王国の暗部 1
「これはどういう事だ?!」
男性の怒鳴り声が響く。
そのあまりの迫力に、ゴルード伯爵は青ざめ額に汗を流していた。
「ジルデバル様、落ち着いて下され。これは王、直々の命によるものです。監査師団の受け入れを断る訳には、いきませぬぞ」
「その様な事は判っておる! どうしてレンダールの我が私邸に監査師団が向かったかと聞いておるのだ!」
「それが、判らないのです。あまりにも急な命令であったみたいで、その事を知っている者の方が少ないくらいですので、私共もつい先程、知ったばかりでございます」
眉間に青筋を立て、王都にあるジルデバル辺境伯の館の一室でそのジルデバルとゴルードが、怒りとも不安ともつかぬ顔を付き合わせて言い合っていた。
「とにかく早馬を出せ! レンダールの私邸にはスバイメルの密偵達が情報の中継地として利用しているのだ。その痕跡を見られるのはまずい。直ちに移動させるよう通達するのだ!」
「しかし、監査師団は昨日未明に出発しておりますから間に合いますかどうか・・・」
ジルデバル辺境伯の命令とはいえ、予測していなかった監査師団動きに対応できるはずもなくゴルードは直ぐに動く事を躊躇っていた。
そんなゴルードの態度に、怒りは増すばかりのジルデバルだった。
あぁ!! 一体何なのだというのだ! 今までこう言った情報は事前に私のところに来ていたのに、どうして今回に限って何の情報もなかったのだ?!
このままでは、わしとスバイメル帝国との密約の証拠を見つけ出されてしまうではないか!
ワルダークの別荘での魔工師奴隷の件は、なんとか揉み消したが、これ以上疑われる要素を増やすのは絶対に避けねばならん。
「ゴルード伯爵、今回の監査団の責任者は誰なのだ?」
「それが・・・・」
歯切れの悪いゴルードに苛立ちを覚えるジルデバル。
「ええい! 誰だと言っているのだ!」
「は、はい、シ、システィーヌ・ブロスフォード卿であります!」
「はああ? 何故あいつが出張って来るのだ!?」
「それが、今回のスバイメル帝国への魔工師流出の件を重く見たブルディウス宰相や王家から、徹底した調査を実施する為に、監査師団を刷新しその頭に、システィーヌ殿を置き綱紀粛正を進める考えなのではと・・」
ゴルード伯爵の言葉に一瞬固まるジルデバル辺境伯。
「馬鹿な、それでは王家が武力としてブロスフォード家を徴用するばかりか、政治にもブロスフォード家を介入させることになるぞ?!」
「これには、王妃殿下と宰相のブルディウスが大きく係わっているようです」
苛立ちのせいで、ソファーに座るジルデバル辺境伯の足は揺すられ、親指の爪を噛み砕かんと歯に力が入る。
「ブロスフォード家・・・いや、システィーヌめ、このところ存外に大人しくしていると思っておったが、あの小僧を押し出して一気に王国を乗っとろうとしておるのか?」
「それについてですが、ブロスフォードの嫡男、レンティエンス騎士爵が、今回の魔工師救出の手柄により、子爵位に就くという話が出ており、その公表と共にファルシア姫との婚約を発表がされるという噂まであります」
現状の知りうる事を述べるゴルード伯爵は、ジルデバル辺境伯の顔色を伺う。
その顔は、真っ赤となり目は血走り、怒り過ぎて頭の欠陥が切れてしまうのではと思える程だ。
「忌々しい! 剣聖め! 一気にわしらを追いやるつもりだな。そうはいかせんぞ! ゴルード伯爵! わしは一旦我が領地に戻る。こうなれば実力行使だ! 周辺の貴族や我が一派の貴族をジルデバル領に集結させろ!」
「い、いけません! 今回の件でスバイメル帝国へのジルデバル様の心証はよろしくありません! 援軍の支援は望めないかと思います! そんな中で王国と争っても、向こうには剣聖と近衛師団が控えているのですよ? 勝ち目などありません!」
感情で判断が出来きなくなっていると思えたゴルード伯爵は、ジルデバル辺境伯に進言する。
しかし、ジルデバルはそれを聞き入れてくれるだけの余裕がなかった。
「構わん! もし王国軍が領内に進攻して来るならば、スバイメルとの国境戦へと誘導し、押し込んで否応でもスバイメル帝国との戦争をさせてやる。上手く行けばボルトーク侯爵の軍事力も削ぎ落とせるやもしれんしな」
ゴルード伯爵はジルデバル辺境伯の考えが余りにも甘いと感じていた。
そんな都合よく、あの剣聖システィーヌが動く訳が無いし、ボルトーク侯爵こそ、そんな事に躍らされる人物で無い事くらい、いつものジルデバル辺境伯様ならお判りになられるはずなのに・・・
「とにかく仕度を! 我が領地へ戻るぞ!」
「し、しかし・・」
「え、ええい!! 口答えをするでない! 早々に支度をせい!!」
「・・・はっ・・」
釈然としない面持ちのゴルード伯爵だが、ジルデバル辺境伯に逆らうわけにもいかず、深く頭を下げ、了承の意を示した。
そんな時、この部屋に、突然、強い風が巻き起こり部屋の中をかき乱したので二人は身体を大きく揺らされた。
「そんなに急いで戻られては困ります。これから国王陛下の勅命を受けてもらわなくてはならないのに」
それは子供の声だった。
男の子とも女の子とも聞こえるその声は、二人にとって良く知り忌々しく思っている者の子の声だった。
「レンティエンス・ブロスフォード・・・」
彼はそこに居た。
バルコニーに面した大きな窓の前に、いつの間にか立っていた。
「貴様! 勝手にジルデバル様の屋敷に入り込むとは、なんと無礼な! 不法侵入で訴えますぞ!」
驚く表情のまま、その場に立ち尽くしてしまった、ジルデバルに代わりゴルード伯爵がレンに対して訴えの言葉を発するが、それを一切気にしないまま、少し微笑みながらレンは一礼する。
「これは、申し訳ありません。先程から何度もお屋敷前でジルデバル卿へのお取り次ぎをお願いしておりましたが、いっこうになりませんでしたので、勝手に上がらせていただきました。先ずはお詫びいたします。なにぶん急を有する事でしたので御無礼いたしました。」
淡々とでもはっきりとした口調で答えるレンに、ゴルード伯爵は何か威圧されるものを感じずには、いられなかった。
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