帝国の闇 14

時間は経過し、二つの日を時が超えた頃、帝都の一角で小さな火の手が上がった。


カンカンカン!


「た、大変だ! 工業街区の集積場の倉庫で火災が発再したぞ!!」


誰かの声が闇夜に響き渡る。


「これは、どういう事だ!?」


この地区の責任者なのか、火事の現場近くに来ると信じられない物を見る目で驚いている。


「くそ! こんな不始末が知れたら上長になんて言われるか!?」

「とにかく火を消すのだ! 近くには魔石の倉庫や、武器の保管庫があって引火すると厄介だ! 消火班は早急に火を消すのだ! 魔導師はどうした!」


責任者の男は、倉庫の一つから上がった火の手に対して消火活動が思うように進んでいない事に慌て、魔導師の魔術で消火しようと大声で叫んだ。


「主任! 魔導師隊はその殆どを現在、明日の開戦に向けて帝都外を進行中であり、現在この帝都には殆ど魔導師は残ってはおりません!」

「チッ! 仕方ない。ドワーフ共に消火を手伝わせろ!」

「ハッ!」


部下の一人が、収容所の方へと走り出した。

その先には、この工業区で元々働いていた鍛冶職人や魔工師達、外から連れて来られたドワーフの全員を収容している施設がある。

主任と呼ばれる男は、その職人達に火事の消火を手伝わせるようだ。

今回の戦争の準備の為に集められた彼らは、此処に収容されこの1年間この街区から出ることを許されずに働かされている者達ばかりだった。

部下は走り、収容所の前に着くと、外周の張り巡らされた鉄条網と幾重にも施された魔術結界を、外周から唯一入れる門の前にある金属製のリレーフに持っていた魔鉱石の鍵をかざした。

すると、リレーフ上に細かく書かれた文字が白く光明滅する。

そして明滅が終わると、何処かからか、カチンとかカシャとか金属が触れ合う様な音や、何かが外れる音が幾つか聞こえてくる。

部下はその音が終わるのを確認し、外周の門を開けるとそのまま敷地内に入り、目の前の収容施設の扉へと到達する。

ここでも同じ様な操作を繰り返し、ようやく施設の扉が開かれた。


「お前ら起きろ! 緊急事態だ! 早く全員起きるんだ!」

「どうした!?」

「ああ、所長か。緊急だ。第三倉庫付近で火事が発生した。我々警備隊だけでは消火が間に合わんのでここの連中に消火を手伝わせる。全員を早急にお越し現場に向かわせる。」

「さ、さようでしたか。では皆をお越し向かわせる様にいたしましょう!」

「そうか。では頼んだぞ。私も消火に戻らねばならないので後の事は所長に任せる。」

「は、直ぐに駆けつけますのでご安心を!」


所長の言葉を聞き、部下の男は火事の現場へと戻って行った。


「やれやれ、行かれましたか。さて皆さん! 準備は整いました。これより脱出を結構致します!」


所長が収容所の奥の暗闇の方に向けて声を掛けると、数十人の人影が現れ出した。


「ダルガンさん、後は宜しくお願いします。」


所長は先頭にいるその人影に話しかける。


「みんな! 今日までよく我慢してくれた。これより脱出する! 計画通り進めてくれ!」

「おお!!」


一方、帝都防壁外。


「部隊長殿! 帝都内での火事は工業街の倉庫群で発生したもようです!」

「なんだと!? 今あそこは我が軍の武器庫として使用しているのだぞ? 事故や襲撃に対処するよう厳重な警戒がされているはず。火の手が上がるはずなど・・まあ良い! 我が隊はこれより進軍を取りやめ帝都内へ戻る! 考え難いが襲撃の可能性がある場合、それを阻止出来なかった帝都防衛の騎士程度では被害を拡大する可能性は否定出来ん!」


部隊長の合図で、今日、夜明けと共に進軍を開始する予定で、帝都郊外で待機状態だった大部隊の一団が帝都へ向けて転進し始める。

そんな、大規模部隊の一団が4つあり、各方面に展開し一斉に開戦する予定になっていた。

ただ、その中で一団だけ、この火事騒動が起こる前から帝都に戻っていた部隊があった。


「本当に、将軍は無事だったのだな!」


大柄の体躯にフルメタルの甲冑を着込んだ部隊長が、人目を憚る事なく大声で叫んでいた。


「本当なのだな、ラバス!」

「はい! 本当でございます! フドルフ隊長。」

「良かった! 将軍が生きておられたとはこれ程の吉報は他にないぞ! してそのレンティエンス殿とはいったいどなたなのだ?」

「それが、フォレスタール王国の剣聖、システィーヌ・ブロスフォード様は知っておられますよね?」

「勿論だ。狂飆の姫神とか、剣姫と言われる、世界最高峰の剣士である生きる伝説のお方だな。俺も密かに憧れておるのだが、今回帝国がフォレスタール王国と開戦すれば否応もなく戦う事になるかと思うと恐怖しか感じられぬよ。その剣聖がどうしたのだ?」

「その御子息がレンティエンス様なんですよ。」

「なんと! それは本当なのか?」

「はい、しかもあのエルフの里の神官クウェンディ様からもお願いされての事だそうです。」

「なんと! なんと! クウェンディ様といえばこの世界で今一番神に近いお方と言われる程の尊いお方に、お願いをされる程の御仁なのか?」

「はい!」

「なんと云うことか! これで帝国は救われるやもしれん!」

「そこで、ルドルフ隊長にやってもらいたい事があると、言伝をいいつかっております。」

「なんと!! こんなわしにご支持をいただけるのか? 分かった! どんな事でもお引き受け致しましょうぞ!!」


はあ、相変わらずルドルフ様は熱いお方だな。

ラバスは苦笑いしながら、レンティエンスからの指示をルドルフ隊長に説明を始めることにした。


それから程なくして、ルドルフ隊による帝都主要出入りのすべての門が制圧され、完全に閉ざしてしまった。

これにより、皇帝の命で帝都外周に待機していた、直属の大部隊の殆どが帝都内に入れなくなってしまったのだ。


「さあてと準備も整って来たしルーシー、皇帝に会いに行こうか?」

「はい!」

「みんなもそれぞれ宜しくね。」

「任せて下さい!」

「レン様のためなら、なんでもしますよ!」

「主様は、私が守る。」

「弟の為なら、姉ちゃん頑張るよ!」


「それじゃあ行こうか!」

「「はい!!」」

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