帝国の闇 15

「これは一体どういう事だ!!」


帝都の名にもなっている皇宮、ベルリデルン宮殿。

今、この宮殿には、多くの文官、貴族が集い、全世界へ向けて帝国の聖戦が開始される事を待っているはずだった。


「それなのに何だこの状況は!?」


一人の貴族が、大声で叫ぶ。

それを聞く大勢の貴族、文官や武官が困惑の表情を見せていた。


「報告いたします!」


皇帝が謁見をする広間に兵士が息せき切って走り込んできた。


「火事の範囲は今も拡大し消火が間に合わない状態です! 主に武器、武具、魔装具などの軍物資が多く集積してある倉庫群を中心に火の手の勢いが激しく既存の兵士では対応出来ない状況です!」

「それならば、あの地区にはドワーフや亜人共の収容施設があるはずだ! それらに消火をさせれば良いではないか!」


文官でも上の階級の男性が叫ぶが、報告に上がった兵士は返事も出来ずにいた。


「どうしたのだ!? 直ぐに立ち戻り亜人共に消火をさせるのだ!」

「それが・・・」


兵士はそれでも話さない。いや話せないのだろうか?」


「それが? どうしたと言うのだ?」


その兵士に向けて一番奥に座する男性から冷静な口調で質問を投げかけた人こそ、このスバイメル帝国の皇帝トゥエルド・スバイメル皇帝だった。


「は、はっ!! じつは、現場の責任者も亜人に消火活動をさせようとしたのですが、誰一人としていなかったのです」

「は? 今なんと申した?」

「は、あの、それが・・・・」

「はっきり言わんか!!」


あまりの兵士の動揺ぶりに皇帝は業を煮やし声を荒げてしまう。


「は!! ドワーフを初めとする亜人は全て収容施設から姿を消し行方が判らなくなっております!」


皇帝は、その報告の意味を理解するのに十数秒かかってしまう。

それ程に、考えられない事だったのだ。


「何を言っておる? 1000人以上の亜人が居たのだぞ? それが収容所を抜けだしあまつさえ行方が判らないだと? そのようなざれ言、誰が信用できると言うのだ!!」


皇帝の荒げる言葉に、誰も答える者はおらず、謁見の間は静まり返ってしまう。


「と、とにかく! 消火を優先させなければなりません! そこで帝都周辺で待機しております部隊の一部を戻してはいかがでしょう? このまま火事が広がり、物資の補給に支障が出ますと、戦争を継続させて行く上で問題となりかねません」


高位文官の一人が提案した案に周辺の者も大きく頷く賛同するが、皇帝は怒りの表情を変えず考え込んでいた。


「くっ! 仕方がない。部隊の一部を帝都に戻す事を許可する」

「はっ! 直ちに!」


提案した文官が深々と頭を下げると、近くにいた部下に耳打ちし即座に部隊編成をするよう指示をだそうとした時、またしても部屋の大扉がけたたましく開けられたのだった。


「御報告いたします! 第1、第2師団が帝都内に入られ、各城門の警護と消火作業の任を受け持つとルドルフ団長より報告が上がりました」

「何? まだ正式に帝都に戻る事を発令していないぞ?」

「は? そんなはずは、ルドルフ師団長は、皇帝陛下の命によりと言われておりましたが?」


一瞬の静けさが室内を支配する。

皆は息を飲み、皇帝の顔を視線を合わせないように伺う。

そこには、困惑と怒り憎悪が作り出した鬼の様な顔をした皇帝がいた。


「第1、2だと? 余の命令無しに勝手に動いたというのか? まさか反逆したというのか!?」

「まさか、彼らは皇帝陛下直属の精鋭部隊ですぞ? どうして反逆など?」


文官の一人が当たり前の事を聞いて来たのを、皇帝は鋭い目つきで睨む。


「第1、2は元々ローエンベルクが鍛え上げた精鋭の部隊。帝国に仇なすとは思えんが・・まさか毒殺したことがばれておるのか?」


不安な事が頭の中を巡り始め焦りを感じる皇帝陛下に追い撃ちをかける様に言葉が聞こえて来る。

 

「御報告いたします!!」


「今度は何事か!?」

「は! 帝都の警護に入られた第1、第2師団が、各城門を占拠! 他に城外で待機している部隊の入都を阻止している模様!」


「御報告いたします!」


先ほど入って来た兵士の報告が終わらない内に、また新たな伝令が入って来た。


「何だ!!」

「は! この皇宮のつながる5大街路を第2師団によって封鎖され、皇宮が孤立状態となっております!!」

「はああ?? なんだと!?」

「それと、この様な書状が送られて来ております」


そう言って兵士が片手に持っていた丸められた書状を、高位文官の男に差し出された。


「これは何だ?!」

「ルドルフ師団長から、皇帝陛下へと」


高位文官は兵士より渡された書状を受け取る。


「どういたしましょう?」

「おまえが、読んでみろ」


皇帝は、皇座に座り顎で指図すると、高位文官は一度頭を下げてから、書状を両手に持ち替え封を解いた。

書状を開き、その内容に一度目を通す文官の表情がみるみると青ざめていく。


「どうした? 何が書いてあるのだ、早く申せ!!」


青ざめ、書状の中身を読もうとしない高位文官に苛立ちを見せ怒鳴ると、文官は我に返りもう一度書状の内容を確認した。


「ほ、本当に読んでも宜しいのでございますか?」

「読めといっておろう!! 早うするのだ!!」

「は、はい! それでは・・・・親愛なる父皇様。何をとち狂ってこんな暴挙に出られたのですか? 戦争? はっ! 今時流行りませんよ! どこかの馬鹿側室にでも唆されましたか? それと色々画策された上にローエンベルクの伯父様を毒殺されましたが、伯父様はちゃんと生きておられますので残念でした。なので第1、2師団を始め、各部隊にローエンベルク将軍が生きておられる事を伝えました。おかげで師団、部隊の統率が戻り、真の敵と対峙するべく動き出されました。皇帝陛下が、今更ご命令されても無駄ですよ? そこでです。今、戦争を止め伯父様の毒殺を命令された事を認め、罪を償い皇帝の座を退かれるのなら、老後は静かに暮らせる事を約束いたしますよ? どうですか? それとも従っていただけないのでしたら、フォレスタール王国、グローデン王国、エルフの里の連合軍が帝国領内に進行を開始し、父皇様を捕らえる助力をしていただきます。良いお返事をお待ちしております。娘ルーレシアより。」


文官の言葉が終わると、皇帝は椅子から立ち上がるとワナワナと拳を奮わせ、椅子を大きく蹴り上げた。


ガン! ガシャ!ガラガン!!


砕け散りながら舞い上がる椅子に、文官、武官が恐怖する。


「娘にここまでこけにされるとわな」

「皇帝陛下! どうされるのです?! 軍の半分、特に第1、第2師団は先鋭中の先鋭としてフォレスタール、グローデンに当てる算段だったはず。それが敵に回ってしまった上に、2大国とエルフの一族までいつの間にか協力体制をとっているとは! これでは何も出来ずに帝国が滅びますぞ!」 


文官の一人が皇帝に詰め寄ると、他の貴族や文官も声を荒げ始める。

中には、この場から逃げようとする者まで現れはじめた。


「あら、みなさん。何処に行かれるのです?」


部屋を出ようとする貴族の前に、騎士が数人立ちはだかり、その後ろから側室のゲルフィネスが異様な笑みを浮かべながら佇んでいた。

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