旅の前に 9

「旦那様、」

「セルバか? 皆がお待ちかねだ。早速進めてくれ。」


大部屋の中に設けられた小さな舞台に向いて、ソファーに座る4人の男性。

そのソファーから少し外れた場所に、木製の椅子に座るダルナンが、その背後に立つセルバ執事長に、声を掛ける。

セルバ執事長は、深々と頭を下げると、数歩下がり舞台袖に立つメイドに手を上げ合図を送る。


「それでは、皆様お待たせいたしました。これより今回の奴隷達のお披露目をいたします。」


ダルナンの言葉を合図に、メイドの一人が舞台袖の奥から、手を引っ張る形で一人の女性を舞台の真ん中へと誘導していく。

みすぼらしい布一枚を被り、麻紐を腰辺りで縛るだけの簡素な所謂、奴隷服を着た女性が視線を落とし、おどおどとしながら舞台の真ん中へと送られる。

下着も付けていない、少しでも布がズレれば素のままの身体が見えてしまいそうで、恥ずかしさで顔が真っ赤に染まっていた。


「ほう、少し歳がいっている感はあるが、中々の美人ではあるな。これなら買い手も付きそうだ。」


仮面で顔を隠してはいるが、この中では一番貫禄のある男性貴族が、目の前にいる女性に対してそれなりの評価を口にしていた。


「ダルナン、この順番はそなたが評価したものを下から順に見せているのだな?」

「左様でございます。」

「では、今回は中々の収穫であるようだな。」

「はい、ご期待に沿えるものだと、私も確信しております。」

「そうか、では続きを頼む。」


貫禄のある男性は、満足そうにして、ダルナンに次を促す。

そしてダルナンは小さく頷き、左手を上げセルバに指示を出した。


それからは、次々と奴隷服を着、手枷を嵌められた女性や、まだ成人したばかりなのか、幼さが残る少女達が代わる代わる舞台の上に立たされ、その度に仮面を被り、顔を隠す男たちに、身体の隅々を見られ続けていく。

セルバ執事長は、幾度となく繰り返されて来た光景をただ黙って見続けていた。

そして9番目の女性が舞台から降り、メイドに引かれながら部屋を退出していく。


「ふむ、中々の品ですな。これならオークションに出しても高値で取引できますな。」


小肥りの男性が、このグループのトップであろう人物に話し掛けると、その人物も小さく頷いていた。


「まあ、粒ぞろいなのは確かだがな、この私の目に叶う様な者ではなかったぞ?」


少し、呆れ気味な話し方をするのは、この4人の中でも一番若い男性、アヒム・スバイメル殿下だ。


「最後にもう一人、奴隷を紹介しますので先ずはそれを見ていただいてから総評をいただければと思いますので。」


ダルナンが、少し不満を漏らす殿下に対してもう一人いることを強調する。


「ふ、ダルナンあまり私を失望させるなよ?」

「はい、では最後の奴隷を紹介致します。」


少し勿体振って言い回す、ダルナンの言葉を合図にセルバが最後の奴隷として紹介する女性を台の上に上らせる。


「ほう。」


その女性が登場し台の真ん中へと進むと、今まであまり興味無く見ていた殿下の口から、溜息とは違う声が自然と口に出た。

今までの奴隷と同じ布一枚だけの格好のはずなのだが、その布の隙間から見える要所の部位がそれまでの女性と違い、適度に引き締まり、されど女性としての曲線を作り出す理想的な姿を現していた。

布服と一体となったフードを目深に隠れているのに、何故か美しいだろうと想像させてしまうほどに、その全体の雰囲気が今までとはまるで違っていたのだ。


「ダルナンよ、このフードは演出か? 私の興味を引かせる為にわざとなのか?」


殿下はダルナンを注意するような言い方をしながら、その口は笑みを作っていた。

ダルナンは、今回この最後の奴隷、リデリアをこの殿下への貢ぎ物として提供するよう、ワルダーク男爵より言いつかっていた。

ただ、興味の無い奴隷を貢いでも、ワルダーク男爵側にとっては何のメリットも無い。

殿下が興味を持ち、それを提供する事で、殿下を完全にジルデバル陣営に取り込み、将来の帝国との繋がりをより強固にする思惑があった。


「そこまでは考えておりませんが、楽しみは少し勿体振った方が楽しいのではと思いましての悪あがきでございますればご容赦願います。」

「ふん、まあ良い、ではその画策に乗ってやるから早くその顔を拝ませろ。」


その言葉に殿下以外の三人の男性貴族とダルナンはほくそ笑む。

それを見計らってなのか、手枷をされて手を動かす事が出来ないリデリアに変わり、執事長のセルバがゆっくりとそのフードを持ち上げた。


「ほう!」

「これは中々!」

「うむ、良いではないか。」

「ダルナンが言うだけの事はある。」


4人の男性が一斉に声をあげる。

フードの下から現れた、首下まで伸びたストレートの黒髪に、大きな黒い瞳と、微かにピンク色に染まる小さな口元、肌の色は少し焼けてはいるが、それが変えって女性らしくも引き締まった身体をより強調して健康的な美しさを現していた。

それは間違いなく10人中10人が美女と言い表すだろうと思える女性だった。


「これで、魔工師としての腕も、特1級クラスでありますからな、相当な価値を見出だすことが出来る奴隷でございます。」


ダルナンは、深々と4人の仮面をつけた貴族達に頭を下げると、一番貫禄がある貴族が満足そうに頷いていた。


「この奴隷、これをオークションに出して他の者の所有物になるのは些か面白く無いな。」


殿下が、座っていたソファーから身を乗りだしながら、正面の台に立つ奴隷を注視し呟いているのを他の男共が聞き逃すはずもなかった。


「殿下、かなり気に入られましたかな?」

「う、うむ、思った以上に良いな。私が今所有しているどの奴隷とも違う魅力は確かにあるな。」

「左様ですか。」


恰幅の良い貴族は手を顎にやり少し考えた振りをすると、殿下は何かを期待する目付きへと変わっていった。


「仕方ありませんな。良い奴隷を数多く所有されている殿下がそこまで言われるのも珍しいですからな。ここは我等とスバイメル帝国次期皇帝に一番近い殿下とのより深い絆を築く証として、贈呈させていただきますといたしましょう。」

「ほ!? 本当か!!?」


恰幅の良い、貴族からの突然の申しでに、体裁を忘れて食いつく殿下。


「はい、今後とも私共とは懇意にしていただき、将来この王国の行く末を按じる私共に、力添えを約束していただく代償の一つと考えればお安いものでございます。」


ソファーから立ち、殿下の恭しく頭を下げる男。


「そなたがそこまで言うのであれば、私が断るのもどうかとは思うのでな、貰ってやっておくとしよう。」


なるべく平常を装いながらも、顔が綻んでいるのを完全に消せていない殿下。

それを見て、他の3人の貴族は、やはりこの殿下は御しやすいと考えていた。

殿下は、ソファーを立ち、前の台まで進むと、一段上にいるリデリアを下から覗き込む様に見回し始めた。

それに気付いたリデリアは、内股を萎め、手枷で上手く動かない手で前を隠す。

その動作が逆に殿下の下品な思考に火をつけてしまった。

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