帝国の闇 16
「おお! ゲルフィーよくぞ来てくれた!」
側室ではあるが、実質いま皇帝の一番身近に存在し、長兄の生母という事で帝国内での勢力図で一歩抜きん出た存在。
それがゲルフィネス側妃である。
騎士を前に置き盾にし、その後ろで悠然と立つ女性。
何処か人を見下す様な細い目が特徴で、美人ではあるが少し化粧の濃い感じが年齢を返って浮き立たせてしまっている。
「皇よ。何を慌てておられるのですか? この様な無様な貴族や文官など切り捨てれば宜しいではありませんか?」
ゲルフィネスの言葉を聞き考え込んでしまう。駅長。
「そうか? そうだな。ゲルフィーの言う通りだ。」
今まで顔をしかめ今にも爆発しそうな程の形相になっていた皇帝が、ゲルフィネスの言葉で一気に気分を良くし顔を綻ばせた。
しかし次に出た言葉で、ここにいる者が恐怖することになった。
「よし! ゲルフィーの言う通り、今この謁見の間から出ようとした者は全て首をはねてしまおう! 衛士長、入口にたむろするその者達を捕まえてその場で斬首しろ!」
逃げようとして入口に殺到していた十数人の貴族達の血の気が一気に引いていく。
「お、お待ち下さい!! 何故部屋から出ようとしただけで打ち首にならねばなりませんのか!」
「そうだ! 我等はこれより領地に戻り、帝都に巣くう謀反者を討伐しようと考えていたのですぞ!」
その中でも有力貴族の者は、ゲルフィネスと皇帝に自分達は逃げる訳では無いと主張するが、それをゲルフィネスは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「私が見た先程のあなた達の間抜けな顔からは、到底そのような愁傷な心構えなど微塵も感じられませんでしたよ? どうせこのまま見逃せばどこぞの国に亡命でもしでかしません。今のうちに粛正をいたしましょう皇よ?」
「ゲルフィーの言う通りだ! 即刻打ち首だ!」
皇帝は、ただゲルフィネスの言葉をそのまま受け入れ答えるばかりになっていた。
その異常な雰囲気にさすがに他の者も異様なものを感じ始めだしていた。
「ここに、居てはまずいのではないか?」
「おかしい、あれは本当に皇帝なのか? あのような女の言いなりではないか。」
「だいたい、あの女は何様なのだ? 正室でも有りはしないのにあの様な言い草は聞き捨てならんぞ?」
それぞれがヒソヒソと皇帝とゲルフィネスの異常な雰囲気を話だしている。
しかしそれを意に返した様子もなく、ゲルフィネスは薄笑いを浮かべ辺りを見回す。
「はあ、嘆かわしい。ここには皇に忠実に仕える者は一人もおらぬようですね。どうしましょう? アラヒダはどう思います?」
白々しい演技がかった物言いで後ろに控えていた若い男性に聞いていた。
その男性は、青白い肌に長く黒い髪を伸ばし何処か物憂げで希薄な雰囲気を醸し出し今にも倒れてしまいそうな程の弱々しそうに見えた。
「母上。我が偉大なる皇に対して不敬をはたらく者ばかりです。このままでは帝国は滅びます」
その言葉も弱々しげで、自分の意思で話しているのだろうかと疑う程、感情も何も無い物言いが不気味さを増していた。
「皇子もこう言っておりますので、皆様帝国の為と思って死んで下さいますか?」
ゲルフィネスのその言葉を聞いた途端、ここにいた全ての者が身体を固め身動きが出来なくなってしまった。
「な?! なんだこれは!」
「何をした!」
「何をした? ですって? いい加減目上の者に対しての言葉使いくらい直しなさいまし」
そう言ってゲルフィネスは右手を一番近くにいた貴族の顔に向けて指すと、騎士の一人が同じように右手を伸ばしその貴族の頭を鷲掴みにすると、ミシミシと音をたて始める。
「うぎゃあああああああ!!! やめろううう!! つ、つぶれ、」
グワッシャアア!!
貴族の男の絶叫が部屋中に響いたかと思った瞬間、果物を潰してしまったような音と共に、周囲に赤い血飛沫と何か判らない小さい固まりが幾つも四方に飛び散っていった。
「う、うわああああああ!!! な、なんて事を!! あ、頭が!!」
そのすぐ横にいた男はその血を浴びてしまい、その余りにも非現実的な光景に腰を抜かし床に倒れ込んでしまった。
それ以外の者はその光景に声も出ず、皆が少しでも遠ざかろうと壁へと殺到していく。
「あら、あら。案外に簡単に砕けるものですね? そこで転がってるあなた、後片付けしてくださいましね」
騎士に頭だった所を握られ力無く垂れる身体を見ながら、ゲルフィネスと皇子は謁見の間の中へと歩み、皇のいる座の横へと向かう。
「皇、これであなた様に刃向かう者はここにはもうおりますまい。どうぞ存分に辣腕を奮って下さいまし。」
「お、おうよ。そなたのおかげで全てが上手く運んでくれる。余にとってそなたと皇子だけが味方であるぞ。」
ゲルフィネスが皇の頬を撫でるゲルフィネスに見とれる様に皇帝は目を虚ろにし甘えたような声を呟く。
その光景は、貴族や文官達には異様にも程遠い世界の出来事を見ているようで、これが自分達が尊敬し仕えてきた皇なのかと疑っていた。
「トゥエルド・スバイメル!! いい加減目を覚ませ!」
余りの非常な光景に言葉をするのも忘れ静まり返っていた謁見の間に、一際大きな声で皇帝の名を呼び捨てで叫ぶ男が入口の扉の前に仁王立ちしていた。
「き、きさま!!? 何故ここにおる!?」
皇帝は座を立ち、咄嗟に後ろへと腰を引いていた。
「別におかしな事ではありません。将軍である私が今後の軍の進行計画に見直しに陳情つかまつってもおかしな話ではないと思うのですがな?」
「ローエンベルク将軍。ほ、本当に生きておられたのですか?」
一人の文官の言葉に将軍は首を傾げる。
「はて? 死んでいる方が良かったのか?」
「い、いいえ、そのような事は・・・」
慌てて首を振る文官を睨みつる。
「さて、死に損ないの私めですが将軍としての責務がありますからな。皇帝が間違った方向に進もうとしているのならば、お諌めせねばなりますまい」
「何をほざかれる。皇はあなた等もう必要としておりませぬ。そのまま死んでおればよろしいのですよ。」
将軍の言葉に皇帝は何も言い返さないのに、その隣で佇むゲルフィネスが表情を変えずに言い返してくる。
「国に関する話し合いに、側室如きが口を挟むものではありませんぞ?」
さすがに如きなどと言われたゲルフィネスは、気になったのか眉の端がピクピクと動く。
「そこの乱心者を即刻捕まえなさい!」
ゲルフィネスは、大声をあげ騎士達に命令すると、謁見の間にいた騎士の全てがゆっくりと将軍に向かって歩き出し差を縮めてきた。
「ほう、この騎士はいったいどうした事なのかな? 全く精気が感じられない?」
将軍は腰に携えている剣を抜くと騎士達にむけて威嚇する。
しかし、その威嚇を全く感じないのかそのまま将軍との間を縮め続ける。
すると背後から近寄っていた騎士に一人が剣を上段に構え勢い良く振り下ろしてきた。
それをスムーズな足裁きでかわすと、振り抜かれた剣が床の上を打ち抜く。
どぅがががんんんんぁ!
その剣が降ろされた床はかなり厚い石を敷き詰めていたが、人の身体の2倍近い長さの穴が開いていた。
「おいおい、こんなばか力まともに受けれるわけないだろう?!」
「それじゃあ、僕たちがお助けいたしましょう」
その言葉が聞こえると、一人の少年と数人の女性が将軍の後ろから姿を現した。
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