貴族の陰謀 1
「くそ、忌ま忌ましい女だ。」
加護の啓示を祝う王家主催の晩餐会が終わり、高級な調度品で飾られたサロンがある屋敷に幾人かの貴族達が集まっていた。
彼らは、ジルデバル辺境伯を筆頭に、フォルスタール王国に改革派として何かと王家に反発する一派だった。
「あの、システィーヌ夫人、ちょっと王家に可愛がられていると思ってちょっと生意気ですな」
「まったくだ。ただその息子が思った程でなくて助かったわい。」
「左様ですな。これでシスティーヌ嬢同様の名持ちにでもなっていたら手がつけられないところでした」
この男達の話題は、目の上のたんこぶであるブロスフォード家のシスティーヌの事がいつも話題になっていた。
「それで、ファルシア姫の噂は順調に浸透しておるのだな?」
「はい、そちらは間違いなく。あの人の心を暴く悪魔の様な加護について、良からぬ噂を徐々に流している効果がかなり出始めております。」
「うむ。それは隣国やオーディーン教国にも伝わっておろうな?」
「はい、従者に調べさせた結果、かなりファルシア姫に対する恐れや嫌悪感が浸透しておるようです。」
今この部屋には三人の男が各々豪華なソファーに寝そべり、葡萄酒の注がれたグラスを片手に持ち、もう片方の手には自分達に纏わり付くようにしている高級娼婦を抱き抱えながら下卑た笑いを口にだしていた。
一人はジルデバル辺境伯、一人はゴルード伯爵、そしてもう一人はクデブーラ財務長官だ。
ジルデバル辺境伯は、反王家の筆頭。
王国一の豊かな領地を手中に治め、王家よりも資産は多いと噂される豊富な資金源を生かし、武力の強化、国家中枢への介入をじわりじわりと拡大させている大物貴族だ。
そのジルデバル辺境伯の片腕で参謀的な存在がゴルード伯爵である。
細身で身長も高く顔立ちも端正のとれた美形なのだが、陰湿な雰囲気が目端や口元に出ているせいか、近寄りがたい感じを出していた。
そしてもう一人がクデブーラ財務長官だ。
この三人の中で一番年齢が上で、現在88才。
国政に携わる者の中でも最高齢であり、重鎮的存在であり、財務の最高職に就く人物である。
顎に蓄えられた白髭に、細い目は柔和な印象が残る白髪の老人。
しかし、どこか異様な重圧というか、永く生きてきた人の独特の雰囲気を纏っているようで近寄りがたい存在に見えた。
「ジルデバル辺境伯のおかげで、国の財務も潤っております事お礼申し上げますぞ」
クデブーラは、細い目をよりいっそう細めながらジルデバルに感謝の言葉をのべている。
「国、では無く、クデブーラ長官の懐具合であろう?」
「いやいや、国の財政基盤は実質、ジルデバル辺境伯様の税収や納物で賄っていると言っても過言ではありませんぞ」
「そうですな。今、ジルデバル辺境伯に盾突こう等と考える者等おりますまい」
ゴルード伯爵も、クデブーラ長官の言葉に乗っかる形でジルデバル伯を讃え始めた。
「後は、王家をどう追い落とすかですな。その為の姫の加護を利用した計画は今のところ問題なく進んでおりますれば、ジルデバル辺境伯様の時代もじきに訪れるのは間違い無い事。」
「そうじゃの。ただあの姫の加護には驚いたわ。まさか人の心を読む加護とわの」
「左様、我等にとって姫の加護は最悪じゃったが、ジルデバル辺境伯様の情報操作のおかげで、姫は引きこもり世に出ようとはしなくなった。おかげで動きやすかったですぞ」
ゴルード伯爵がは小さくお辞儀をしてジルデバルに感謝の姿勢をとる。
「ただ、こ度の祝賀会にあの姫が出席されると聞いて慌てましたな」
「我等も前もって聞かされておったから、魔術防壁を組んだ魔道具を揃える事が出来き、心を見透かされずにすんだが、肝が冷えた思いじゃった」
ジルデバル辺境伯はさほど気にする様子はなく語る。
「どの道、我等の計画を進める為には姫のあの加護は厄介窮まりない事には変わりないからの、計画通りそろそろこの世から消えてもらう必要がありそうじゃの」
三人は口の端を吊り上げ低く笑い合う。
「しかしじゃ、今日のブロスフォードの剣姫と王家の話し合いは注意せねばならぬが、何か判った事はあるのか?」
ジルデバル辺境伯は、ゴルード伯爵に尋ねる。
「はい、内容については皆目見当もつきませんでした。 給仕に見せかけた密偵を忍ばせようとしたのですが、あの二人のメイドに気付かれまして、失敗したそうです。」
特に悪びれもせず答えるゴルード伯爵。
「その様子では、特に足の残る様なまねはしておらんようじゃが気をつけろ。」
「はい、その辺はお任せ下さい。ただあの戦闘メイドは何者です? 私の自慢の密偵がいとも簡単に見破られてしまいましたが」
「あれは、ブロスフォードの子飼いの者じゃ。わしも手に入れようと画策するが取っ掛かりさえなくての、どうもあのシスティーヌ嬢の息子の専属らしいわ」
「おお、あの男か女か判別がつかん様な者ですな?」
「左様、あの鬼と恐れられるシスティーヌ嬢も子供には甘かったようじゃて。あの様な化け物じみたメイドを二人も専属につけるとは、何を考えているやら」
両手を横に拡げ、首を横に振りながら大きな溜息をつくジルデバル辺境伯だった。
「ともかくじゃ、話の内容は掴めんかったが、これ以上動くのは控えた方が良いようじゃの」
ジルデバル辺境伯の言葉に二人は頷く。
「それでは、兼ねてよりの計画の方を進めるという事でよろしいですかな?」
「ゴルード伯爵、宜しく頼むぞ。クデブーラ長官にはボルドール侯爵一派の出方の監視を願えますかな」
「お任せ下さい、ジルデバル様」
三人は、計画が成功するよう願いを込めるように、葡萄酒の入るグラスを高らかと上げた。
一方、そのボルドール侯爵の館にも、幾人かの貴族達が集まって会合を開いていた。
「ボルドール侯爵様、ジルデバル辺境伯が動く気配があるとの報告が上がっております。」
30才台くらいのまだ若い貴族の一人がテーブルの上座に座るボルドール侯爵に向けて、直立の姿勢で報告をしていた。
「ようやく動きよるか。時間が掛かったの? わしはもう王座を狙うのは諦めたのかと思っとったわ。ガッハッハ!!」
大仰に高笑いをするボルドール侯爵に周囲の貴族達も吊られて笑い出す。
「本当に、ジルデバル辺境伯の慎重過ぎる性格にはほとほと困ったものでありますな」
先ほどとは違う若い貴族が呼応し、ジルデバルの事を小馬鹿にする。
この二人もそうだが、体つきが大きく服の上からでも解るほどに胸板が厚く、それだけで体を鍛えている事が解る。
その筆頭が上座に座る、ボルドール侯爵だ。
彼らは、軍事に携わる職務につく武闘派であり、ジルデバル辺境伯と権力を争う最大派閥であった。
「まずは、ジルデバルのお手並み拝見としよう。我等は当分高みの見物と洒落こもうではないか」
「さすがは、ボルドール侯爵様、辺境の山猿共とは格が違いますな」
「当たり前だ! わがボルドール家はフォレスタール王国に仕える最古の貴族ぞ。この国を影から支えて来たのはわしらだ! 新参者のジルデバルと比べる方が間違っておるよ。」
そう語るボルドール侯爵の顔は冷静だが、武人特有の覇気を周囲に放ち威圧していた。
「ジルデバル一派には当分好き勝手にさせておく。我等は王に味方するふりをしながら成り行きを見極める。そして上手くジルデバルが王を退かせたら、国敵として我等が討伐する!」
「ハッ!!」
ボルドールの勢いある言葉に吊られ周囲の若い貴族達は一斉に立ち上がると、ボルドール侯爵に向け最敬礼をした。
それぞれの思惑が動き出す夜であった。
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