旅の前に 19

リーシェンはセルバの言葉を確認すると、直ぐにレンのお腹に刺さった刀を一気に抜く。


「う! くう!!」


微かにレンのうめき声が聞こえた。


「よし! まだ息がある!」


そう思ったリーシェンは傷口からながれる血を止める為に自分のシャツを破り止血しながら両手でレンを抱えた。


「それでわ! 後はよろしくお願いします。」


そう言って、カーナの方を一瞬見て目で意思確認を促し、そのまま部屋から出ていった。


「さてアヒム殿下、これからあなたの処遇について、レン様のお考えを伝えます。覚悟して下さい。良いですね?!」


未だにその変を転がり続けていた、アヒム殿下だったが少し痛みに慣れたのか動きを止めカーナの方を睨み始めていた。


「お、お前! どうしてなんだ!? 何故私の加護の力から逃れたのだ!?」

「うるさいです。お前にその理由をしる権利など微塵もありません! ただ単にお前みたいな下衆の人間が私達が慕うレン様に敵うはずが無いという事なだけです!」

「わ、私が下衆だと!?」


カーナの軽蔑の言葉に反応するアヒムを見て冷たい表情をさらに冷たくする。


「下衆が嫌ならゴミとでも言いましょうか? そうだゴミは片付ける必要がありますよね。」


一人で納得するカーナ。

その冷徹な瞳にアヒムは人生で二度目の恐怖を感じていた。

一度目はレンとの御前試合の時、そして今と。


「カーナ様! いけません! こんなゴミであろうと情報を引き出す為には殺すという選択肢はありません!どうか踏み止まって下さい! リーシェン様からも言いつかっておりますればどうか!」


セルバはカーナの強い殺気に満ちた気配に咄嗟に反応し止めに入っていた。


「それと、まずはこれを着ていただけますか?」


セルバは今の気配を少しでも変えようと、自分の着ていたジャケットを脱ぎカーナに差し出す。


「? !!」


するとその行為が何を意味しているのか判ってしまったカーナは、一気に顔を赤くしてそのジャケット奪い取るとセルバに背を向けそそくさとジャケットを着込んだ。


「すみません。袖の部分は血が付いておりますので破って下さってお使い下さい。」


カーナは袖当たりの破れや血を見て、頷くと肩口当たりを片手で握ると思いっ切り引っ張り破る。

それをもう片方も同じようにしたので、ノースリーブのジャケットになってしまっていた。


「しかし、これちょっと、なんていうか却って恥ずかしいような。」


カーナは自分の今の姿を改めて見て、さらに顔を赤くしていた。

なにぶん男物とはいえ、そう長く無いジャケットなのでいくら前をボタンで留めたといっても胸はともかく、下の大事な部分は、ギリギリ見えないと言った程度なので、見る人によっては却ってそそられる姿になっていたからだ。


「少し落ち着かれましたか?」

「え? ええ。でも先程より殺したくなってきたような気もしますが。」

「そ、そこはどうか。」

「判っています。私もレン様と約束しておりますからね、もうゴミを殺したりはしません。そう・・殺さなければ、良いのですからね♪」


そう言うカーナの表情は先程までの切れていた時よりかえって、恐ろしく感じるセルバだった。


「どこへ行くんですか、殿下?」


カーナはゴソゴソと扉の方に気配を消して向かっているアヒムに声をかける。


「ひっ!」


アヒムは自分に向けられる殺気に身を強張らせ飛び跳ねる。


「く、来るな! 私はスバイメル帝国の皇子だぞ! お前ごとき一メイド風情がどうにかして良いわけがないのだぞ!」


精一杯、皇子という立場を利用して強がって見せるアヒム。

しかしそんな事は関係ないカーナは、刀を片手に持ち徐々に近づいて行く。


「残念です。これでもこの王国の姫様の近衛騎士としての称号を受けておりますので、レン様のメイドではありますが正式には騎士階級と同じ扱いにしていただいております。そして近衛隊の隊長であるレン様にあなたの処遇を任されておりますので、いかようにも出来ますよ?」


微笑みをアヒムに向けるカーナにアヒムは尻餅をつき這うように後ずさる。


「な! 私を殺せば、帝国が黙っている訳がないのだぞ!?」

「それを言うなら、我が国の貴重な人材を闇ルートで奴隷として奪っていた事実を帝国本土はどうお考えになるでしょうね?」


アヒムは答える事が出来なかった。

帝国の事情など話そうものなら今度は帝国から命を狙われる為だ。


「わ、判った! なんでも言うことを聞く! だから私を保護してくれ! そうすれば今までの事など全て話そうではないか!」


どこまでも人を見下す物言いしか出来ないアヒムにカーナは心底嫌気がさす。


「どうでも良いです。後の処置はレン様にお任せしますが、今のこの私の怒りは晴らさせてもらいますので。」


そう言ってカーナは刀を下段に構え魔力をその刀に流し込む。

すると、その刀は赤く染まり、熱を帯びると一気に燃え上がった。


「これで斬られると、傷口が焼かれて出血しなくなりますから手足を斬っても出血死なんて事は無くなりますので。」

「?!!」

「この意味わかりますよね? 片目を無くされた殿下はもう魅了は出来なくなりましたからね、ただのでくの坊ですからじわじわいたぶってあげます。」


カーナの言葉とその殺気に、気を失いそうになり失禁してしまうアヒム。


「や、止めろ! 止めてくれー!」


この後の惨劇をセルバはトラウマになったと後日、仲間内に語る事になる。

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