旅の前に 10

「ふむ、近くでみると一段と美しいではないか。どれ、もっと近くで見させてもらおうか。」


そう言うが早いか、殿下は台の上へと軽やかに飛び上がり、そのままリデリアの直ぐ横に立った。

ビクッと身体を強張らせるリデリアの肩に、殿下の腕が伸び強めに掴むと無理矢理自分の方にリデリアの顔が近づくよう動かす。


「良いなあ、お前。中々良いぞ! やはりフォレスタール王国の女性は、良いなあ。どうも帝国の女は愛想が無いし反応がつまらん。その点この国の女はその反応がいちいちに可愛らしく怯える表情がたまらん。特にお前は良い素材になりそうだ。」


リデリアの顔に自分の顔を近づけ、今にも自分の舌でその怖がる顔を舐め廻そうとする殿下。

それを見て見ぬ振りをする男達。

そして今にもその舌が、リデリアの口に触れようとした瞬間だった。


「殿下、あまり好ましくない行為ですね。これは国際問題になりますよ?」


今までおどおどとした雰囲気しかなかったリデリアから、予想もしない諌める言葉が出た事に、殿下は当然驚き他の男性も一瞬何が起こったのか解らず、時を止めてしまっていた。


「な、なんだ貴様! このスバイメル帝国、第二位帝位継承者であるこの私、アヒム・スバイメルに対して勝手な物言い、無礼にも程があるぞ!!」


最初に言葉を発したのは、アヒム殿下だった。

リデリアから少し距離を置き、警戒しながらも突然の自分を諌める言葉を聞いて我を忘れ激情していた。


この人は馬鹿なのだろうか?

この状況で自分から素性を暴露するなんて、まだ盗賊の方が賢いんじゃあないかしら?

等と思いつつカーナは再度驚くアヒム殿下を睨みつける。


「あら、無礼はそちらではありませんか? 我が国へ赴き、我が国の民を違法に奴隷として連れ去る等、国を背負うかもしれない人のする所業では無いと考えますがいかがです?」

「な! 何物だ貴様! リデリアじゃないのか!?」


次に、喋り出したのはダルナンだった。


「これはどういう事か! セルバ!!」


ダルナンは、リデリアの豹変ぶりに偽物ではと疑いを持ち、そのリデリアを最後まで見ていたセルバ執事長を最初に疑った。

ただ、そのセルバ本人は特に言い返す事もなく、じっとリデリアの後ろに立つだけだった。


「何とか言え! セルバ!!」


何も答えないセルバに怒りを表にするダルナンは立ち上がり台のへと駆け上がる。


「旦那様! もうこれ以上、人として踏み外した人生を歩まれるのはお止し下さい!!」


いきなりのセルバの物言いに、動きを止めるダルナン。


「お前何を言っているんだ? まさか私を裏切るのか!?」

「あら、勘違いしないで下さい。セルバさんには国に巣くう人の皮を被った獣を捕らえる為に私が協力を願いでただけです。」


リデリアは、セルバに近づこうとするダルナンの前に立つと腕を組んで邪魔をする。


「くそ! だいたいお前はなんだ! リデリアなのか?!」

「そういえば自己紹介していませんでした。私、ファルシア姫様直属近衛師団団長レンティエンス・ブロスフォード騎士爵の部下でカーナと申します。」


胸に手を当て軽く頭を下げ礼をするリデリアの姿をしたカーナ。


「な! 何だと! どうしてブロスフォードの息子の手の者がここにいるんだ!?」


そのカーナの存在に一番驚いているのは、小肥りの男でこの屋敷の持ち主である、ワルダーク男爵だった。

ワルダークが驚いている間、頭を下げていたリデリアが頭を上げるとそこには今まで綺麗な黒髪の女性だったのが、紅髪で赤い瞳をした、全く別の女性へと変わっていた。


「「な!?」」


アヒム殿下とダルナンは、目を大きく開き後退りしながら驚いていた。

今まで自分の目の前にいた女は何処へ行った? いや今この目の前えにいる女は一体誰だ?!

二人は驚きのあまり、それを口に出すことすら出来なかった。


「かなり驚いておられますね。これ我が主の魔法の一つで認識変換って言うんですよ。ちなみに本当のリデリアさんと、先ほどまでここにいた女性も全て、セルバさん他の使用人さん達の誘導の元に私の仲間が保護しております。」


カーナの淡々とした説明を、ここにいる男性はただ聞くしかなかった。


「アヒム殿下、今回の奴隷売買について、我がフォレスタール王国は正式にスバイメル帝国に、事実確認の調査を要求いたします。アヒム殿下の、身柄については帝国より正式な回答が無いかぎり我が国にて幽閉させていただきます。」


カーナは驚きのあまり動けなくなっているアヒム殿下の処遇について毅然と申し出る。


「な! 何を言っているんだ! そのような事私が許さん!」


その内容にまたも驚きそのおかげで気を持ち直したのか、また激しい形相で怒り出す。


「許さんと言われましても、奴隷の国外への移動は、盟約通り許可制となっているはずです。これを無許可で国境を超えているとなると、簡単な話ではすまないのは、いかに馬鹿な殿下といえどもお分かりになられると思うのですが?」


「やかましい! おい! ジルデバル卿なんとかしろ!」


アヒム殿下は、見境が無くなったのか、仮面を被り、身内内であろうとこの場では名を伏せ行動していたジルデバルの名を叫び、大柄な男性の突っ掛かっていく。


「・・・・・・・・・・・・」


しかし、その大柄な男性はソファーから立つとこも無く、ただじっと座っているだけでアヒム殿下の叫びに応える事はなかった。


「なんだ?! 何を黙っている! こういう時の為のお前ではないのか?!」

「・・・・・・・・・・・・」

「え、ええい! もうよい!! ゴルード! ゴルード伯爵! お前でも良い。何とかしろ!!」

「・・・・・・・・・・・・」


ジルデバルとゴルードと呼ぶアヒム殿下を無視して、その二人は座ったまま動こうとも喋ろうともしない。


「一体!?」


訳の解らない、アヒム殿下に対して、ワルダーク男爵が声を掛ける。


「殿下、もうお止しになって下さい。貴方が言う、ジルデバルやゴルード等という者はここにはおりません。そこに座るのはわしの護衛でそれ以外の者ではありませんぞ?」


先ほど取り乱していたとは思えないほど冷静に語るワルダーク男爵。

その状況を見て、カーナは渋い顔をしていた。


まいったな。主犯格の二人は偽物か。

そりゃそうかもね。こんな危ないところの当の本人がのこのこ出て来ないわね。


「な、何を言っている? ジルデバル辺境伯は確かに、」

「何を言っているのかはこちらの台詞でございますよ。この奴隷計画は、アヒム殿下が計画を立てられ私目に直接お話を持ち込まれて来たではございませんか。 私と、ダルナン、そしてアヒム殿下の三人の行ったもの。それ以上でもそれ以外でもありません。」


強い口調と強い視線でアヒム殿下に言葉の圧を掛けるワルダーク男爵。

そして、ダルナンもワルダークの言葉に自分は切り捨てられたのだと、思い当たり腰を落とし床に座り込んでしまった。

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