帝国の闇 17

「ルーレシア・・・」


皇帝は目の前に現れた娘の姿を見た途端、今までの怒りをあらわにしていた表情が和らぎ、一人の父親の顔に戻っていた。

そんな皇帝をじっと見つめるルーシーの肩は微かに震えているのが解ったので、僕は横にそっと近づいてその震える肩に手を添えてあげる。

一瞬肩がピクッと跳ねた後、その震えが止まったようだ。


「ありがとう、先輩。もう大丈夫です。皇女として父を止めます」

「うん、ルーシーなら大丈夫。それに僕達がちゃんとついているからね」

「はい!」


ルーシーの意思が固まったようだ。

それを見極めたのかローエンベルク将軍が僕の方に少し歩み寄って来られた。


「レンティエンス殿。私は軍の陣頭指揮に戻りまする。ルーレシア皇女の事、お任せしてよろしいいか?」

「はい、お任せ下さい」

「宜しく頼みます・・・出来ましたら一生お願いしたいものですがな・・・」

「今何か? 言われました?」

「いえ、何でもないですよ」


ニッコリとして頷く将軍。

何だったんだろう?


「ルーレシア皇女、あの馬鹿親父をひっぱたいてでも、こんな馬鹿げた事を止めさせるんだ」

「はい! おじ様!」

「それと、あの女狐には注意してくだされ。」

「ゲルフィネス様ですか?」


ローエンベルク将軍が頷き僕にも目配せしてくる。

さすが一線で活躍されている将軍。あの女の異常さを感じ取っておられる。

そしてローエンベルク将軍は、振り返り部屋の片隅に固まる貴族、文官、武官に向かう。


「諸君! このローエンベルクはこれより軍を取り纏めるため陣頭に立つ! 我と共に帝国に秩序を取り戻す気概がある者はついて来て構わないが、そうでない者はこの場に残られよ! ただしここにいれば命の保障はないぞ!?」


大声で言い切ると、謁見の間を後にした。


「リーシェン、フル姉、将軍の警護を。まだこの宮殿内にこの騎士みたいな人間離れした者がうろついてる可能性もあるから気をつけて」

「はい! レン様」

「わかった。じゃあちょっと行ってくる。レンも気をつけるんだよ」


僕はローエンベルク将軍とそれを警護し着いていく二人を見送った。

その三人を追いかける様に十数人の文官等が部屋を出ていく。

それでも半数は残ったか。

不安な顔や困惑した顔から、決断出来ないようだ。

それとあの変な騎士達、ローエンベルク将軍達を追いかけない?

やはりこの他にもこんなのが結構いるかもしれないけど、でもあの二人に任せておけば大丈夫。


「さて? あなたはどなたなのかしら? ルーレシアの男なの? さすがアバズレ女ですわね。もう男を引き込みましたか? ひ弱な自分の盾にするためにどれだけのお金を注ぎ込んだのやら、あ~、もしかして身体で支払ったのかしら? ほほほほ!」


僕が周囲を観察していると、肩を落とし弱々しい目でルーシーを見つめる皇帝の横で、別にうろたえるどころか、胸を張り上げ自信満々な態度のゲルフィネス妃が、突然ルーシーの事を蔑み僕を挑発しだした。

まあ、現れたのが子供の僕と女の子ばかりだからな、侮られても仕方がないけど、ルーシーの事をそんな風に言われるのはちょっとカチンときたぞ。


「これはお初にお目にかかります。僕は、レンティエンス・ブロスフォードと申します。フォレスタール王国で子爵を拝命し、ファルシア王女の近衛として仕える者です。」


僕は丁寧に自己紹介をする。

念のため、隣にはシアがいるんだけど、お姫様ですよとは紹介しない。変に狙われるのも嫌だし、帝国の奥深くまで他国の王女が勝手に入り込んでいるなんて公には言えないもの。

と、いう事情を踏まえながら挨拶したんだけど、僕の名前を聞いたとたん、ゲルフィネス妃の冷たい視線が僕を射殺そうとしてるように見える?


「あなたが、我が可愛いアヒムにあの様な酷い仕打ちをした悪魔か!?」


いや、悪魔みたいな顔をしているのはあなたの方ですよ。

それに、その馬鹿息子に玩具にされたカーナの方がよっぽど辛かったんだからな。


「酷い? あなたの息子の仕出かした罪が一番酷かったんですよ? それを諌めれない貴女こそ悪魔じゃないんですか?」

「何を馬鹿な事を言ってるんでしょうこのガキは。アヒムにどんな罪があるというのですか? 力が有るものが力の無い者を保護し生活を守るのですから、その代償として我等皇家に従うのが当たり前なのです。それに刃向かう等あってはなりません。それぐらいの事もわからないのですか?」


至極当たり前だと言い放ち僕のことを可哀相な者を見るかのような目で見てくる。

権力を履き違えている典型的な人だな。


「ゲルフィネス様! それは違います。皇家は国の民を守るのは当たり前の事であり、見返りを求めるものではありません! 民の安寧が国の安定につながるのです。その安寧な暮らしを守る者が皇家なのですよ! 見返りを求め虐げるのは、ただの強欲と言うのです!」


ルーシーがゲルフィネス妃に向かってしっかりとした言葉で言い返した。

そんなルーシーを苦々しく見つめるゲルフィネス妃だが、その表情は直ぐに元へ戻り口角を上げ笑みを作り出しはじめた。


「まあ、良いわ。どちらにしてもこうやって息子を痛め付けたガキをこの手で殺すことが出来るのだもの。これ以上の嬉しさはないわ。そうだ! ついでにルーレシアも、この皇帝も殺しちゃいましょう。そうよ何で今まで気付かなかったのかしら? 私が全員を殺して帝国を乗っ取り、私の息子アラヒダを皇帝にしてあげれば良かったのよ!」


気は確か何だろうか?

目も血走り、呼吸も少し荒くなってきている。それに笑みが段々と恐ろしいものに変わっていっている。


「あなたは、そんな事が出来ると思っているのですか?」

「出来ますわよ? 手始めにそこの貴族や文官共を血祭りにしましょう」


笑いながら、ゲルフィネス妃は右手を大きく振り上げた。

それを合図に、僕たちを囲んでいた帝国騎士がうめき声を上げはじめる。


「主様! 様子がおかしい! この騎士から魔の者の臭いがし始めた!」


アクアが、僕の背に背を合わせながら周囲の警戒をしはじめる。


「魔の臭い?」

「はい! これがオーディ様がクウェンディ様に言われていた悪魔達」


アクアの顔が険しくなる。


「カーナ、シア! 気をつけて!」

「「はい!」」

「アクア、あの貴族達を、」

「解ってる。任せて。」


そう僕たちが警戒する中、騎士達、腕や足の筋肉がはち切れそうな程膨れ上がり、実際にその筋肉から血の様な者が時々拭きだしていた。

それと共に騎士から出る圧迫感が大きく膨れ上がる。

それを見た部屋の隅にいる貴族達は目に涙を浮かべ歯をガチガチと鳴らし震え上がっていた。


「!!!」


瞬間、数人の騎士が貴族達に尋常じゃない速さで飛び掛かり抜いた剣を振り下ろそうとする。


バッ! キ、キイイーーーーン!!


しかしその剣は貴族達に届く前に突然現れて氷の壁に塞がれ、騎士達はそこへ閉じ込められてしまっていた。


「な!? き、貴様!! 何をしたー!」


予想もしていなかったのか、ゲルフィネス妃は目の前で起こった現象に驚愕する。

僕を見るゲルフィネス妃の目に少し恐怖の色が見え始めていた。

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