱先生は一応監視だけはするつもりなのか、ゆっくりと教室をじゅんかいしながら生徒たちが不正行為をしないよう見張っていた。カンニングと思われないようほりきたを盗み見ると、右手に持ったペンは迷うことなく答えを埋め続けている。軽く満点とか取りそうだな。

 それから授業終了のチャイムが鳴るまで、オレはテスト用紙とにらめっこを続けた。


    2


「お前さ、正直に言えば許してやるぞ?」

「何だよ正直にって」

 昼飯をえたオレは、須藤たちと一緒に自販機傍の廊下に座り込み雑談をしていた。

 そんな中突如、いけがオレににじり寄って来たのだ。

「……俺たちはともだちだよな? 3年間苦楽を共にする仲間だよな?」

「あ、ああ。そうだけど」

「当然……彼女が出来たら報告するよな?」

「は? 彼女? そりゃ、出来ることがあればな」

 いけはオレの肩に腕を回す。

ほりきたと付き合ったりしてるんじゃないだろうな? 抜け駆けは絶対に許さないからな」

「……はぁ?」

 気が付けばやまうちどうもオレを怪しむ目で見ていた。

「バカ、付き合ってないって。全然。いや、マジで」

「だってお前ら今日きようも授業中コソコソ何かしゃべってただろ。俺たちに聞かせられない話でもしてたんだろ。デートとか、デートとか、デートの約束とか! あああ、裏山!」

「ないない。そもそも堀北ってそう言うキャラじゃないだろ」

「しらねーよ。俺たち話したこともねぇのに。名前だってくしちゃんから聞かなかったらいまだに知らなかったかも知れないレベルだぜ? 影薄いっつか、からまなすぎ」

 そういやそうか。堀北がオレか櫛田以外としやべってる姿はオレもほとんど見た覚えがない。

「だとしても名前も知らないって、それはひどすぎだろ」

「だったらあやの小路こうじは、クラスメイトの名前全部覚えてんのかよ」

 ……ちょっと思い出してみるが、半分も出てきそうになかった。なるほど、納得だ。

「顔だけはすげぇ可愛かわいいじゃん? だから注目はしてるわけよ」

 うんうんとうなずく山内たち。

「性格がきついけどな。俺はああいう女はダメだ」

 須藤がコーヒーを飲みながら言った。

「そうなんだよ、トゲトゲしいというかなんというか。俺は付き合うならもっと明るくて会話が自然と続くような子がいいな。もちろん可愛くて。櫛田ちゃんみたいな」

 やはり池のお気に入りは櫛田か。

「あー櫛田ちゃんと付き合いてー。つか、エッチしてー!」

 山内が叫ぶ。

「ばっか、お前が櫛田ちゃんと付き合えるかよ! 想像すんのも禁止な!」

「お前こそ付き合えると思ってんのかよ池。俺の中じゃ、もう櫛田ちゃんは俺の横で寝てるっつの!」

「なんだと! こっちはコスプレやらすげぇポーズを取ってんだぞ!」

 二人して妄想上の櫛田を奪い合いだ。おいおい。何を想像しても高校生の自由だが、それはさすがに櫛田に失礼だろ。

「須藤は誰ねらいよ。バスケ部にも可愛い子は居るってうわさだぜ?」

「あ? 俺は別に、まだいねぇよ。新入部員が女の品定めしてる余裕なんてないっつの」

「本当かよ……。とにかく彼女が出来たら隠さず報告すること、いいな! 絶対だぞ!」

「あ、ああ」

 気持ち悪いほど念を押されたのでうなずいておく。彼女といえば、でひらのことを思い出す。

「そういや平田、かるざわが彼女になったんだって?」

「あーそうなんだよ。先日二人でつなぎながら歩いてるところをほんどうが見たんだってよ」

「ありゃ間違いなく出来てるな。肩寄せ合って歩いて」

「やっぱアレかな。もうエッチしたんかな」

「そりゃしてるだろー。あーうらやましい、羨ましすぎる……!」

 高校一年でエッチとか、もう何だこの現実離れした感じ。でもしてんだろうなぁ。

 ……ついつい考えてしまうオレもこいつらと同類だな。

「エッチ経験者の話が聞きてぇ……」

 やまうちが廊下に寝そべって本能をぶちまける。

「平田に聞けばいいだろ」

「お前な、平田に聞いて素直に内容教えてくれると思うか? おっぱいどんなだったとか、処女だったのか? とか、あれはやっぱりめたん? とか」

 お前はどんな経験談を聞き出すつもりなんだ……。

 ちょっと飲み物を買おうと近くの自販機へ向かう。すると山内から要求が飛ぶ。

「俺ココアー」

「人にたかろうとするなよ。飲み物くらい自分で買ってくれ」

「いや、俺もうポイントほとんど残ってないんだよな。あと2000くらい」

「……お前、3週間で90000ポイント以上も使ったのか?」

「欲しいもの買ってたらつい。ほら、これ見ろよ。すげえだろ!」

 そう言って山内が取り出したのは携帯ゲーム機だった。

いけと一緒に買いに行ったんだ。PSVIVAだぜPSVIVA。こんなんも学校に売ってるとかすごすぎだろって、マジで」

「それ幾らしたんだよ」

「2マンちょいかな。オプションもろもろで25000くらい」

 そりゃ、すぐにポイントも無くなるな。

「普段はあんましゲームやんないんだけどよ、寮生活だから仲間がすぐ集まるんだよな。それにクラスにみやもとって奴居るだろ? あいつがまたゲームいんだよ」

 宮本っていえば、クラスでも体格がふっくらとした男子生徒だ。直接話したことはないが、いつもゲームやアニメの話題で誰かと話している印象があった。

「お前も買って参戦しようぜ。どうも来月ポイントが入ったら買うって話になってんだよ」

 周囲の連中は既に囲い込んでいるらしい。やまうちがモノは試しとゲーム機を渡してくる。手渡された機械を手にすると、思っていたよりもずっと軽い。モニターに視線を落とすと、大きな刀を背負った戦士が村で豚をでている。良く分からない世界観だな……。

「正直、俺はあんまり興味ねーけどな。これは……あれか? 戦う系のゲームか?」

「お前もしかしてハンター・ウォッチ知らねえの? 世界で累計480万本以上売れてんだぜ! 俺小さい頃からゲームセンス抜群でさ、海外のプロにスカウトされたこともあんだよ。ま、その時は断ったんだけどよ」

 世界規模で勝手に語られても、それですごいか凄くないかは別の問題だろう。世界の人口は70億もいる。つまりこのゲームを買った人間はその0・1%にも満たない。

「そもそも、なんでこんなきやしやそうな女の子が重装備なんだよ。防具はプラスチックか? これが鉄で出来てるなら、どうの体格でも厳しそうに見えるぞ」

「……あやの小路こうじ、お前ゲームに現実的な要素を求めるなよ。外国人かよ。大体そんなこと言う奴に限って、自動ライフ回復には寛容だったりすんだぜ? 銃弾浴びまくって、隠れて即効で体力が回復する洋ゲーだって非現実的だっての」

 オレには山内が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

「百聞は一見にしかずって言うだろ? 買って一緒に遊んでみようぜ。な? な? デビューの時は、素材集めで協力してやるから。はちみつ集めるのも苦労するんだぞ? ってことでココアおごってくれ~」

「ったく……」

 はちみつは別にいらないけど、これ以上からまれても面倒なのでココアを買ってやる。

「持つべきは友だよな! さんきゅー!」

 そんなところで友情を感じて欲しくない。ほうり投げると、腹でキャッチする山内。

 さて、オレは何を飲むかな。迷いながら指を滑らせていると、ふと気づく。

「ここにもあるんだな」

 ミネラルウォーターのところだけは無料で押せるボタンがあった。

「どうした?」

「あ、いや。確か食堂にも無料で食べられる定食があるよな?」

「山菜定食とかいう奴だろ? あーやだやだ、草ったり水飲む生活とか送りたくねー」

 山内がココアを飲みながら、ケラケラ笑う。

 ポイントが尽きれば、山菜定食や水のような無料のもので過ごすしかなくなる。

 だが、ちょっと気を付ければ避けられる事態だ。山内のように見境なく使えば別だが。

「……なあ、結構いるよな。山菜定食食ってる人」

 学食を度々利用していて、無料の山菜定食を食べている生徒が多かったのを思い出す。

「好きなんじゃねーの? それか、月末だからだろ」

「そうだといいんだけどな」

 オレは一抹の不安を覚えながらも、牛乳を飲もうとボタンを押した。当たり前のようにそれは受け取り口に転がり落ちる。

「あー早く来月になって、また夢のような生活送りてー!」

 やまうちたちは笑い続けながら叫んだ。


    3


今日きようくしちゃんたちと遊びに行くんだけど、お前も行く?』

 午後の授業中、何も考えず黒板の文字を書き写していると携帯にメールが届いた。

 おぉ……これが学生ライフ、青春と言う奴だろうか。初めて放課後にともだちから遊びの誘いが来た。特に断る理由は浮かばなかったが、一応参加者を聞いてみる。

 知らない顔ぶれがいっぱいいたら嫌じゃん? なんか、気まずいし。

 すぐにメールが返って来る。いけと山内の名前と、櫛田。それにオレを含め四人。特に変わった人物は居ない。これなら大丈夫だろう。承諾の返事を返すと、またメールが届く。

『櫛田ちゃんは俺が攻略するから、絶対に邪魔すんなよ! by池様』

『いやいや、櫛田ちゃんは俺がねらってんだからな、お前こそ邪魔すんなよ。by山内』

『はあ? お前ごときで櫛田ちゃん攻略とか、けん売ってんのか?』

 仲良くしていればいいのに、メールで櫛田の取り合いを始める二人。

 オレの方も放課後が楽しみやら、ちょっとめんどうくさくなってきたやら。

 授業がわると、オレは池と山内にくっついて学校の外へ。

 敷地内はとにかく広く、入学してからしばらくたった今も、まだオレはほとんど知らない。

「同じクラスなのに櫛田は一緒じゃなかったんだな」

「別のクラスの友達に、少し話があるとか言ってたな。櫛田ちゃん人気者だから」

「もしかして……お、男友達じゃないよな?」

「安心しろ池、確認済みだ。女の子だよ」

「よしよしっ」

「お前ら本気で櫛田狙ってるのか?」

「当たり前だろ。正直ド本命だし」

 山内も同意見なのか、何度も繰り返しうなずいて見せる。

「お前はあの堀北だもんな。ま、美人なのは認めるけどさ」

「いや、何もないから。マジで」

「ほんとかよ。授業中こっそり目と目を合わせたり、さり気なく指先が触れ合ったり、そんなあまっぱいムカつくイベントこなしてんじゃないだろうな?」

 ぐいぐいといけに詰め寄られていると、こちらに話の中心である女子生徒が走って来る。

「遅くなってごめんね。お待たせっ!」

「うおお、待ってたぜくしちゃん! って、何でひらたちが居るんだよ!?」

 飛び跳ねた池は、次の瞬間には後ずさり、大げさにすっ転ぶ。忙しい奴だ。

「あ、途中で一緒になってさ。せつかくだから誘ってみたの。ダメだった?」

 櫛田は平田と、その彼女(と思われる)のかるざわ、それから二人の女子を連れて来た。いつも軽井沢とつるんでいるまつしたもりという女生徒だった。

「おい、何とかして平田を追い返す方法ないかっ!?」

 池がオレの首に腕を回し、そう耳打ちしてきた。

「別に追い返す必要はないだろ」

「あんなイケメンがいたら、俺の存在が薄くなるだろ! もし櫛田ちゃんが平田を好きになるアンラッキーイベントが発生したらどうすんだよ! イケメンと可愛かわいい子がくっつかない方法は、イベントを起こさせないことだけなんだぞ!」

「いや、知らんし……。それに平田は軽井沢と付き合ってるんだろ? 心配ないって」

「お前な、彼女が居るから大丈夫なんて、何の保証もないっつの。軽井沢みたいな中古汚ギャルとプリティー天使の櫛田ちゃんと比べたら、誰だって櫛田ちゃん選ぶだろっっ!」

 唾が耳の中に飛んでくる勢いで熱弁を繰り返され、ちょっと気持ち悪い。というか本人の傍でよくまぁそこまでゲスイ言葉が出てくるもんだ。

 軽井沢は確かに、ギャル系で肌も焼けてるけど、十分可愛い。

「でもよ池……あんな可愛い櫛田ちゃんが、処女って保証はないよな……?」

 不安そうな、消え入りそうな声でやまうちが耳打ちに参加してきた。

「う、それは……その、そうだけど……い、いや、櫛田ちゃんが中古なわけないっ!」

 女性蔑視というか、好き勝手な男の妄想が続いている。出来ればオレ抜きのところで話し合ってもらえないだろうか。

「あの、もし僕たちがお邪魔なら別行動するよ?」

 平田が遠慮がちに池たちに声をかける。オレたちのコソコソ話が気になったようだ。

「べ、別にいいんじゃね? なあ山内っ?」

「お、おう。一緒に遊ぼうぜ。にぎやかな方が楽しいし。な、池っ?」

 二人としては、邪魔だ!と追い出したいところだろうが、安易にそんなことをすれば櫛田の好感度が下がりかねない。下がるだけの好感度があるかどうかは別として。

「つーか、当たり前しょ? なんであたしらがこの三人の顔色うかがわなきゃいけないわけ?」

 軽井沢の意見はもっともだが、オレも数に入れられていたのはショックだ。

「ここはアレだな。モノは考えようだ。平田と軽井沢を除けば、男女比は同じ。つまり合コンとか、トリプルデートみたいなもんだろ? あやの小路こうじ、お前もチャンスだぜ?」

やまうちまつしたでいいんじゃね? 俺はくしちゃんと話すから」

「おま、ふざけんなよ。櫛田ちゃんは俺が前からねらってんだからな! 昔大きな桜の木の下で結婚しようねって誓い合ったおさなじみに似てるんだよ! 運命の再会なんだよ!」

うそつけ! 前々から思ってたけど、お前嘘ばっかり言うよな!」

「は? 全部本当のことだっての!」

 山内春樹という人間を言葉通り信じるなら、幼い頃はゲームの腕前が抜群で、海外のプロにスカウトされたこともあり、小学校の時は卓球で全国、中学では野球でエースと、将来は間違いなくプロになると予言された、とてつもないハイスペックな男になる。

 実際のところどれも本当だと言う確証は出ていないが。

 グループがどこに向かうのかは知らないが、オレはやや後方からひっそりついていく。

 いけと山内は櫛田に夢中かと思いきや、ひらを両サイドから取り囲んでいた。

「ぶっちゃけ聞くけどさ、平田。お前、かるざわと付き合ってんだよな?」

 池は平田が敵かどうか確認するため、単刀直入にそう聞いた。

「え……。それ、どこで聞いた話?」

 さすがに少し驚いたのか、慌てた様子を見せる平田。

「ほら、やっぱりバレてたみたいよ? あたしらが付き合ってること」

 聞かれた平田が肯定、否定をする前に、軽井沢は平田の腕を取ってぎゅっと挟み込んだ。

 平田は参ったな、という様子でほおを人差し指できながら、付き合っている事実を認める。

「マジかよー! 軽井沢みたいな可愛かわいい子と付き合えて超うらやましいぜ」

 心にもないことを山内は心底羨ましそうに言った。嘘を嘘と思わせず口にするのは、簡単なようで意外と難しい。

「櫛田ちゃんは、彼氏とかいんの?」

 この流れで、池は迷わず櫛田シフトに切り替えた。これはい、のか?

「私? 私は残念ながらいないなぁ」

 池、山内が心の中でこっそり歓喜! どころか、二人とも顔がニヤけていた。歓喜が漏れてる漏れてる。彼氏が居ることを内緒にしているという線もあるが、おおむね櫛田がフリーなのは決まった。オレも少しうれしい。

「やべ、涙がっ……!」

「泣くな山内! 俺たちは今、やっと頂きの目の前に立っただけなんだっ!」

 その山は果てしなく高く途方もなく険しい道のりになるだろうな……。

 平田は軽井沢と、池と山内は櫛田を露骨に取り囲んで歩き出す。面白くないのは松下と森の二人だろう。その後ろをついてきている。オレは更に後ろを一人で歩いているわけだが。

「なぁいけ、どこに行くんだ?」

 目的地を聞こうと声をかける。池はうつとうしそうに振り返ってあいに答えた。

「俺たち、まだ入学してそんなにってないだろ? 敷地内の施設を見て回るんだよ」

 明確な目的地が無い。つまりこのちょっと気まずい感じがしばらく続くのか……。

 そんな嫌な予想は、思わぬ形で裏切られることになった。

「ねえねえ松下さん、森さん。二人はどこか見に行ったりしたの?」

 池とやまうち、二人と楽しく談笑しながらも、くしは後ろの女子2人に話を振った。

「え? あ、えーっと、どうかな。映画館には一回行ったかな。ね?」

「うん。学校がわってから二人で」

「そうなんだ! 私も行きたいなって思ってたんだけど、まだなんだよね。かるざわさんたちはデートで何か特別な場所には行ったの?」

 櫛田は3つのグループをつなぐため行動を始めた。流石さすがだな。オレには逆立ちしてもできない行為だ。おまけに、時折オレにまで、にっこりとほほ笑む。これも有りがたい。

 無駄に話題を振られると、それはそれで面倒だと感じている。そんなオレの性格や考え方も配慮しつつ、けして無視しているわけじゃないと目で伝えてくる。もし櫛田が空気の読めない、ただ中心に居たいだけの人間だったらこうはいかないだろう。

 例えば、歌わないことを条件にともだちと同行したはずのカラオケで、「歌ってよ」と言われ、あまつさえ断ったら「何こいつ空気読めねーの?」と逆ギレする人間がいる。

 結局自己中な人間は、カラオケで歌うのは楽しい=全員好きなはず、という短絡的で愚かな思考をしている。世の中には歌うことが心底嫌いな奴もいることを理解していない。

 と、オレが一人心の中で毒づいていると、周囲は随分とけんそうに包まれていた。

 どうやら敷地内にある洋服店……洒落しやれて言うならブティックで足を止めたようだ。

 皆は何度か既に来ているらしく、迷わず店内へ向かう。大体平日は制服だし、休日は家の中に籠りきりだから、私服なんて買ってなかったな。

 店内は多くの生徒でにぎわっていたが、上級生はほとんどおらず、その多くは1年生のようだった。独特のういういしさと言うか、まだ不慣れな感じが雰囲気に出ている。

 それからオレたちは程ほどに洋服をチェックした後、近場のカフェへと足を運んだ。

 ひらの手には、軽井沢が購入した洋服の袋。3万くらい使ってたな。

「皆はもう学校には慣れた?」

「最初は戸惑ったけど、もうばっちりだぜ。つか、夢の国過ぎて、一生卒業したくねー」

「あはは、池くんは学校生活を満喫してるって感じだね」

「あたしとしては、もっとポイントが欲しいって感じ? 20万……30万ポイントくらい? 化粧品とか洋服とか買ってたら、もうほとんどポイント残らないっつーの」

「高校生で毎月30万も小遣いもらったら異常じゃね?」

「それ言うなら、10万でも相当だと思うけど。僕は少し怖いよ。このままの生活を続けてたら、卒業した時困るんじゃないかって」

「金銭感覚が狂うってこと? それは、確かに怖いかもね」

 支給された10万というポイントは、受け取った生徒によって感じ方はまるで違うようだった。かるざわいけはもっと欲しいと感じ、ひらくしは多すぎてぜいたくな生活がわった後々が怖いと思っている。

あやの小路こうじくんはどう? 10万ポイントって多いと思う? 少ないと思う?」

 話に入らず、聞き専だったオレに話題を振ってくれる櫛田。

「どうかな……。まだ実感がないっていうか。良くわからない」

「なんだよそれ」

「僕は何となく、綾小路くんの言うことも分かるよ。ここは正直、普通の学校とはかけ離れ過ぎてるから。どこか足が宙に浮いた感じが抜けきれないんだ」

「んなの、気にするだけ無駄だって。いやぁ、マジ入学できて良かったわ。俺は欲しいものはガンガン買ってくぜ。実際昨日きのうもついつい、新しい服買っちったし」

 ほんと、池は前向きと言うかポジティブに生きてるようだ。

「そういや櫛田ちゃんや平田はともかく、池や軽井沢はよく入学できたよな。お前らって絶対頭悪いだろ?」

「お前も頭良さそうには見えないぞやまうち

「は? 俺は昔APECエイペツクで900点取ったことあるっての」

「何だよ、APECって」

「そんなことも知らねーのかよ。すげぇ難しいテストのことだよ。英語の」

「えと、それはAPECじゃなくて多分TOEICトーイツクだよ?」

 櫛田の優しいツッコミが入る。ちなみに、APECはアジア太平洋経済協力のことだ。

「し、親戚みたいなもんだろ?」

 親類縁者からほど遠い位置関係にあると思うぞ……。

「この学校の方針は、未来ある若者を育成するためだって話だから、学校側は僕たちのことをテストの点数だけで決めてるわけじゃないんじゃないかな? 事実、偏差値だけで判断される学校だったら、受験していなかったかも」

「それそれ。未来ある若者って奴。まさに俺にぴったりの言葉だぜ」

 池は腕を組んで、うんうんとうなずいた。

 日本屈指の進学、就職率を誇る高校にもかかわらず、合否の基準は点数だけじゃない。

 なら、一体この学校は、その人間の何に可能性を見ているのだろう。

 ふとそんなことを疑問に思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る