桜をのぞむ 作・網代陸
未だに時々、のぞみの夢を見る。
僕は四畳半のアパートに置いた、古びたソファベッドに腰かけている。東京に出てきたばかりのときに暮らしていた部屋のはずなのに、今の僕が使っているテーブルや、一度も飾ったことのない観葉植物が部屋には設置されている。
のぞみは、僕と同じ空間にはいない。
目の前にある、まだアナログ時代の古き良きテレビの中に、彼女はいる。画面は白黒のものだった。音声もジジジ、というノイズの音しか聞こえてこない。
僕は、何も言わずにその画面を見つめている。
ドレス姿ののぞみは、西洋風の建築や石畳が織りなす街の風景の中で、日傘を広げたまま華麗なステップで踊っている。
くるくると回る動きはまるで機械仕掛けの人形のようだったが、その表情は僕が現実に見たことのない程いきいきとしたものだった。
彼女が回転するたびに、そのドレスの裾がふわりと浮き、僕はその動きに胸を弾ませている。と同時に、その胸がきゅっと締め付けられる。
画面の向こうで微笑むのぞみは、僕に目を合わせてくれない。
のぞみは、日傘を高く放り投げた。機械仕掛けの回転は止まり、彼女の肌は硬質化していく。だんだんと人間としての輪郭を失った彼女は、そして一本の樹木になった。
二度と咲かないんだと、本当は分かっている、桜の木。
のぞみがいなくなったことに動揺し、不安を覚え、そして絶望する。テレビの画面に映る樹木が枝を伸ばし、僕の眼前に迫ってくる。固くしなやかな枝は僕を縛り、そして飲み込んで、凍えそうなほどの暗闇が僕を包む。
あの春に、戻ることができたのなら。
そうして僕は目を覚まし、色のない朝をまた迎える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます