旅の前に 11

そこへ、セルバが、力無く座り込むダルナンに近づきその前で膝を付いた。


「ダルナン様、どうか目をお覚まし下さい! 昔はこの様な悪辣な事は嫌っておられたではありませんか! 地道に、しっかりした信念を持ってダルナン様は商売をされて来たのではないのですか!? これはもう商売などではありません! ただの犯罪です! これ以上ダルナンの名を汚すのはお止め下さい!」


少し虚気味な目のダルナンにセルバは言い聞かせる。

自分とダルナンが若い頃の事。夢を信じいつか世界をまたに掛ける大商人になると話していた頃を。


「セルバ! このわしに意見するのか!? くそ! どいつもこいつも!」


ダルナンはそんなセルバの声を聞く気がなく、ただ怒りに任せて握り拳を床に打ち付けているだけだった。

そんな主人を見るセルバの顔は哀れんでいるように見えた。


「さて、カーナ殿といったかな? 計画が壊されてしまったのは仕方がないが、このままわしも簡単に捕まるつもりもないのでな。」


ワルダークはもう抵抗する気が無いのかと思っていたカーナだったが、どうやら悪党は悪党らしく最後まで足掻くつもりらしいと思ったが、戦闘系でもない男爵が一体何をするのか検討もつかなかった。


「もうじき、私の仲間が奴隷となっていた彼女達を安全な場所まで誘導させた後、ここに駆けつけて来るわ。それに我が主、レンティエンス様が王国騎士団を率いて間もなく到着いたします。貴方が逃れる術はもうないわよ?」

「別に、逃げ追うせようとは思ってなどおらんよ。そうだ、殿下お逃げになるならご自由に。私がこやつの相手をしておれば可能かもしれませんぞ?」


「貴様! 馬鹿にしお・?!」


ワルダーク男爵の言葉に馬鹿にされたと思ったアヒム殿下が怒鳴ろうとした時、ワルダーク男爵の体内魔力が放出され、ソファーに座っている二人の男性に注ぎ込まれて行くのをカーナは感じていた。


「ちょ! ワルダーク男爵! そんな急激な魔力放出をしたら生命活動に影響が!」

「ふ、わしが生き残っていると何かと不都合があるのでな、これがその人と思い仕えた代償よ。それにブロスフォードの者に、やられっぱなしというのも癪なのでな、カーナ殿にはここで消えてもらおう。」


その言葉が終わるのを待つように、ワルダークの身体から漏れつづけていた魔力が止まった。

それを見届けたワルダークはその場に、ドスン!と前のめりに倒れ込む。


「ワルダーク男爵の体内魔力が消えかかっている。このままでは死んでしまう!」


カーナは台上にセルバにダルナンを見ておく様に言い伝えると、台を降り倒れているワルダーク男爵へと駆け寄る。


「色々聞き出す必要があるのにこのまま死なれてはレン様に顔向けが出来ない。」


カーナは手を翳し自分の魔力をワルダークに注ぎ込もうとした瞬間、前方から額に向かって何かチリチリとした圧迫感を感じ、咄嗟に後方へ飛びのいた。


ドゴッ!


鈍い音が部屋に響く。

今までカーナがいたその場所の大理石の床が煙を上げながら大きく陥没していた。

それはすり鉢上にえぐられ、大きさも人が一人寝転んだくらいはあった。


「?!」


カーナはその場を凝視しその原因となった物体を観察する。

それは、今までソファーに座り動かなかった二人の男性の内の一人だった。

大柄な体つきに、仮面を被った貴族の様に見えるその男性が、拳を地面に突き立てていたのだ。


「馬鹿力みたいね。でもこいつゴーレム? 違うか床を叩いた拳から血が滲んでいる。生身の人間みたい。まさか?」


カーナは嫌な感じを受け、腰を低くし何も無い左側の腰辺りで両手を構える。

すると、何かを握る形になっている重なる拳の間に魔方陣が輝き出し、刀の柄と鞘が表れ出す。

その間に目の前の男は立ち上がり、カーナに向かって戦闘に入る構えを取った。


「おかしい? 殺気も何も感じない。意識がないの?」


カーナは相手が戦闘体勢に入ったにも関わらず、プレッシャーとか殺気とかいうものを全く感じ無いことに違和感を覚えた。

カーナは観察する。

どんな相手だろうと情報を掴む事は戦闘を有利に進める為に必要だからだ。


「あれは? 魔装具? 腰の辺りに青く光る物が・・・・・・まさか精神を制御する物なの?」


カーナがそれに気付いた時、その魔装具に嵌め込まれた魔石が一段と光を増した。

その瞬間、身構えた男の身体が一瞬でカーナの懐に飛び込み拳を身体に叩き込ませた。


「!!」


が、男の目の前には、叩き込んだはずの拳が空中で止まっていた。

カーナはいつの間にかその男の直ぐ横に移動し、その上で突き出されていた腕に刀の背で叩き込み返り討ちにしていたのだ。

あらぬ方向に曲がる腕。

しかしその男の表情は、仮面で隠れていても判るくらい無表情で自分の曲がった腕を見ていた。


「痛みを感じ無いか?」


「ドン!!!」

「?!! クッ!!」


カーナは突然自分の右側の脇腹辺りをチリチリとした違和感が発生したのに気付き、咄嗟に脇腹を右手の肘でカバーしていた。

その肘に激痛と圧迫感が走る。

カーナは防御した体制のまま数メートル先の部屋の端まで飛ばされていた。


「痛いわね!! 肘の辺りが赤くなったじゃない! こんな醜態、レン様に見せられないじゃない!!」


肘だけを見せられないのを怒っているのかどうかは解らないが、カーナにとっては素手の攻撃を素人みたいな人間に叩き込まれた事が相当ショックだったのだろう。

でも、それは仕方がなかった。

カーナも身体強化まで出していなかった事も要因だが、問題は相手の感情が全く感じられない事だった。

おかげで初動が全く予想出来ない為、予測動作を作れないでいた。


「面倒くさいわね。仕方ない強化して一瞬で終わらそう。」


そう思ったら早かった。

カーナは一瞬で身体中に魔力を巡らせる。

一瞬空気が震えた気がした。

しかしそれを感知していたのか、カーナが動く一瞬前に二人の男が同時にカーナに向かって飛び掛かった。

その動きは常任なら目で追いかけるのも難しい程の速度だったが、カーナにとっては、ゆっくりと動いているようにしか見えなかった。


「ギン!!」


何か金属の鈍い音がしたと思ったら、ドサッと床に倒れる二人の男を最初に構えたままの体制でカーナが見詰めていた。

端から見ていたら何が怒ったのか解らないだろうが、大理石の床の上にはカーナが通ったであろう軌道をそのままに黒く焼け焦げた後として残していた。

倒れた男の首筋には赤く腫れ上がった印が残り、腰の下げていた魔装具の魔石も砕けていた。


「ふう、これで問題なさそうね。セルバさんそちらは大丈夫でし・」

「ふん、まだ気を抜くのは早いぞ?」


「!!!!!!ッ」

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