旅の前に 18

ドサ!


レン様の手が私の顔をなぞり離れて行く。

何? 何なの? こんなどうして? どうしての? ・・・そんなの判りきっている。

私のせいだ。

そう、私が、私がしたんだ、私が! 私がこの手で! そう私が!!

その時カーナの耳には小さな子が


「後は、た・の・ん・だ・よ」


身体に刀が刺さったままレン様が、消え入る様な小さな声が、確かに聞こえた。

発狂しそうだった私の意識を、確かに聞こえたレン様の声で私は必死に抑えた。


「どうした? カーナこちらに戻って来い!」


どうした?カーナの奴。

失敗したのか?


アヒムは、カーナの動きが少し止まっていた事に不振に思い声をかけた。

するとカーナは、倒れたレンを一度も見ること無く立ち上がり振り返った。

そこには全裸の体にレンの返り血を浴び、赤く染まり口角を上げニタリと笑うカーナがいた。


「なんて事を、レンさ・ま、カーナさん! 違う!! アヒム!! あなたは! あなただけは許せない・・・・・!!!!!」


身動きの取れないままのリーシェンが激しく噛んだ唇から血を流し、アヒムを睨み付ける。


「やった、やったぞ!? 死にやがった。この私、アヒムが剣聖の息子を殺してやったぞ! 私に恥をかかせた罰だ! 許せない? 良いぞ、その怒りのまま私の従順な人形に貴様もしてやる。見るが良いカーナの姿を!」


アヒムの言葉に従うのも嫌なリーシェンだが、カーナの事も気になった為、カーナを見ると、血に濡れた姿に血の混じる涙を流している。

けれどその表情には何の感情も無く、ただこちらに向かって歩いてくるだけだった。


「カーナ・・・」


その姿にリーシェンは、愕然とする。

全てが無くなり自分の生きる術を無くしてしまった様に。

そしてそれと同じくらいに、アヒムを呪った。


「はは、良く見ろ! カーナの姿を! 狂気に囚われ自我を失ったその顔を!」


勝ち誇る様に手を上げて、達成感のようなものに陶酔するアヒム。

その間にも、ニタニタと笑いながらアヒムに向かうカーナ。

そして手の届く所までアヒムに近づいたカーナは立ち止まる。


「フハハ! よくやった、カーナ。褒美にお前にそこに転がる女に考えられるだけの恥辱を与える事を許してやる! 仲間同士で楽しむ姿をこの私に見せつけてくれ!」


完全にタガが外れたアヒムは、完全に自分に酔いしれ周りを気にせず大声で笑い続ける。


「馬鹿笑いもいい加減にしな。」

「は?」


シュン!


アヒムは風切り音を聞いた気がした。


「ぎゃあああああ!!!」


アヒムは突然自分に襲い掛かった激痛に発狂したような声をあげた。


「ぐ、うぁあああああ! 目が! 目があぁあああ!」


自分の右目から吹き出る血を抑えるように両の手で抑え床に転がり悶え苦しむ。

リーシェンは何が起こったのか最初判らなかった。

しかしアヒムの苦しむ姿と声が続き嫌でもその光景を認識し始める。


「カーナさん、あなた?」


そこには物凄い形相で刀を横凪に構えるカーナの姿があった。


「リーシェン先輩!! 早くレン様を診療所に連れて行って下さい!!」


カーナは体制を元に戻し、転がり回るアヒムを睨みながら、リーシェンに向かって叫んだ。

リーシェンは凄まじい叫び声に身を縮めるが、それがカーナの叫びだと気づきもう一度見直す。

すると、今までリーシェンの身体を束縛していた枷が全て離れ、自由になった。

カーナは一瞬でアヒムの目と、手に握られていたリーシェンを束縛している枷の発動用の魔石を叩き斬っていたのだ。


「カーナさん? これはどういう事な、」

「それは後で嫌になるぐらい丁寧に説明するので、今はレン様を! 急所は外して下さいましたが、出血が思った以上に多いい! このままでは取り返しがつかない事になります! 早く!!」


理由は判らなかったリーシェンだったが、事態が好転した事とレン様が重体だという事はカーナの言葉から直ぐに理解出来た。


「わ、判ったわ! 後は任せて良いのね?」


カーナにリーシェンは念の為に確認する。アヒムに対してカーナがどうするのかを。


「大丈夫です。私はレン様の部下ですよ? 泥を塗るような不始末はいたしません。」


きっぱりと良い切るカーナに一抹の不安は有るものの了承した。


「セルバさんでしたね。」

「は、はい!」


紐で縛られたセルバとダルナンを解放しながら尋ね、願いを話し出した。


「彼女、カーナを見ていて下さい。もし彼女がアヒム殿下を殺してしまうようでしたら止めてやって下さい。あの男はこれからの帝国との交渉に必要ですので。」

「心得ました。この命と引き換えてでもカーナ様をお止めする役目真っ当いたします。」

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