旅への準備 1

あの後、生きる屍状態になっていた現場に警備隊の騎士達が駆けつけて来て大変だった。

まあ、相手が結構ああやって新人を食い物にするので有名だったらしく、叩きのめして却って感謝されてしまったのはご愛敬でしょう。

取り敢えずあの状態で死人が出なかったのは奇跡に近いと警備隊の人に呆れられていたのは僕も同感だった。

その後は周辺の片付けを手伝って、破損家屋や公共物の弁償金を支払う書面を交わし、その場は収めてようやく帰ることが出来たのだった。


「「レン様、本当に申し訳ありません」」


僕は今ブロスフォードの邸宅に戻り、明日エルフの里に向けて出発する準備をしていた。

その横で同じように準備をしていたはずのリーシェンとカーナが謝ってきた。


「別にもういいよ。確かにちょっと? ばかりやり過ぎた感じはあるけど、それも僕を思っての事でしょ? 嬉しくはあっても怒ることはないから。でも反省はしてね。君達が本気で暴れると住宅街の一つぐらい直ぐに廃墟になってしまうんだからね?」


「「はい! 猛烈に反省します!」」


そう言って、二人は勢いよく深々とお辞儀をしてきた。

そうすると調度、二人より背の低い僕の目線くらいに二人の頭が突き出される様にあったので、ついポンポンと二人の頭を軽く撫でてしまった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」


その格好のまま固まってしまって動かなくなったぞ?


「だ。大丈夫? リーシェン、カーナ?」

「だ、だ! だい、ひょう、びゅでしゅ!!」


リーシェンの上擦った声が響き僕がそちらに視線を送った瞬間。

カーナはそのお辞儀をしたまま勢いよく部屋の扉まで後退して、そのまま出て行ってしまった。


「きゃ、キャーニャしゃん! ひ、一人にしにゃいで!!」

「どうしたの? 具合でも悪いの? 何か耳赤くない? 熱でもあるの?」


訳が分からず心配になった僕は、取り敢えず目の前に残ったリーシェンの両肩を掴んで顔を起こすと、熱が無いか額に掌を合わせてみた。


「!!!!!!」

「う~ん、ちょっと熱っぽいかな? 良く判らないからこれでどうだ?」


僕が熱を出した時に良く母様が自分の額を僕の額に合わせて熱を見てくれていたなと思い出したので、リーシェンに実践してみた」


「ひゃ! ひゃわ!?!」

「え?!」


僕が額を合わせた瞬間、リーシェンが変な声を出して気を失ったのか僕にもたれ掛かってきた。

咄嗟に体を支えると、体中が熱くなっているのに気付いて、そのままリーシェンを抱え上げると、僕のベッドに運んで寝かせてあげた。

取り敢えず、風邪みたいだから他のメイドに伝えて楽な格好にしてあげるように言っとかなきゃね。

それとメイドを呼ぶついでに、母様とお妃様が今、ブロスフォード家の一室でシアと色々話し合っているのでそっちにも顔を出しておくか。

準備はその後にしよう。

そう思って僕は部屋からリーシェンを寝かせたまま出ていく事にした。



一方、逃げたカーナは。



脱兎の如く逃げたカーナだったが、一人リーシェンを残したのが気にかかり扉の隙間から中をこっそりと覗いていた。


レン様、不意打ちは駄目ですよ! なんの構えもしない時に頭なんか撫でられたら心臓が止まってしまいます!


そう、二人はレンに昔からよく手を繋いだり、抱っこしたりと赤子の時からお世話をしてきたのでそういう場面は日常茶飯事的に起こっていたのだが、レンが大きくなり5歳を過ぎた辺りから意識し始めてしまい、何かスキンシップが発生しそうな場合、心の準備をし精神統一を行って準備万端で挑むようになっていたのだ。


なので、ああいう不意打ち気味の場合対処出来なくなってしまうようだ。


と、とにかく私は自然に逃げられたけど、リーシェン先輩を残してしまったのは申し訳ないので、どうにかこの天国の世界から救ってあげないと。


そう思って扉からこっそりと中の様子を伺っていたのだが。


い!?? な?! リーシェン先輩ずるい!!


つい声に出してしまいそうになるのを無理矢理押し止めたカーナ。

カーナからはリーシェンの後ろ姿しか見えず、レンはリーシェンに重なってよく見えてない状況だったので、レンとリーシェンが急接近して顔を重ねている様に見えたのだ。


キ! キス!? な! なんで先輩ばっかり! あ! もしかして悪漢からレン様を守ったご褒美?!


頭を抱え身悶えするカーナ。


しまったあ!! 逃げなかったら私もして貰えたの?! 痛恨のミス!


扉の影で自分の頭をポカポカ殴り続け、自分の浅はかな行動を呪うカーナ。

しかし、これだけ扉一枚挟んだだけの状態でこれだけ騒がしくしているようでレンに気付かせないカーナの隠密技術は物凄い技術なんだろうな。

使い道が変だけど。


くそー、こうなったらリーシェン先輩には少しお仕置きをする必要がありそうですね。フフフフフ。


そう心に決めて闘志を燃やしていると、いつのまにかリーシェンをベッドに寝かせたレンがカーナの隠れる扉へと向かって行くのが見えた。


!まずい!ここは一時退却!


心の中で叫んだカーナは屋敷の奥へと消えていったのだった。


「シア様、どうでした?」


システィーヌがバルコニーに設けられた白いテーブルを一緒に囲んでいるシアに向けて聞いていた。


「はい、とっても新鮮でした。それに結界魔装具もうまく機能しているせいか、極く身近にいるレン様やリーシェンさん、カーナさん以外感情が流れ込むような事はありませんでした」


「そうですか。それは上々です。最終的にはエルフの里で修業してもらって。加護の力を制御出来れば今の様な状態を魔装具無しでいけるのではないでしょうか?」


「はい! 頑張ります!」


シアの言葉に意気込みを感じる。

シアもずっと思いつづけていたのだ。レンが7歳になり加護を受け貴族として大人の仲間入りをする日を。

自分の加護は人の心を容赦なく暴いてしまうもの。それは一国を治める王家と考えればこれ程、有用性のある加護等他には無かった。

つまりそれは、シア本人の意思に関わらず政治に利用されると云う事。

でも、それは王家の人間の宿命でありそれ自体はシアも覚悟は出来るはずだった。

しかし、その余りにも強力な、神の名を持つ加護は、シアに制御させる事無く一日中頭の中に入っ来て、その度に人の醜さを知らされるのだ。


(そういえばレン様が言っていたわ。神の名を持つ加護の共通する力を。それは、常時発動だって。)


レンは神の加護について小さい時から色々と考えていた。

確かに強力な力というのはわかるが、それならば、神の名が付かない加護でも物凄く強い人は結構いる。その代表がリーシェンやカーナだ。

彼女達は神の名は無い。けど鍛練と工夫で大きな力を手に入れている。まあ元々センスの固まり見たいな二人だからここまで強くなれるんだろうけど。

その上で僕の眷属になって神域に踏み込んでいるらしいので、母様とも対等に修練ができるのだろう。

では、神の名は何が違うのか?

そう思ったレンは母様やシアの事などを色々と調べ、その結果をある程度こうではないか?くらいには結論を出していた。

それは、常時発動。

特に顕著だったのが、母、システィーヌの話を聞いてからだ。彼女はレンと同じ歳に加護を受諾している。その時から彼女の生活は一変した。

自分の意識とは関係なく勝手に加護力を使ってしまうのだ。

使うというのも語弊がある。何しろ使っている意識がないのだ。それなのに使ってしまう。つまり動作が早すぎる、周りの動きが遅すぎるという減少が普段の生活の中で起こってしまったのだ。

つまり、常時無意識に発動しているものが、神の名だということ。

それはシアの場合、かなり精神を蝕まれる危険な状態になるということだ。

ただ救いだったのは、ブロスフォード家では加護が発動していても逆に温かな気持ちにさせてくれる事だった。それは精神安定剤であり、レンはシアにとって心の支えであり病んだ心を癒すかけがえのない存在になっていた。


(今度は私がレン様の役に立つ番。必ず加護の力を制御出来るようにしてこれから二人でこの国を育てていくパートナーになってみせる。 あ!四人だった。後でカーナさんに怒られそう。でもちゃんと私がレン様の役にたつと確信出来たら、もうちょっと甘えさせてもらおうかな? いえ、キ、キ、キ、キスとかおねだりしてもいいかも、キャーーー! でも、でも、こ、婚約者ならと、と、当然よね、そ、そうよ! 婚前とはいえ、キ、キ、キスの一つや二つ!)


少し思案に更けるシアに、言葉を掛けようと思うシスティーヌと妃だったが、その表情を見てもう少し眺めていようと互いに視線で確認しあい、コロコロと変わるシアの百面相を楽しむ事にしたのだった。


「コンコン」


「どうぞ」


そんな中扉をノックする音に反応してシスティーヌが了承の言葉を送った。


「お妃様、母様、失礼致します」


僕は、母様達がいる部屋の前に立ってノックをする。

すると間髪入れずに母様の声がした。

さすが僕の気配を感じたんだろう。もう少し修練積まないと母様には勝てないな。


「ガチャ」

「失礼致します。お妃様、母さま?」


僕が部屋に入ると、人差し指を口の前で立てて、シーっと言っているような動作をする二人が目に入った。


「どうしました? シア?」


不思議に思っているとお二人が指を指し示しているので、そちらに目線を移すとシアがなんか変な笑みを表情に浮かべて身悶えしていた。

それを訝しく見ている僕に今度はお二人が手招きするのでそちらに移動すると、そのシアの前に立たされていた。


「シア、レン君が来られましたよ?」


お妃様が少し強めの口調でシアに声を掛けると、今まで両手で自分の頬を宛がいながらクネクネと体をよじっていたのが、一瞬で止まりシアの視線が僕のことを捕らえる。


「バッチーーーーン!!」


な!?何が起こった!?

一瞬。僕の思考は止まっていたと思おうが、それが徐々に覚醒して行くにつれ、頬に熱っぽい痛みをジンジンと感じだしていた。そして少し目線を戻した所にはシアが顔を真っ赤にし涙目になりながら右手を降りきっているような体勢で固まっていた。

そして、何故か後ろの方では母様達が涙流して笑い転げていた。

取り敢えず訳がわからない僕はシアにゴメンと謝りながら、母様達をキッと睨んでおいた。


よく解らないけど、母様のまた悪戯だろうと決定して後でお説教することに決めた。

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