旅の前に 6

「どうしたら良いの?」


リデリアは、この屋敷にいる使用人によってお風呂に入れられ、身体を洗われ、髪を整えら簡単な口紅をされ見た目を良くされていた。

ただ、見た目と言っても服装は違って、みすぼらしい一枚の大きな布の真ん中に穴を開け頭を通し、身体の前後ろを挟み脇を紐で結んだだけの、所謂奴隷服と云うものを着せられていた。

当然下着はつけていない。

そんな格好で片方の手枷を鎖で壁て繋がれている自分を考えると、地下の部屋に自分以外居ないと判っていても恥ずかしくて落ち着かなかった。


「誰か、助けて。」


誰も居ない部屋、そのどことでも無い所を見つめながら独り言を口ずさむ。


「助けて欲しいですか?」

「え!??!」


薄ぐらい部屋の中、自分以外いるはずも無い部屋の中で、自分の耳元で囁かられた気がして慌てて周りを見るリデリア。


「だ、れ、か、いるの?」


リデリアは、部屋の入り口の方に目をやる。

自分の直ぐ後ろは石作りの壁になっているし、もし人が入って来るなら入口の方からに決まっているからだ。

けれど5メートル四方しか無い部屋にどう見ても自分しか居ないし、入口が開けられた感じも無い。


「空耳?」

「いいえ、空耳ではありませんよ。」

「!!?!!?」


リデリアは反射的に右の後ろ側を振り向く。

その勢いで繋がれた鎖が引っ張られガシャン!と大きな音がなる


「痛っ!!」


鎖が引っ張られ手枷に無理な力が掛かってしまい自分の手首に激痛が走る。

その痛みに目を細めながらも声のした方に視線を送ると、今度はハッキリと人影を確認できた。

その影はリデリアの直ぐ真横、30センチも離れて居ない所に、リデリアの視線に合わせて床に座っていた。


「驚かせてごめんね。認識阻害の魔法を掛けているからね。判りにくかったよね?」


綺麗な女性の声がリデリアの耳に届く。


「だ! 誰!?」

「ああ、ごめんね。敵ではないからね?」

「敵では無い、なんて胡散臭いですね。」

「手厳しいなあ。」


その影は、片手で頭をかきながらノホホンとした雰囲気を醸し出しながら答える。


「当たり前です! こんな状況で敵でないなんて言って、はい、そうですか、なんて言えません。もしかしたらダルナンに何か言われて来たんですか? これ以上私に何をしろっていうんですか!」


正体の解らない人影を怪しむリデリア。


「別に私はどうでも良いんですよ? あなたが奴隷で売られようがね。だってそうでしょう? 確かにダルナン商会の詐欺紛いの契約で奴隷にさせられてしまうのは、可哀相と思わないでもないですけど、それって契約書をちゃんと確かめなかった貴女も悪いんでよ、その辺りは判っていますよね?」


リデリアは今、自分の正面に座る人影に言われた言葉に何も言い返せなかった。


確かにそうなのだ。

この世界、程度の差はあれ、弱肉強食だ。

魔物も居れば、悪魔もいる。人が死ぬ事が生活の中にあって何時も隣り合わせの世界だ。

弱者がそんな中で生きていこうとすれば、大きな力に屈するか、自分が賢くなるか、もしくはそれらに関わらず生きていくしかないのだ。

それを怠った者は滅ぶしかない。

リデリアはそれを怠った。

だから、今の様な状況に陥った。ただそれだけなのだ。


「そうです。私は自分が未熟だった事を判っていませんでした。ちょっと人より魔工師の技術が長けているからと言って、奢っていたんだと思います。ダルナン商会という名前だけで信用して、契約の内容を確認しなかった私が馬鹿だったんです。」


俯き自分を責めるリデリア。


「そうですね。実際その契約内容を確認した他の魔工師の方の中には契約せずに去った方もちゃんとおられたようです。」


それに追い討ちを掛ける人影。


「そうですか。やはりしっかりした人はちゃんと判るんですね。もしやり直せるなら今度は・・・」


視線を下に向け悔しそうに唇を噛むリデリアを見入る人影。


「ふん、本当は今度なんて事はないのですけどね・・・・リデリアさん、やり直したいですか?」


俯くリデリアにその人影は問い掛ける。


「・・・もし、もしやり直せるなら・・・」

「では、我が主に忠誠を誓うと約束してくれますか?」


人影は、にこやかな顔でリデリアに問う。


「それは、私をその主さんの為に馬車馬の様に働けとか、奴隷になれと云う事なんですか?」


視線を上げ人影を睨みつける。


「良いですね。そのくらいの慎重さは大事ですよ。合格です。失敗は乗り越えられれば糧になるのです。これを教訓に次に役立てて下さい。」

「え?その良いんですか?」

「はい、我が主は、あなたのその魔工師の技術を高く買っておられます。その力存分に奮ってくれるのを条件にこの窮地から助けてあげます。それと馬車馬とか奴隷とかは絶対にありませんから。なんでしたら誓約の魔法を交わしても構いませんよ?」


誓約の魔法は、お互いが交わした約束事を違えた場合、その人間に誓約した絶対魔法だ。


「誓約魔法ですか。判りました。私もこれ以上失敗したくないですから、お願い出来ます?」

「はい、その判断で良いですよ。」


そう言って人影は目深に被ったフードを持ち上げ、初めて顔を見せる。

すると今まで希薄だったシルエットがハッキリとリデリアの目に写った。


「あ、綺麗・・・」


リデリアは、今まで話していた、どこか突き放した物言いの感じとのギャップについ言葉を漏らしていた。


「あの~、お名前教えていただいても宜しいいですか?」

「ん~、良いわよ。どうせ誓約魔法を交わす為にはお互いが本名を言う必要があるもの。私はカーナ宜しくね。」


自己紹介しながらウインクするカーナの姿にドキッとしてしまうリデリア。

それだけリデリアにとってカーナは綺麗でそして格好良かった。


私もこんな女性になれるだろうか?


「さて助けてあげる事は決まったんだけど、ちょっと協力してほしい事があるんだ。良いかな?」

「え?」

「どうせなら、こういう悪徳商人やその後ろにいる連中に少しは痛い目にあってもらおうかなってね。」


先程の優しく格好良い笑顔ではない、獲物を狙う獣の様な威圧感のある笑顔を見せるカーナにリデリアは背筋が寒くなるのを感じた。


そして、結局は使われる運命なのかな? 私って。と思うリデリアだった。


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