旅の前に 7

魔獣が住むと言われている北の森、その池の畔にワルダーク男爵が管理する木造2階建ての別荘があった。

黒っぽい色の木と白い漆喰で塗られた壁が見事な調和をもたらす特徴的な、派手さはないものの周辺の雰囲気壊さない佇まいの別荘だった。


「ダルナン様、お持ちしておりました。」


別荘の玄関前に止まる、質素な黒い馬車から、白い毛皮のコートに見を包み、指にいくつもの宝石を嵌めたダルナンが降りてきた。


「セルバ、準備はどうだ?」

「はい、滞りなく整いましてございます。」


右手を胸に当て、深くお辞儀をする。


「ふむ、今日はワルダーク男爵様の視察に急遽、4家の貴族様方もお越しになられる事になった。」


表情を変えずにダルナンは、執事長のセルバに言い伝える。

セルバは、深くお辞儀をしたまま、顔をあげる事なく返答する。


「畏まりました。それではメイド達にお客様の人数等の変更を伝え対応致します。

「うむ、頼む。」


執事長に用件を伝えると、執事長の側に控えていたメイドの一人に案内され、ダルナンは屋敷の中に入っていった。


「さて、急な変更は何時もの事だが、貴族様となると大変な事だな。」

「セルバ執事長、準備の方はどの様に致しましょう?」


執事長の横に控えていたメイドが、増えた貴族に対する準備の内容を聞いてきた。

執事長は指を顎に当て考える。


「そうだな、貴族様方の内容はおおよそ検討はつく。ダルナン様も細かい指示はだされておられないから、多分すぐにお帰りになられるだろう。お食事等の用意はしなくてもよいと思うが念のため、準備だけはして置くように頼む。」


「畏まりました。それでどういったお方達がお越しになられるのですか?」

「それは、聞かぬ方が良い。下手に知れば自分の明日が危うくなる可能性もあるからな。」

「そうですか。では私は準備の方に下がらせていただきます。」


メイドは、執事長の言葉から、おおよその検討がついたようで、納得した顔でお辞儀をすると、屋敷の方に入って行った。


執事長は、メイドが屋敷に入るのを確認すると、そのまま屋敷を見つめる。


「長年、ダルナン様にお仕えしてきたが、ここ十年程で商会も大きく変わってしまった。」


独り呟く執事長は大きく溜息をつき自分の足元を見つめた。


「私もそろそろお暇を貰う事を考えた方がいいかな。」


その俯く顔は何かを後悔しているような、悲壮感が漂う顔になっていた。

しかし、次に顔をあげた時には、その悲壮感は無くなっていた。


「さて私も、最後、の確認に行くか。・・・・」


執事長は、何かを思い屋敷の中へと入って行く。

そんな光景を屋敷の屋根の影に隠れながら眺めているカーナがいた。


「あの、執事長さん、何か思うところがあるみたいね。」


カーナは執事長の言葉に何かを感じていた。

それにしても、今カーナがいる場所から執事長がいる玄関前まで優に50メートル以上はあるはずなのに、カーナには執事長達の声を正確に聞きとっていた。


「レン様のお考えになった、この指向性伝播魔法、やっぱり凄いわ。」


この魔法は一定方向を照準に合わせ、その場にいる者の声や音を、最大100メートル位先まで聞き取れる優れもの魔法だった。

リーシェンもそうだが、以前よりレンは色々な魔法を自分なりに新しく作り出していた。

前世の記憶を頼りに、魔法にイメージを乗せ、その発動現象を理論化していたのだ。

これもレンの対応力が魔法への構築に役立っているようだ。

おかげで、カーナやリーシェンは様々な新しい魔法をレンより教わっていた。

もともと体術や剣術に優れているのにレンの眷属となり、その上で新魔法を習得している事で、どんどん人の領域を逸脱していっている事に3人は気づいていなかった。

それに気づくのはもう暫く先の事である。


カーナは、ポーチから一枚の紙を出すと、リーシェンと同様の式神を念を込め作成し飛ばした。


「後は、レン様が動きやすいように準備をしとこう。」


カーナはその場から音も無く姿を消した。


太陽がほぼ真上にある昼過ぎ頃、ワルダーク男爵の別荘の正門をくぐる2台の馬車があった。

2台の馬車は正門より左回りに進み、別荘の玄関前で停車する。

その2台のうち、後方に位置していた馬車に屋敷の使用人が最初に近づく。

使用人は、馬車の扉を開け仰々しくお辞儀をすると、中から光沢のある大きなフード着きの外套を着込んだ男性が二人、姿を現した。

その二人が馬車を降りると、先頭の馬車へと近づき扉の前に並んで立つと深々と頭を下げた。

それを確認したように、屋敷の使用人が馬車の扉を開けると、今並んでお辞儀をする男性二人よりも豪奢な外套に身を包んだ二人の男性が下りてきた。

一連の動作から、この4人の男性の上下関係が解るが、その人物が誰なのか特定することは出来ない。

なぜなら、この4人共仮面を被り、素顔が見えない様にしているからだ。


「お待ちしておりました。」


この4人が揃う所に、ダルナンが現れお辞儀をする。


「うむ、今日は大勢で押し掛けてすまんな。」

「勿体ないお言葉でございます。」


4人のうち一番先頭に立つ人物が、ダルナンと言葉を交わす。


「おい! 私がわざわざ出向いてやったのだ。期待出来る商品なんだろうな?!」 


そんな雰囲気を無視し、先頭の男性を押しのけるように前に出て来た、見るからに若い男性が、ダルナンに向かって不遜の態度で言い付けるが、ダルナンは特に動じること無くさらに頭を下げ対応する。


「は、此度はこの様な奥地までお越しいただき恐悦至極にございます。商品に関して最高の物を取り揃えたと自負しておりますれば、ご期待頂ければと存じ上げます。」


「そうか。なら楽しみにしてやろう。」


横柄な態度をとり続ける男はそう言うと、近くにいるメイドに案内するよう顎で指図する。

そのメイドはダルナンに視線を向け指図を待つ。


「それでは、皆様、控えの間にて先ずはお寛ぎ下さい。今日はグローデン産の極上のワインをご用意いたしておりますので。」


頭を下げながら先程のメイドに屋敷への案内を目線で促すダルナンに、メイドは4人の男性を屋敷の方へ誘導していく。

その四人の男の後を、ダルナンと使用人達が続き屋敷へと入っていった。


――――――――――ー


「それでは、予定通り明後日に商品を発送すると云うことで宜しいでしょうか?」


ダルナンは、控えの間でソファーに座り寛いでいる4人の男性に向かい確認をしていた。


「ん、予定通りで問題ない。そなたは護衛の手配を頼む。」


この4人の中で取り仕切っている男性が、向かいに座る一番小柄な男性に指図すると、その小柄な男性は、ソファーから立ち上がり、一礼する。


「はっ! それでは我が配下の騎士団から精鋭を6名付けさせていただきます。」

「ん、よろしく頼む。」

「それより! ゴルード伯爵! まだ商品の品定めはまだか!?」

「ごほん! 名前は呼ばないようお願いしておりませんでしたかな?」

「あ、ああ、そうだったな。それより商品の方は!」


若い男性が、一人の男の名前をウッカリ喋ってしまったようだ。

その事を諌めるゴルード伯爵は、やれやれといった感じで肩をすぼめ、仕方がないと手を広げて見せる。


「ダルナン、今回は10名の商品のうち、一人、魔法石の加工技術で突出している者が居ると聞いておるが、値段はどれ程とお考えか?」


今まで喋っていなかったソファーに座る細身の男性がダルナンに聞いてきた。


「はい、その者は魔加工技術も今まで送らせていただいた者の中でも最高の魔工師であり、少し幼さが残る顔ではありますが、後数年もすると相当な美貌の持ち主になると思っておりますので、最低でも2000万エルンからのスタートになるかと。」

「ほー、それは凄い。オークションでの状況では相当の高値が付きそうですね。」


細身の男は、仮面の下に見える口元を上げ嬉しそうに話す。


「はい、その他の者も、最低基準は全て到達する逸材ばかりですので、今回のオークションでは相当の金額をお渡し出来るかと。」


ダルナンは、今回の商品にかなり自信を持っていたので、細身の男とその奥に座る、纏め役の男性に告げる。


「ふむ、スバイメル帝国は、魔宝石の加工技術と魔道具、魔装具の開発、生産に秀でた国であるが、その技術者の育成に現在かなり困窮しておる。それは現在の皇帝の指導力不足が原因だが、それを憂いておられる御方がスバイメル帝国の未来の為と我等に助力を求めて来られた。我等はそれに共感し力添え出来ればと考え国内の魔工師を送る事に決めたのだ。」


纏め役の男が自分達の行いの正当性を確認する様に話すと、皆が一応に頷いていた。


「ハハ、そなた達には本当に世話になっておる。これで我の政策が有用性があると重鎮達に認めさせれば、現皇帝の愚かさを認めさせる事が出来る。その為にはもう少しご助力して戴く必要がある。」

「はい、承知しております。しかし、スバイメルでは高い技術力を持つ魔工師を手元に置くことがステータスというのですが、さすがは技術力を誇る帝国ならではですな。」

「当たり前だ。自分の配下にどれだけの魔工師がいるかで、その家の価値が決まると言っていいからな。しかもどうせ手元に置くなら、美しい者の方が良いに決まっておる。」


胸を張り自信満々の若い仮面の男は当たり前だと言いたそうに踏ん反り返っている。


「まあ、それが私どもには、高値に繋がるのですから我等にとっても益が出るので文句もありませんがな。」


そんな話をしていると、一人のメイドがダルナンの元へと静かに近づき、耳元で何やら囁く。


「ふむ、さて皆様、準備が整ったようですので、これより正面の台に一人ずつ紹介致しますので視察の程よろしくお願いします。」


ダルナンの声と共に、4人の仮面の男性は、部屋の置く少し広く間を取ってある場所の一段高くなった舞台の方に視線を集中させた。

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