旅の前に 4

次の朝早く、まだ人の行き来が疎らな時間に、ダルナン商会から数人の男女が幌付きの馬車に乗り込み出て行くのが見えた。

王都の中の北門に向かう大通りではなく、その一つ裏のこの馬車がすれ違うには少し狭さを感じる路地をそれなりの速さで走る馬車。

なるべく人目につかない所を選んで進んでいるようにも感じられた。

幾度か角を曲がりながら結局北門までやって来た馬車が門の前で停止した。

本来なら門を開ける時刻まではあと、半時程必要だったが、何故かその馬車が着いたとたん、大門の横にある馬車が一台やっと通れるくらいの通用門が開いたのだ。

それに通常、門を通る時には一度、守衛が簡単なチェックが入るはずなのに、その馬車に近づく者はおらず何も確認されないまま、門を通っていった。

誰に咎められる事無く、王都を出た馬車は街道を10分程北上していく。

すると左右に別れる分岐が現れ、馬車は迷うことなく左へと進路をとった。

じつは、右の道の方が隣町へと続く街道で普通の旅人であれば当然右へ向かうはずなのだ。

左側へと進むその先は、世界的にも珍しい動植物が多く存在している森であり、ゴルード伯爵が管理していた。

通常森とかは魔素が溜まりやすく魔物が多く生み出されるというのが一般的でこの森の様に魔物が殆ど棲息しないのが不思議とされていた。

そのおかげで、自然種の動植物が独自の進化を手に入れ、今では珍しい同色物の宝庫となっているのだそうだ。

その動植物を守る為、貴族が管理し密猟等が起きないよう立ち入りを禁止している場所のはずだった。


その森を馬車はさらに30分程進んだろうか、馬車の全面にはそこそこ大きめな池が現れその池の畔に続く道を暫く走ると2階建ての白い建物が見えてきた。

馬車はそのまま屋敷の開かれた鉄格子の正門を抜け屋敷前の玄関前で止まる。


「それでは、全員降車して準備に取り掛かってくれ。」


馬車から降りてきたのはグレイヘヤーをオールバックに決めた初老の男性で、数人の使用人と思われる男女に指示を出す。

すると、屋敷から一人の女性がその男性の元へと駆け寄って来た。


「セルバ執事長、御手を煩わせて申し訳ありません。」

「ホアンか、なに、貴族の方々が見に来られるとなれば仕方あるまい。それより奴隷の娘達はどうなのだ?」

「はい、体調を悪くする者はおりませんが、やはり精神的に落ち込む者が多く顔には覇気はありません。」

「それこそ仕方ない。まさか自分たちが詐欺まがいの契約書で奴隷に落ちるなんて思ってもみなかっただろうからな。」


二人は、肩を落とし心痛な面持ちで溜息をもらす。


「仕方無い。我等も大旦那様と契約している以上、逆らえば明日は我が身だからな。せめて彼女達が此処にいる間は手厚く世話してあげるくらいしか我々には出来んよ。」


セルバ執事長はけじめをつける様に、大きく深呼吸する。


「それでは、手筈通り進めてくれ。それから今日はダルナン様を初め、数人の御貴族様もお越しになるからな、粗相の無いよう注意するように。」


初老の男性のその言葉を合図に、皆が頷き直ぐに行動に移った。

馬車から降りた数人の男女は前もって指示されていたのだろう、迷うことなくそれぞれの持ち場に向かっていた。


「さて、私はこの辺りでおいとましますね。」


馬車から降りた女性の使用人のうちの一人が、ボソッと独り言の様に呟いた。


「あれ?今ここに人いませんでした?」

「そうか?居なかったと思うがな?」


女性使用人の言葉に男性使用人が答えた。


「おかしいなあ?確かに人が居たような?」

「そりゃないだろう?俺達男女3人ずつの6人で来ているんだぜ? 今ちょうど6人いるだろ?」


「え?女性4人じゃなかった?」

「い~や、3人だぞ?」

「あれ? そうだっけ? ん~~~そう、かも?」

「おい!そこの!早くそれぞれの仕事に入れ!」

「「はい!セルバさん!!」」


セルバ執事長に怒鳴られ、二人の使用人はおかしな会話を終わりそれぞれの仕事場に向かって行った。


「・・・・・・・ごめんね。」

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