旅の前に 16

「申し訳ありません。」


リーシェンがアヒム越しに僕に頭を下げた。


「これはリーシェンのせいじゃないから。謝る必要は無いよ。」


感情が高ぶるのを抑える為にわざとゆっくりと喋り、なるべく冷静に話をする。

さすがにリーシェンの事に気付いていたとは、正直辛いけどそれを見透かされるのも嫌だから。


「それじゃあ、お前、ここに転がっている男共を縛りあげとけ。変に邪魔されても嫌だからな。」


思った以上に頭の回る奴だ。

リーシェンはアヒムの言葉に一瞬躊躇したので、僕が小さく頷くとリーシェンも小さく頷き返すと、窓の方へ向かい、カーテンを縛ってある装飾された紐を幾つか持ってくる。

それを、怪我をしている男性、たぶんセルバさんだろうと、小肥りの男性、この人がダルナンだろうか? に手を後ろへと回させ紐で縛り上げた。


「次に、お前はこの手枷と足枷を付けるんだ。付け方くらい判るだろ?」


アヒムは何処から取り出したのか、金属で出来たわっか状になった物を4つ取り出し、リーシェンの前に投げつけた。

リーシェンはそれを拾うと、僕の方を向いて指示をまっていた。

今は、癪に障るがカーナにこれ以上傷を付けられるのは僕が耐えられない。

今はこいつの言う通りにしよう。

僕が頷くと、リーシェンは床に転がる4つの枷を拾い上げ、円筒形を半分に開いたようになっている物を一つずつ自分の手首、足首に元の円筒形になるように重ね合わせつけていった。

金属の枷なので合わさる時、キン、という金属音がするのだが、それと同時に本体自体が淡く光った。


カシャ、という音がした。

鍵が掛かる様な音だ。


「それは、専用の術式に十桁の数字を書き込まないと解除出来ないようになっているから、外そうなんて考えない事だ。いっとくがその数字、私も知らないからな。ハハハ。」


はあ!? こいつリーシェンになんて物付けさせるんだ!


「馬鹿ですか、貴方は? 取れなくなったらどうするんですか?」

「は? 何言っている? 綺麗な御婦人が、囚人や奴隷と同じ金属枷を手足に付けられたその姿、美しいではないか?」


何言っている、こいつ。

僕もそうだが、リーシェンも思いっ切り引いていた。

こいつ真の変態野郎だ。


「そしてこの枷だが、これに重りを付けるわけじゃないんだよ。これはこうするものさ。」


そう言ったアヒムは、剣をカーナに突きつける反対の掌を上に向ける。

そこには、赤ちゃんの拳大の魔石が握られていて、それに魔力を流し込むアヒム。

するとその魔石が光輝き出し始めていた。


ガシャン!!!

「きゃあっ!!」


鈍い金属同士がぶつかり合う音がしたと思ったら、リーシェンの悲鳴が聞こえた。

母様に訓練されているリーシェンが滅多に悲鳴なんてする事はないなのに、それほど突然の事だった。


「リーシェン!!?」


リーシェンに嵌められた4つの枷が物凄い勢いで全てがくっついてしまったのだ。

彼女は今、手足が身体の後ろで引っ付いているため海老反り状態で倒れてしまっている。

しかし、あいつなんて事しやがるんだ。

立っている状態で急に手足が引き合ったら、下手すれば何処か骨折していてもおかしくないのだぞ!

もし変な方向に向いて引き合ったら、間接があらぬ方向に向いていたかもしれない。

それに、その反動で身体が一瞬宙に浮くような感じになり、床の上に叩き付けられるように横転したんだぞ。


「リーシェン! 大丈夫なの!? 怪我してない?」

「う、く、う、だ、大丈夫です。レン様、私の事は気になさらないで下さい。」


大丈夫だというリーシェンの顔は苦痛で引き攣っている。

どこか痛めているのだろう。

もしかしたら手首当たりを骨折してしまっているかもしれない。

僕は、とにかく爆発しそうな感情をなんとか押さえようと必死に我慢する。

ここで僕が少しでも動けばアヒムは躊躇なくカーナを刺す、死なない程度に。

アヒムと引き換えにカーナが傷つくのであれば意味はないんだ。

そう言い聞かせて僕は感情をコントロールする。


「はは、いい眺めだと思わないかいレンティエンス君。」


アヒムが突然そんな事を言い出すので、視線をアヒムに向けると、いやらしそうな目でリーシェンを見ているのに気づいた。


「なんて格好なんだろうね。転がりながら大股を広げて僕にスカートの中を見せ付けるなんて、なんて嫌らしい娘なんだろうね? あ、でも中はスパッツか。この私に見せたいならもっと扇情的な下着にしないと駄目じゃないか。」


こいつ! その枷のせいで手足の自由がきかなくて足を広げざるおえないんだろうが!

誰のせいだって言うんだ! 


「いい加減、僕の大事な人達を侮辱的な事を言って汚すのは止めろ!」

「は、別に良いだろう? この二人は私の忠実な人形になる事は決まっているんだ。何しようが私の勝手だろ? それともこのカーナを私から奪い返せるとでも思っているのかい?」

「当たり前だ。最後まで諦めない!」

「ふ。」


鼻で笑うアヒム。

馬鹿にしたければするが良いさ。僕は自分を信じるし、何よりカーナを信じる。


「あ、そうそう。言っておくの忘れたけど、カーナに掛けてある加護だけどね、身体の方は完全に私が乗っ取っているけど、精神というかな?心か、それは正気のままなんだよ。これ意味判る?」


今、何て言った? 乗っ取っているのは身体だけ? 心は正気のまま? まさかカーナは?


「お? 何となく判ったかな? やっぱり君は賢いね。そう彼女はね心では必死に身体を止めようとしているはずだよ。だけどそれは無理なんだよね。僕が乗っ取っているからね。はは!」


笑い顔が狂気じみている。


「つまり、正気のまま人を殺し、それを止められないでいれば、たぶん心は崩壊するだろうね。廃人の出来上がりだよ。廃人になったカーナはまた魅力的だろうね?」


こいつ狂ってやがる。


「さあ、お話はこれぐらいにして、そろそろ君には死んでもろうか。このカーナの手でね。」


狂った男が笑い続け、部屋中が狂気に満ちる。

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