休息中
「ディクスさん、ご迷惑おかけします」
「いえいえ、フルエルさんを助けていただいた上に、スバイメルの機密情報の奪取もしていただいて、我等も助かりましたので。それに少しは皆さんお休みした方がいいですから、そのままでいて構いませんよ」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます」
優しい笑顔で、言ってくれるディクスさんにお礼を言って、僕は今荷馬車の中で休ませてもらっていた。
ただ、休んでいるといっても僕がと云うよりは、皆が休んでいると言った方が正解かもしれない。
まず、荷馬車の淵に体を預けて足を投げ出して座っているカーナは僕を足の間に座らせて背中から手を廻すように抱え込んで気持ち良さそうに寝ている。
これでは逃げようがない。
そして左にはフル姉が僕の頬に自分の頬をくっつけ僕の左腕を抱え込むようにしてやっぱりスヤスヤと眠っている。
よくそんな体勢で眠れるよね?
その反対の右側には、シアがフル姉と同じ様に僕の右手を抱え込み、僕の胸に顔を埋めて休んでいる。
君達、どこでそんな寝方覚えてくるんだ?
最後は、カーナの足の間に座らされている僕と同じ様にその狭い足の間に無理矢理体を捩込んで僕の下腹部当たりに顔を乗せているアクア。
表情は相変わらず判りにくいけど、心なしか穏やかな寝顔に見える。
それにしてもアクアさん、ちょっとこれは、なんとも言い難い場所に顔を埋めてますよ。
と言っても皆、気持ちよさそうに寝ているから、起こすわけにはいかないけど・・・
この寝返りも出来ない状況では、休めと言われてもなかなか休める状況では無い。
でも、こうして皆の安心した寝顔が見られるのはそれはそれで、精神的な休息になるのは間違い無いから、ここは良しとしよう。
ただ、一つだけ心苦しい事がある。
「リーシェン、ゴメンね。一人だけ警護させて」
そうリーシェンだけ、今でもダルガンさんやライアスさんと一緒にディクスさんの商隊の警護をしてもらっている。
「いえ、大丈夫です。今回一番働いていないのは私ですし、カーナさんやフルエルさんは酷い目に会っていますから、当然の権利だと思いますよ」
荷馬車の後方から顔を覗かせて、大丈夫だと言って、にこやかに笑うリーシェン。
さすがいつも皆のまとめ役でこの中で一番の年長者。
これくらいの事で取り乱すような事はないよね。
これがカーナとかだったら、直ぐにブーブー言うところだ。
「でも、ほんと、ごめんね」
「いえ、本当に大丈夫ですから。それに・・・」
「それに? どうかした?」
「は、はい。その~あの~ですね、今晩なのですけど・・・皆が気を遣ってくれてですね・・・レン様と一緒に寝る権利をいただいているのです! きゃああ!!」
物凄く嬉しそうに話すなあ。でも、
「でも、一緒に寝るのは結構いつもしているよね?」
そこ! 勘違いしない! あくまでも、一緒に寝るだけだからね! 他は何もしてないからね!
独り言です。
「その、私一人でレン様と添い寝する権利をですね・・・キャッ! もう! どうしましょ!? どんな寝間着にしましょう?!」
顔を真っ赤にして恥ずかしいのか体をくねくねと動かしながら照れまくっているリーシェン。
前言の謝罪は撤回です。不要のようです。
僕が、なんとも言えない顔で、舞い上がっているリーシェンを見ていると、今度はダルガンさんが顔を覗かせてきた。
ドワーフのダルガンさん、リーシェンより結構背が低いのでほんの顔の部分しか見えないや。
「レン様、フルエルがわがまま言ってすまんの」
ダルガンさん、開口一番に謝って来られた。
「そんな、別にこれくらいどうって事ないですよ? それに僕がもっと早く見つけてあげられれば、あんな恥ずかしい思いしなくてすんだのは確かですから」
「そうか?」
「はい! それよりライアスさんの方こそ大丈夫ですか?」
「あ? ああ、ありゃ相当重症だな? 一体何があったのだ?」
「それが色々、ありまして・・・」
僕は、フル姉を救出した後の事をダルガンさんに説明した。
☆
救出したフル姉を抱え、ジルデバル卿の私邸の地下に造られていたスバイメル帝国の隠れ拠点から出て来た時にそれは起こった。
「うおぉおぉおぉお!!! フルエル無事かぁあ!??」
中庭に造られた隠れ家への入り口から、出て来た僕とフル姉、目掛けてライアスさんが涙と鼻水を撒き散らしながら襲ってきた・・・じゃないけど、そんな風に見えるほどの勢いだった。
しかし、いつものイケメン顔からは想像もつかない酷い顔だった。
そのライアスさんだけど、結局、フル姉を抱きしめる事は出来なかった。
「主様に何をする。」
抑揚の無い言葉だけど、その圧倒的な存在感から放たれた水の塊が、勢いよく飛び込んで来たライアスさんの顎に炸裂! 身体ごと持ち上げ、後方の石壁まで吹っ飛んで行ってしまった。
ライアスさんを撃退したのは、水の上位精霊、アクレリアだった。
アクレリア曰く、僕を襲ってきた暴漢だと思ったそうだ。
見事、撃退したアクレリアが僕の方を覗き込み褒めて欲しいと無言で訴えてきている。
まあ、端から見れば襲われそうだったのを救ってくれたんだから、褒めない訳にはいかず、頭を優しく撫でてあげる事にした。
「レン様、この子は一体?」
そこへ、リーシェンとカーナが尋ねてきた。
僕はアクレリアを紹介すると、いきなり膝を付き思いっきり頭を垂れた。
「「こ、これは! 上位精霊様とは知らずとんだ御無礼をいたしました!」」
「え? 何?」
二人がいきなり土下座に近いほど、頭を下げたので僕は何が起きたのかとびっくりしてしまった。
「レンちゃんは、知らなかったの? 上位精霊様といえば、神の次に尊い存在として崇められているのよ? 私もこんな状況じゃなかったら普通に話すなんて恐れ多いんだよ?!」
慌てた様子で説明してくれるフル姉。
そんなに凄い存在なんだ。
「大丈夫。お姉ちゃんはアクアを守ってくれた大事な人。だからタメの関係で問題無い。それに、そこのお姉さん方も、レン様の眷属、奥さん、だよね?」
僕は、ちょっと照れながらウンと頷く。
「なら、私と同格! 問題無い。お姉さん方、私も主様の眷属となった精霊。言わばお嫁さんとお同じ。だからこれからは一緒に主様をお助けする義姉妹として宜しくお願い」
そうアクレリアが宣言すると、気のせいかリーシェンとカーナ、それとフル姉まで淡く体が光った様に見えた。
今のは、一体?
「ねえ、アクレリア、今、皆の体が光った様な気がしたんだけど?」
「え? そう? 何かの暗示でしょうか? 私もこういった経験は無いので判らないです。それと主様、わたしの事はアクアと呼んでほしい。」
「アクレリアがそうして欲しいならそれで良いけど、どうして?」
「特に深い意味は無いが、真名で主様に呼ばれると、上位精霊としての力が強まり周囲に良くも悪くも影響を及ぼしすぎるので、成るべく控えたい。」
無茶苦茶、深い意味があるじゃないか!
上位精霊の力をホイホイ周囲に振る舞ってたら、どんな影響が出るか判ったものじゃないよ!
「わ、判ったこれからは注意するよ。」
「お願いする。」
僕は、小さくお辞儀するアクアの頭を優しく撫でながら、一呼吸する。
よし、それじゃあ、ちょっと後始末をしに行くとするか。
「リーシェン、カーナ、そしてフル姉にアクア、僕はちょっと王都に一旦戻って来ようと思うんだ。」
「どうしたのですか?」
リーシェンが僕の突然の言葉に少し驚いているようだ。
「今回の件で、フォレスタール王国にとって害をもたらす人物がはっきりしたからね、ちょっと掃除をして来ようかと思うんだ。」
「掃除ですか?」
「そう、今回のフル姉の件や、カーナの事もあってね僕は相当、頭に来てるんだ。だからもうこれ以上そいつを野放しにしておくことは止めようと思うんだ。」
僕がそう言うとカーナの顔がほんのり赤く変わった。
「私の事でも怒ってくれるんだ?」
フル姉が僕に捕まりながら聞いてきた。
「当たり前です。フル姉も僕の大事な家族だよ。その家族が辱めを受けたんだ。その制裁は受けてもらわないとね。」
「でもどうやって王都までこれから戻られるんですか?」
「え? それはもちろん走って・・・」
「それなら主様、私が同行しよう。」
僕の話を中断し、小さな胸を張り出し、得意げに話し出すアクア。
「どうしたの?」
「私が転移術をもって王都まで送りましょう」
☆
「・・・・・・・・・・・で、アクアに送ってもらうついでに僕もその術を教えてもらって王都に戻り、母様と王妃様に相談しジルデバル辺境伯、排除計画を進めたんです」
「成るほどですな。それは大変でしたな。でもそれがライアスが、あんな状態になる原因なのですか?」
「いえ、僕が王都に向かう準備中に、ライアスさんが復活してきて、フル姉に謝って来たんだ。フル姉の無事な姿を見て、我を忘れたらしく、その事を謝罪してきたんだ」
「そんな事、いつもの事ですな」
「ただね、心配がつのり過ぎたのか、勢い余ってフル姉に求婚しちゃったんだよね」
「え? またですか?」
ダルガンさんがやれやれと肩を震わす。
「またってよくあるんですか?」
「ああ、時々発作的に出るな。で、その度にフラれているのだがなかなかに懲りない男でな」
まあ、ちょっと鬱陶しいところはあるかな?
「ただ、今回フル姉がハッキリと言い過ぎたんで再起不能状態に陥ったみたいですよ?」
「ほう、なんとフルエルは言ったんじゃ?」
「求婚自体は嬉しいわよ」
「それじゃあ!?」
「でも、ライアスは結婚相手としては絶対に考えられない。だって他に好きな人がいるから」
そう言って、恥ずかしそうにして僕の袖を引っ張るフル姉。
それを見たライアスさんは、その場に崩れ落ち、廃人の様に真っ白となってしまった。
「当分、使い物にならんかもしれませんな」
特に困った様子もなく、返って笑みを漏らしながら、呟くダルガンさん。
なんだかすみません。
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