百鬼夜行

笛の音が響く。不気味な夜を笛の音が揺らしている……。

––初めは静かに行くのだ。

徐々に辺りの霧が晴れいやに寂しい街並みが見えてきたのなら、鈴と鼓の音も聞こえ出す。

「ええなあ……これや、この雰囲気、何度やっても飽きひん。」

「おい、まだ静かにしとけ政木。」

「やって俺、もう我慢出来へん。」

「あと少し、あの雲が去る頃までは耐えてください。」

そして今、ゆっくりと雲が去っていった。月光が照らし出したのは、容姿様々な妖怪、異形共である。

隣の狐がニイッっ笑えば、

「もう、ええよな。」

––刹那、視界がグニャリと歪む。油膜ように虹色になっていく。

辺りから妖たちの荒い息遣いが聞こえ始める。己の興奮も高まっていくのが分かる。まだか、まだか…、そんな声が聞こえそうだ。隣を見下ろせば外道丸様の普段は真っ白な頰が薄っすら赤らんでいる。しっとりと汗ばみ、月光に真珠の如く輝いている。

そしてその輪郭をゆっくりと玉汗が流れた––次の瞬間。


「どうぞ、政木様。」

「派手にやれ、政木!」

「始めろ、政木。」


「よっしゃやったる!!」

掛け声と共に政木様はシャボン玉のような視界を切り裂いた。

「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」

浮世の夜に人外共の咆哮がこだませば大空は月を抱いたままに一瞬で朝となった。かと思えば今度は夕暮れに、朝方に、夜に、一秒ごとに移り変わり続ける。日差し降り、雨が降り、息つく間もなく真綿の雪が。二転三転、八転急転とばかりに変わり行く中、気付けば降るのは虫となり土となり、花となり道を埋め尽くす。

埋め尽くすは色ばかりに非ず、何やら音がする。重なり交差し目にも、否耳にも鮮やかに琴に三味線、琵琶の弦をば弾いてみたなら目眩と共に鼓がポンと唸りを上げて落ちる意識を磬が拾い上げ脳髄を震わせる。

人外共が踊り出す。

平家物語、経、俗歌を心のままに叫びつつ道の真ん中、上も下も前も後ろも右も左も分からず何処より持ち出した神輿を担ぎ出し、手を取り合って踊り狂う。

政木様が屋根の上に舞っている。手を差し出す先には外道丸様。困ったようにお笑いになるその御尊顔嗚呼愛し。

すると不服とばかりに鞍馬様も屋根に飛び乗れば、錫杖を月に掲げて笑い出す。政木様、刹那のうちに近付いて高々と振り上げる長い脚。

恋の鞘当て、鎬を削り空気撼わす衝撃音は一雫の花火の如く空に波紋を広げる。久しく聞かぬ想い人の鈴の笑いが聞こえたならば、人外祭、刹那止まりて次には一層鮮烈に回る。

空を見上げてみたのなら、神々までもが降りてきて、黒龍は咆哮を上げながら天を駆け、木霊は山どころか地さえ揺るがす大合唱。風神雷神は酒の勢いで勝負を始め、街はまるで何か大災害にでもあったような有様。

正に混沌、濁。赤に黒、緑や紫、黄、藍……。濃淡、陰翳、透澄、艶、光明、全てがぐちゃぐちゃに組み合わされていながら、どこまでも美しい。ここに時など有って無い。


そこは有無の祭であった。

世界であった。

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