旅の前に 13
「さて、そろそろあのくそガキがやってくるのだろう?」
アヒム殿下は、反応しないカーナの側に立ち質問をし始めた。
「はい、アヒム様。」
単調な口調で答えるカーナ。
「そうか、ではその前にカーナとか言ったな? お前の身体で思う存分遊んでやろう。それを見たあの、ガキがどんな反応見せるか楽しみだな。」
口の端を吊り上げ下卑た笑いを顔に張り付かせたアヒム殿下は、剣を持つ反対の手でカーナの胸を鷲掴みにする。
しかしカーナの表情は変わる事が無い。
「ダルナンよ、お前も後でこの女で楽しむが良いぞ?」
アヒム殿下はカーナの身体を触りながら、近くに立つダルナンをさそう。
「いえ、申し訳ありません。不敬とはぞんじますがさすがにそれだけは御容赦願います。」
「そうか? 案外真面目だな。」
「は、」
ダルナンの言葉に、アヒム殿下は冷めた視線を送る。
「まあ良いわ。ではそこで私がするところを良く見ておくんだな。面白いものが見られるはずだからな。」
「面白いものでございますか?」
「ああ、そうだ。私の加護、魅了の瞳にはその掛かり方に強弱があるんだが・・」
カーナの胸を揉みながら楽しそうに話しだす。
「今、この女は私には逆らえない様に魅了を掛けているが、それは肉体を動かす頭の一部を支配下に置いている為なのだが、深層意識までは支配していないのだよ。その意味が判るか?」
アヒム殿下の質問に、ダルナンは考え込んでしまう。
「申し訳ありません。解りかねますので宜しければ教えて戴けますでしょうか?」
「ふん、そうか、ならば教えてやろう。それはこの女は意識としては正気のままということだ。つまり私に支配されていない意識がはっきりと今自分が受けている仕打ちを感じているということだ。それがどういう意味か判るか?」
「いえ?」
「ふん、まあ良い。つまり心では拒絶しているのに、私の慰み者になる事を拒絶出来ない。心と身体が真逆の仕打ちを受ける、これを幾らか続けるとこの女は発狂し自我を無くす。そうして私の本当の意味での人形が出来上がるのだよ。」
ダルナンは背筋に冷たい冷水をぶっかけられたような、恐怖を感じていた。
この男は本当の意味で悪なのかもしれない。
本当に着いていって良いのか?
そんな事を頭のどこかで考えている自分に気付く。
「ん? 少し怖じけづいたか? まあ良い。私が楽しむ所を良く見ておけ。そうすればお前にも判るさ、人を汚す面白さがな。」
固まるダルナンをほっといてアヒム殿下はカーナの唇をゆっくり眺めるとゆっくりと自分の顔を近づけていった。
「そこまでにしていただこう!!」
突きつける様な強い言葉がアヒム殿下を襲う。
アヒム殿下はその言葉を聞いたと思った瞬間に、身体を後方へのけ反り、カーナの胸を掴んでいた腕を思いっ切り引っ込める。
「!?!! っ痛う!?」
引っ込めた掌から一筋の赤い線から血が滴り落ちた。
「貴様! こんな事をして許されるとでも思っているのか!?」
カーナから人一人分程離れた殿下が、血の滴る腕をもう片方の剣を持つ手で庇いながら、目の前に立つ男を睨んだ。
「彼女にこれ以上酷い仕打ちをしないでいただきたい。それが叶わぬならこのセルバ、不敬ながら剣を向けさせていただく!」
セルバはカーナの前に立ち、細身の剣をアヒム殿下に向けて牽制する。
その構えは執事とは思えない堂にいったものだ。
「貴様、素人ではないな?」
「そう言っていただけると、少し自信が戻りますな。一応若い時はダルナン様と小さな商隊を組んで各国を回っていたので、必然的に強くなり、冒険者となって警護とか色々こなしておりましたので。」
セルバの剣を構える姿をダルナンは驚く様な顔で見ていた。
ああ、セルバはあの時からずっと変わらないのだな。
今でも私を守ってくれ続けていたのだな。
セルバはずっと変わらないのに、わしは何時から変わったんだろうか?
ダルナンも思い出していた。
ただただ商売が面白くて、無我夢中で突き進んでいた頃を。
ふと自分の姿を見る。
当時の面影も無い、醜く太った体。
それに比べ当時のままの姿で剣を翳すセルバ。
わしは・・・・
「セルバ! この子はわしが守る! 気兼ね無くお前はアヒム殿下を抑えてくれ!」
「!? ダルナン?様?」
「久しぶりにお前の剣を構えているのを見たら、わしのこの体の変わり様につくづく嫌になったよ。こんなにもわしは変わってしまっていたのだな。」
自分の体を見ながら苦笑いするダルナン。
「わしはこれ以上悪にはなれん。此処等が潮時のようだ。今までの罪を償いきれるとは思わんが、せめてこの子だけでも助けてやりたい。」
「ダルナン様・・・それでこそ大商人ダルナン様です! ここはおまかせ下さい!」
昔のダルナンがそこに居る。
それを感じたセルバは、再度体に力を漲らせ、アヒム殿下に挑もうと構え直す。
「ふん!とんだ茶番だな。私に着いてくればちょとは良い思いを出来たものを。」
「心根から腐っている貴方には判りますまい。」
「別に知りたくもない。それに一人増えたところで何も変わらんよ。いや、悪くなったのではないか?」
アヒム殿下の言葉に嫌なものを感じたセルバは、アヒム殿下に注意をはらいつつ後ろのダルナンの方へ振り返った。
「!? しまった!」
セルバはその光景を見て悔やむ。
そうだ相手はアヒム殿下だけでは無かった。
彼女も今は。
カーナが刀をダルナンの鼻先に突き付けていた。
「セルバと言ったな? 動くなよ? 動けばどうなるのか判るだろう?」
勝ち誇ったアヒムの声が部屋の中を駆け巡った。
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