帝国の闇 1

「レン様、見えて来ましたよ。あれが帝国国境の城塞都市、ゲンベルンです」


荷馬車の御者台の上から、街が近づいて来たのを教えてくれた。


「大きいですね!」

「はい。この城壁が1から1.5ライル程ぐるりと回っています」


ふむ、僕の感覚だと1ライルが4キロメートル位のはず。

だから、周囲だけで5、6キロメートルはあるのか、相当な大きな街なのが判る。

それにしてもこの城塞、人もそうだけど相当大きな魔物でも簡単には壊せない程の厚みがありそうだ。

高さも5階建て位は、有そうだな?


「この街は、スバイメル帝国の国境に存在するいくつかの城塞都市の中でも、フォレスタール王国、グローデン王国の2大王国に対する守りの要となる最重要都市であり、各街道が集まる交通の要所で商のやり取りも盛んであります」


つまり、この街は、商業都市としても、軍事都市としても重要な街ということだ。


「我々は南門から入り、南区画の商業区域へと向かいます」

「はい、お任せします」


僕達は、ディクス商隊の護衛としてスバイメルに入ろうとしている。


「すみません。また付き合わせてしまって」


僕が今回の帝国への侵入に際してディクスさんに協力をお願いしたら、二つ返事で了解してもらったんだ。

それでも、商売でもないのに付き合わせていることにちょっと後ろめたい気持ちがあった。


「別に気にする事ではありませよ? だいたい、私共ディクス商隊は影でグローデン王国の諜報活動に協力している者ですからね。今回の件も王室直々にレンティエンス様の協力をするよう言いつかっていますので何も問題ありません」

「そう言っていただけると助かります」


僕はお礼を述べて、護衛役として先頭をそのまま歩く。

リーシェンが今回は後方を担当、ライアスさんとカーナがそれぞれ左右に配置し護衛をしている。

アクアには、御者台の上で見張りをお願いしている。


「それにしても、結構入城する商隊や商人もそうですけど、冒険者や古い騎士甲冑を来ている者の数も多いですね?」

「そうですな、少し異常かもしれません。やはり噂を聞き付けた者が結構いるようですな」

「なるほど」

「しかし、これだけ多いと入城審査に時間がかかってしまうかも・・・もしかしたら今日中に入れないかもしれんぞ?」


僕と一緒に先頭を歩いているダルガンさんが、南門から続く荷馬車や人の列を見て溜息をついていた。


「仕方ないですよ。こればかりは。夜営する事も考えておきましょう」


この調子では僕も城外での夜営も仕方ないと考えていたのだけれど、ディクスさんが急に南門の方を指して言った。


「レンティエンス様、あれをご覧下さい。門に居る審査官が増えたようですよ。どうも商隊や個人商人とそれ以外を分けているようですな」

「あ、本当だ。これなら早く入れそうですね」


先の方で兵士が叫んで隊列を誘導しているのが見えた。

商人からは安堵の声があがり、それ以外の騎士風の者や冒険者とかどう見ても普通の身なりに中古の剣だけを持っている者とかの集団からはブーブーと怒りや憤りの声が上がっていた。


「おい!! どいてくれ! 先を急ぐ! 前を空けろ!」


ん? 後ろの方から何やら騒がしい音と人の怒鳴り声が聞こえてくるぞ?

僕は後ろの方を振り向くと1台の馬車が入城待ちで並んでいる人々の横を無理矢理進んで来ていた。

無茶するなあ。

このゲンベルンに続く街道は大きな荷馬車がすれ違う事がようやく出来る程度の幅しかない。

その上、街に向かう人ばかりでは無いのだ。

街から出る人や荷馬車もいる。

そこを逆走するように馬車が進めば、並んでる人もそうだが、これから出ていく人からも文句が出るのは当たり前だ。


「きゃああ!!」

「危ない!!?」


そんな時、女性の悲鳴が上がった。

小さな子供が馬車にぶつかりそうになって、転んでしまい馬車の車輪に巻き込まれそうになったようだ。


「ば、馬鹿やろー! 気をつけろ!」


二頭立ての黒い馬車を操る御者の男が、大声で怒鳴り付ける。

馬車の感じからすると、一般人って事はないだろう。

それ程派手さはないけど、部分に施された彫刻等の飾りは、それ成りの身分のある人が乗る馬車だと言うことは誰の目で見ても明らかだ。

だから、その子供が泣き叫び、その母親が一般人である以上文句も言えないのが階級制度であり、貴族を中心とした社会で有ることを思い出させる。


「待ちなさい!」


そんな貴族であろう馬車の前に、大声をあげ、立ちはだかる女性がいた。

ってリーシェン!?


ヒ! ヒヒーーーン!!


「な!? あ! 危ねぇじゃねぇか!! 急に出て来るんじゃねえ!」


突然、馬車の進行方向に飛び出て来たリーシェンに怒鳴り付けれる御者の男。

あ、なんかムカつく!

まあ、突然進む馬車の前に若い女性が単身でとび出てくれば怒るかもしれないけど、リーシェンは多分お前よりもっと怒ってるんだと思う。

前に出たまま動こうとしないリーシェンに業を煮やしたのか御者の男は怒りに任せて怒鳴り出した。


「さっさと、どきやがれ!」

「・・・・・・・・・・」

「な、なんだ? 文句があるってのか? 」

「文句? そんなの有るに決まっているじゃない。」


静かに語るように言葉を話すリーシェン。

その語る様な静かなもの言いが返って御者の男には、地獄の底から聞こえるように感じているのか、馬の手綱を持つ手が震えていた。


「あなた! もう少しであの子供をひき殺しかけたのですよ。どんな大事な用で急いでいるのか知れませんが、人の命より大事なものは無いのです!」


ビシッ! とか擬音が聞こえて来そうに人差し指を男に向けて指すリーシェンの姿に、周囲の人から声援が上がっていく。


「良いぞ! ねえちゃん!!」

「もっと言ってやれ!」

「そうだ! そうだ! 貴族だからって偉ぶるんじゃねえ!!」


周辺の大声援に御者の男は、恐怖を感じたのか身を縮こませる。

一方、リーシェンも周囲の人の声で返って冷静になったのか、勢いで馬車の前に出て、大立ち回りをしてしまった事に気づきオロオロとしていた。


「リーシェン?」

「あ、レ、レン様! つ、つい、出しゃばってしまいました! すみません! すみません!」


まあ、確かに僕達はこれから帝国の実情を探ろうとしているのだ、出来れば目立つのは極力避けた方が良いにきまってる。

それを判っているリーシェンだからこそ、これだけ謝ってくる。

でも、僕にとってはそんな事は些細なことでしかない。

それよりもリーシェンの行動の方がずっと重要なんだ。

僕は、物凄い勢いで何度も頭を下げて謝るリーシェンになるべく優しく言ってあげる。

  

「良くやったね、それでこそ僕のリーシェンだ」


そう言って頭を優しく撫でてあげた。


「あ、」


うんうん、赤くなって可愛いよリーシェン。


「アクア、頼む。あの子供、膝から血が出ているようだから、癒しの法術を施してあげて。」

「ん、分かった」


僕の直ぐ近くまでやって来ていたアクアに子供の治療をお願いすると、てくてくと歩いて行き、座り込む子供の足に手をかざし始めた。

次第に淡く光り始めた掌。

すると、流れ出ていた血が止まり、見る見るうちに傷の跡さえ残らずに回復させてしまった。


ううぉおおおおお!


「すげえ! 小っちゃいのにあんたすげえなあ?!」

「帝国の治癒魔導士よりもすげえんじゃないか?」


群集が一斉に騒ぎ出す。


「あ、しまった。アクアに自重させるの言い忘れた。」


ま、まあ仕方がない。

これからは気をつけよう。

と、僕が反省を適当に考えていると、馬車の方に動きがあった。


「ラバス、ドアを開けなさい。」


馬車の中から綺麗な女性の声がした。

その声に周囲の人達も気付いたのか、騒ぐのを止め馬車の方に皆が注目し始めた。

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