旅の前に 3

フードの人が部屋の中へと入ると、光沢に光る革製のソファーがある部屋の中央まで歩きそこで立ち止まった。

それを部屋の奥の窓を背にした執務用の大きな机に書類の束が山積みにされた隙間から確認した、一人の男が立ち上がり、フードの人の前まで小走りに掛け寄って行った。


「これはワールダク男爵様、よくお越し下さいました」


男はワールダク男爵と言ったフードの男の手をとり大仰に喜んでみせる。


「ふん、相変わらず忙しそうだの? ブクブエール・ダルナン殿」


ワールダクはダルナンに握られた右手とは逆の手で目深に被っていたフードをたくし上げその顔を表に現した。

その顔は鍛えられ引き締まった顔に威厳を示そうとするような丁寧に整えられたヒゲを蓄えた、男だった。


「はは、ありがたきお言葉。これも一重にワールダク男爵様のお力添えの賜物。そしてゴルード伯爵様の支援あっての事。」


大仰に喋る男こそ、このダルナン商会の会頭にして一代で王国はもとより、スバイメル帝国や、近隣諸国まで手広くその組織を拡大させる大商人、ブクブエール・ダルナンだった。

彼は、総シルクの部屋着を羽織り指にはいくつものきらびやかな魔宝石はめていた。その貴族にも劣らない装飾を施した服装だったが、その少しと云うか、かなりと云うか脂肪を巻付けたふくよかな身体がその豪華な服飾を嫌らしいものに見せていた。


「ダルナン、あまり伯爵様の名を出すで無い! どこで聞かれるやもしれんのだ。注意しろ」

「これは失礼。」


ワールダク男爵の注意の言葉に、それほど驚くでもなく、右手を胸の下当たりに付け深くお辞儀をするダルナンの仕種に鼻息一つ鳴らすと、横にあるソファーへと腰を落とした。


「それで、連絡をもらった通り一定の数が揃ったのだな?」


ソファーに座ると間髪入れずに、ダルナンに向かって問い出すワールダク男爵。

それを判っているかのように口の端をあげ嫌らしく笑うダルナン。


「はい、なかなかの技術と将来性と美しさのある魔工師や魔導師を9名ほど奴隷下しております」


話ながら、男爵とは相対する位置に座るダルナン。

しかしその言葉に、男爵は眉間に皺を寄せた。


「まて! ダルナン。予定では9人では無く、10人のはずだが?」

「はい、その10人目も明日奴隷契約を致します。」

「なら良いが、それは確実なのか?」

「ええ、いつもの様に才能あふれる若人に投資すると言う名目で金銭を貸し付けて、その後返済不能状態になります。借り入れ条項に返済不能な場合の奴隷契約がある借り入れ契約書を書かせておりますので、書面上は合法的に奴隷にならざるおえませんですから」

「ならば良い。ただ良く毎回返済不能になるものだな?」


男爵のこの言葉は質問というより、確認の為のものだ。


「そこは、そこですな。蛇の道は蛇、と言いますから。」


双方が静かに笑い合う。


「それとその女魔工師なのですが、技術も突出して才があり、年齢の割には少し幼さも残る可憐という言葉がそのまま当てはまる様な美しい女性で、あちらの方々にも喜ばれると思いますよ」

「ほう、ダルナン殿がそこまで言うのであれば、期待できますな。我々としても先方に喜んでいただかないと今後の計画に差し障りが出ないとも限りませんからな」

「その点はお任せ下さい。今回も色々な人種に亜人、中にはBクラスの冒険者だった者も揃えておりますればきっと満足いただけるオークションになると自負しております」


胸を張り自信満々のダルナンに男爵はそれは上々と気分を良くする。


「しかしあれですな、ダルナン殿がそこまでいうその女魔工師、オークション前に会ってみたいですな」

「それは宜しいのですが、何か?」

「ああ、我々の計画を成功させる為にもう一押しする必要があるからの、その献上品として調度良いかと思ってな」

「なるほど、それでしたら私どもも協力致しましょう。ワールダク男爵様方の計画が成就されれば私どもにとっても大きな利益となりましょうから」

「そうか、では頼む」

「それでは、明日奴隷達を隠しております所にご案内致しますので、今日と同じ時刻にてお待ちしております」


ダルナンは笑みを絶やさず深々とお辞儀をする。

それを見たワールダク男爵は満足げな顔をフードで覆い隠すと、来た方向を戻り部屋を出ていった。

残る、ダルナンはワールダク男爵を送り出さした扉を眺め、一人ほくそ笑む。


「さて、明日は男爵様をお招きする為に、奴隷共も少し小綺麗にしておくか」

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