牢獄

「こちらです。」


王宮上位階級の制服に身を包んだ護衛騎士に案内され、地下の特別牢獄へと僕、そして母様と宰相のブルディウス様とで向かっていた。


「それでは、私はここでお待ちしております。ただ注意していただきたいのですが、余りの惨状に気分を悪くされるかも知れませんので、お覚悟をお願いします」


上位騎士は深々と頭を下げると、母様が右手を軽く上げ了承の意を示した。


「ブルディウス、あなた大丈夫?」

「は! 私もシスティーヌ様に鍛えられた身であればその様なお気遣いご無用です」

「そう。判ったわ」


母様がそう言うと、先に進みはじめる。

母様の後ろを宰相のブルディウス様、その後を僕が付いて歩く。

それにしても、たかだか子爵家の母様が、国の行政機関の最高責任者である宰相のブルディウス様を従えているのもおかしな話なのだが、それだけ母様って凄い人であるんだと実感出来る。


程なくして、僕たちは行き止まりにある重厚な木に鉄枠を嵌め込み、簡単には壊れなさそうな扉の前に立った。

ブルディウス様が母様の前を横切り、持っていた鍵をその扉の鍵穴に差し込み回す。


ガチャ! ガラガラ、カシャ、ガンガン、ガラガラ、カンカン、ガシャ! ガラガラ、ガシャ!ガシャ! ギィイイ!!


どれだけの厳重な鍵なんだろうと少し驚いてしまった。


「凄い厳重な扉ですね?」

「ええ、ここは特別収監用の牢獄で、王宮の者でもこの存在自体を知っている人間も少ない位な場所なの。ここに入ったら、私以外には脱獄出来る人間なんて多分この世界に居ないんじゃないかしら? あ、レンも大丈夫かも?」


母様しかと言うのがかえって信憑性が有ると感じてしまうのが凄いけど、そこに僕も入れないで欲しい。

人じゃ無いみたいじゃないですか。

・・あ、人じゃ無くなるのか?


そんな事を考えながら、僕たちは幾重にも重なる開いた扉を潜り、特別牢獄の中に入っていった。


「うっ!」


小さく呻き、一歩後ずさったのは宰相のブルディウス様だった。



あまり不思議そうには思ってないみたいだけど、それでも一応は10才の子供だからね。母様も聞いてはみた程度には気を遣ってはくれたみたいだ。

まあ、断然大丈夫なんだけどね。


「大丈夫ですよ。平気というより、今ここで切り刻んでやっても良いと思っているくらいですから。」


笑顔で答える僕に、笑顔で返してくれる母様。

ブルディウス様は引き攣った顔で、少し引いているようだったけど。


「まあ、レンちゃんが怒るのも無理ないわね。そうでしょ? アヒム殿下?」

「!!」

ガチャン!


母様の質問に身体を強張らせ、繋がれた鎖が音を立てる。


「う、ううう、う! うう」


アヒム殿下は、魔術式を書かれた布を鼻より下で覆われ、目は革製の同じように魔術式を書かれた帯で隠され見る事も話すことも出来なくなっていた。

それでも耳は聞こえるようにしてあるので、今自分の前に何人かの人間が居て、その内の一人が母様、この国のいや、この世界でも最強を誇る剣聖であるシスティーヌ・ブロスフォードであることは判っているはずだ。

そして、僕も同伴している事も判っただろう。


母様が右手をアヒムに向け突き出すと、パチン! と指を鳴らした。

すると、口回りを覆っていた布の魔術式が光、そのままスー、と消えていった。


「き、貴様ら! この私をこんなところに閉じ込めてただで済むと思っているのか!?」


口封じの魔術式が消えた途端、第一声がこれだった。

この人、この状況になってまで、まだ自分の立場ってものが判らないのだろうか?


「ええ、ただで済むと思っています。と言うよりこちらの損害と、アヒム殿下をその損害の首謀者として、正式に帝国へ伝えました。そうしましたら即座に回答がありましたよ。」

「は! そうだろう? この私をこんな目に合わせて我が父が黙っている訳が無いのだ!」


自信満々に、自分は解放されると思っている。

国同士の問題はそれ程、単純な事で動く事は無いのですよ?


「これは、スバイメル帝国皇帝からの正式な書面による回答ですので良く聞いていて下さいね。」


そう前置きをして、一枚の書面をブルディウス様から受取母様が読み出した。


「貴国への損害については、帝国でも調査をし後日正式に謝罪と賠償の場を設ける事を約束する、と書かれています。」

「な!? 馬鹿な? 賠償だと? 我が帝国は非を認めたというのか?!」

「別におかしな話では無いでしょう? 損害を被った者が、賠償を求め、それを了承するのが普通の国家なら当然ですよ?」

「そんな! 皇帝が、父上が、私を見捨てるなど・・」


自分では思っていなかったのだろう。

肩を落としうなだれる様に見えるアヒム。


「それと、もう一つ。首謀者の一人として容疑のかかるアヒム第二皇子殿下について問い合わせたのですが、スバイメル皇帝からの回答は、何それ? そのような者知らん! と書かれておりましたよ。」

「はあああ??? そんな馬鹿な! 父上がそのような!?」


なるほどね。

アヒムは切り捨てられたということですか。

帝国も皇族が誘拐事件に関与しているなど、公には出来ないのは判るけど非情なものですね。

まあ、アヒムにはこれっぽちも同情なんかしませんけど。

カーナを虐めた償いはこれからたっぷりと、返させてもらうつもりですから。


「くそ! この私を捨てるというのか? この私を。フフ、フフフハハハハ!!!」


突然大声で笑い出すアヒム。


「そうか! まあ嘘ではあるまい、もともと私は皇族の中でも疎まれていたからな。そちらがその気なら私にも覚悟がある。よかろう! 帝国の内情を全て話そうではないか! それを引き換えに私を自由にしろ!」


やっぱりこの人単純過ぎるし、立場が判っていない。

国に存在そのものを消されたあなたはここに存在していること自体ありえないのですよ。


「いえ、あなたの情報は、既に魔術操作で事細かくお聞きしましたので、後は何も聞く事はありません。」

「は?」


母様は淡々と言葉続けられる。


「あなたを今まで生かしているのは他に用事があるからですよ。」

「わ、私に何をしろというのだ?」

「別に、難しい話ではありません。単に私の息子、レンティエンスの怒りを受け止めて欲しいという事です。」

「な、なん、だ、と?」


ちょっとは自体が判ってきたのかな?

鎖で繋がれている身体が少し奮えだしてきているようだ。


「僕はね、今のあなたの姿を見て、つくづくカーナは優しい子だって思ったよ。あれだけの屈辱を受けてもなお、あなたの片目と、右足一本を斬り捨てるだけで終わっているのだからね。」


僕は、自分でも抑揚の無い、冷たい言葉が出るものだと感心する。

前世だったらこんな状況にいること事態無理だったろうに、この世界、いや神の加護のせいか、普通に受け止められている。

まあ、一番はカーナを虐めた極悪人に怒り以外感じないと言うのが大きいのだろう。


「ちょ、ちょっと、待て! 貴様何をする気だ!?」

「未だに上からの物言いですか? 立場が判っています? あなたには選択の余地はもう無いのですよ?」


僕は帯刀していた鞘から刀を抜きだし、アヒムに向ける。

アヒムも一応は、そこそこ出来る剣士だったので、その気配だけで僕が何をしているのか判ったようだ。


「待て! 私が悪かった! 謝罪する! だから許してくれ!」

「はあ、謝り方も知らない無知な人間ですね。でも何言っても、もう駄目です。ただ安心してください。殺しはしませんから。」

「そ、そうなのか?」

「はい、ただ生きていること自体が嫌になるかもしれませんけどね。」


「ひい!いいいいい!!」


僕は微笑んでいた。

我ながら、カーナに対する虐めに相当切れているんだなとつくづく思い知らされた。

今後、絶対にカーナやリーシェン、シア姫を泣かす様な事はしないと誓おう。


それから、時々、地下牢の奥底から、人とは思えぬ呻き声が数ヶ月続いたと噂され始めた。

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