三代妖怪とヒトノコ

「外道丸が帰ってきたのかっ」

「水くさいわ、なんではよ教えてくれへんのん?」

 騒ぎ立てるのは山伏風の格好に天狗の面をした男、そして短い黒髪の美丈夫である。顔立ち麗しいその青年の背後には九本の尻尾が揺れており、切れ長のつり目は嬉しそうに細められている。

 が、外道丸様はそれを一瞥もされることなく茶をずずっと啜られると、おっしゃった。

「前みたいに騒ぎを大きくしたくなかったから。」

「貴様のせいではないか馬鹿野郎!」

 瞬間、九尾狐––政木様の足に高速の蹴りが入れば、金色の尻尾がぶわりと舞う。高さ凡そ二十丈の大木を蹴り一つで折ったこともあるとも言われているこの天狗––鞍馬様の蹴りをまともに食らいつつも、素早く体制を立て直すあたりは流石といったところである。

「いっだ…、何すんねんこの糞天狗っ。」

「誰が糞天狗だ。元はと言えば貴様の行いが悪いからだろうがっ。」

 前回––四百年程前、今日のように久しぶりに妖世界に外道丸様が戻ってきた日、狂喜乱舞した政木様は酒を浴びるどころか溺死する程飲んだ挙句、屋敷を壊す勢いで舞い始めたのである。あの鮮烈な光景は未だよく覚えている。

 至大の月を背景に真紅の羽織を翻し、身軽に跳ねたかと思えば空で反転、目まぐるしい足運びも鮮やかに、右手の煙管から菅狐がとぐろを巻くように棚引く。舞い踊る影は座敷に長く落とされ、絶妙につけられた緩急の中で不意に九本の尾が月光に輝く刹那など、我にもなくため息を漏らした程であった。

 しかし、そんな時ですら外道丸様は外道丸様である。畳がぼろぼろになってゆくのを見ても顔色一つ変えられなかったというのに、庭の苔が踏まれた瞬間、政木様は空の旅に出ることとなった。その後外道丸様は政木様を打った金棒を私に渡し、無言で妖世界を後にした。随分飛ばされたのだろう、政木様が帰って来たのは百四十二年後だった。この事件は今や妖世界の大伝説として語り継がれている。

「なんややるんか?」

「良いだろう、灸を据えてやる。」

「…ええ度胸やん表出ろや。」

 ニヤリと笑う政木様に、錫杖から刀を引き出す鞍馬様。鞍馬様は牛若丸に教えていただけあり、刀を持たせれば神にすら敵うものはそういない。しかし同時に真面目な人物でもある為、基本的に他人には使わないようだが、政木様相手となれば話は別である。外道丸様と同様に鞍馬様と腐れ縁で気心の知れた仲だからというのもあるが、この政木様という狐は鞍馬様を煽って怒らせるのが趣味という憎たらしいお方で、その上、恐ろしく強い。涼しい顔して巨大な岩を拳一つで砕き、そのすらりと長い脚から繰り出される蹴りは地をも真っ二つに割る。それほどまでに重々しい攻撃を持っていながら、彼の身のこなしたるや、やはり狐、蝶のように軽やかである。鞍馬様にしてみれば、手加減をしなくてもいい、全力でやれる数少ない妖なのだから、相手にとって不足無し、喧嘩上等というわけである。

「ヒトノコ、お客様がお帰りみたいだからお見送りしてきなさい」

 とはいえ外道丸様が許されるはずもない。恐らくもう怒ってはいらっしゃらないだろうが、前のように苔を踏まれるのが余程お嫌なのだろう。

「承知しました。」

「エ、待て、外道丸喧嘩止めるよって堪忍して」

「…すまない」

 一転しおらしくなるお二方。前回、三百年ぶりの帰省だったというのに、滞在期間凡そ二日というスピード天下りが若干トラウマとして残っているのだろう。

「しかし丁度いい日に帰られましたね、三代妖怪が揃った百鬼夜行など、千年ぶりではありませんか。」

「マァ、今は四代妖怪言われとるけどな。」

「もう一匹誰かいたか?」

「其奴だ。」

「何故ヒトノコが?」

 鞍馬様が湯のみの中に浮かぶ茶柱を見つめながら言う。

「此奴は一応人間ではあるが、この世界では俺達の次に古株だからな。」

「もう何年や?三千年くらいやろ、自分。」

「…はあ、そういえばもうそんなになりますね。」

 三千年程前、この妖世界に連れて来られてから、思えば随分きたものである。

「大きくなった。」

 外道丸様はそうおっしゃって、羊羹を口に詰め込まれた。

「ハハハ…、成長せんで良かったのに今なんて可愛げのかの字もないやんか。マァええわ、今日は久しぶりに楽しい百鬼夜行になりそうやなあ…。」

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