社交界 6

「大丈夫?ですか?」

「あぅう~・・・」


自分の名前を噛んでしまってよっぽど恥ずかしかったんだろうな。

僕でも、こんな公の場で、自分の名前を噛んではっきり言えなかったら恥ずかしいよ。

しかもファルシア姫様は、加護の事もあって人とあまり関わらないように暮らして来られたらしいから、余計に恥ずかしいだろう。


「レン様、ここは何処か別の場所に移られた方が宜しいかと。」


リーシェンが僕の耳元で他の人には聞こえない程度の小さな声で、促してくれる。


「うん、判った。ありがとう、リーシェン」

「い、いえ。出過ぎた真似をいたしました」


顔を赤らめるリーシェン。そんな事で赤くならないで欲しいけど、ここはスルーしよう。


「ファルシア姫様、もし宜しければ、あちらのバルコニーの方にでも出てみませんか?」


僕はなるべく自然に、誘ってみる。

あまりぎこちないと姫様が警戒しそうだからね。


「まあ、レン君ったら、紳士ですね。良かったじゃないファルシア。念願のレン君とお話しができそうよ?」

「!!!・・・・・・」


うわ!さらに赤くなったぞ? それに念願って、まるで前から僕と話がしたかったみたいに、ってそうかそれが目的だったと母様が言っていたな。


「ファルシア姫様、宜しいでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」


ファルシア姫は、無言のまま小さく何度もコクコクと頷く。

僕は、エスコートしようと立ち上がり右手を差し出す。

ファルシア姫は、僕の手を見つめゆっくりと自分の手を差し出そうとしたが、途中でその手は止まり、引っ込めてしまった。

あぁ、これは僕が迂闊だった。


「レン君ごめんね。別にファルシアは悪気があるわけじゃないのよ。今でもこうしているだけで色々な人の感情を受けているの。ただそれを防ぐ為に修業も積んで来たのだし、それに魔装具による結界を最近ようやく手に入って使い始めたのだけど、それでも直接身体同士が触れるとそれとは関係なく感情が流れ込んでしまうらしいの。それを恐れているのよ」


多分、そうじゃないかとは、先程のファルシア姫様の行動で何となく判った。


「すみません、姫様。私の不注意で不快な思いをさせました」

「いえ! レンティエンス様は悪くありませんから!」


さっきまでのもどかしそうな言葉使いとは、違ってはっきりと言うファルシア姫様。


「ありがとうございます。では僕が先に歩きますので付いて来て下さいますか?」

「はい!」

「母様、いいですか?」

「ああ、二人で行っといで。私はお妃様とちょっと話をしてるからね。カーナ、リーシェン、二人の護衛を頼んだわよ」


「「了解いたしました。」」


「ファルシア! 頑張んなさい。周辺は近衛が警護しているから安心して行ってらっしゃい」


お妃様の激励にファルシア姫様は、あぅう~とか言いながらまた顔を赤くしている。

話をするだけなのだけど、頑張れと言うほど、姫様にはハードルが高いのだろうか?


取り合えず、周辺の貴族達が、ファルシア姫の方に注視してるのは判るし、こんな場所ではファルシア姫様も精神的にまいってしまうだろうから、この場を離れよう。

僕は、ファルシア姫様に目で、行きましょうかと合図を送ってから、バルコニーのある方へと歩き出す。

その僕の後ろを、ファルシア姫が続き、その後ろにカーナとリーシェンが続いた。

その後ろにも数人の姫様付きのメイドさんが続いた。護衛のメイドではなさそうだ。

僕は、ベランダへ出る金属製の枠にガラス板が嵌め込まれた扉をくぐり、ファルシア姫様もそれに続く。

すると、会場に残る貴族達から、安堵のため息が聞こえ、ヒソヒソと話出しはじめた。

ファルシア姫様がこの場から居なくなっただけでこれだけの反応をするのか。

僕は歩きながら、後ろを少し振り返る。

ファルシア姫様は相変わらず伏し目がちに歩いているけど、その表情には諦めた様な顔をされていた。


思った以上に、姫様を皆が警戒しているのが分かった。


「ファルシア姫様、この当たりでお話ししましょうか?」


そう言って、僕はバルコニーの一角に置いてあった、屋外用のテーブルと椅子の方にファルシア姫様をさそった。

もちろん、ファルシア姫様が座る方の椅子には、僕のハンカチを取り出して敷いておく。

ファルシア姫様は、宜しいのですかと言っている様に小首を傾げ僕を見つめて来たので、笑顔で返答する。

それにファルシア姫様も笑顔で返してくれて、椅子へと向かった。

あれ?お付きのメイドさん達、なんで動かないの?

普通、主人が椅子に座ろうとする時、仕える者は椅子を引き、座り易い様に補助するものだけど、彼女達は後ろに控えるだけでいっこうに動こうとしない。

しかも、ファルシア姫も当たり前の様に、自分で椅子を引こうとしている。

仮にも一国の姫様が自分で椅子を動かすなんて普通はありえないのだ。

僕は、慌ててファルシア姫様の後ろに回り込み、椅子を引こうとしたが、その前にカーナがスーっと後ろに付き、姫様が座る椅子を引いてくれた。


ナイス!! カーナ!! 今度カーナに何かプレゼントしてあげよう。


僕が心の中で感謝すると、何故かカーナが僕の方を見て顔を赤くしている。

まさかカーナも心が読めるのか? 不思議だ。


カーナがエスコートした事に、ファルシア姫様は一瞬驚いた顔をしていた。


「ありがとう。」


姫様は椅子に越しかけると、本当に嬉しそうにカーナに感謝の言葉を掛けていた。

これには、さすがのカーナもびっくりしたのか、恐縮しながらリーシェンのいるところまで後退した。


「レンティエンス様もお掛け下さい」


姫様から、同席のお許しをいただいたので、向かいの席に座る。

もちろん、リーシェンがエスコートしてくれている。


それから、姫様お付きのメイド達によって、お菓子とお茶がテキパキと用意さる。

その間、僕と姫様はテーブルに置かれていくお菓子やお茶のポットを眺めるだけでどちらも話さなかった。

と云うより、姫様の緊張感がこちらにも波及してきて、僕まで物凄く緊張してしまったからだ。


「あ、あのー、ファルシア姫様、お聞きしても宜しいでしょうか?」


この緊張状態から脱出する為に。僕は思いきって言葉を発する事にした。


「は! はい!! 何でしょうか! 何なりとお聞き下さい!!」


いや、そんなに身構えなくても大丈夫ですから。


「先ほど、お妃様が言っておられたと思うのですけど、私の事を前からご存知だったのですか?」

「え?・・・・・・・・・・」


何故か沈黙が続く。

姫様は、さっきまでの恥ずかしさとかそんなんじゃない、何か別の事で動揺している様に思えた。


「あのう、ですね? そのですね・・・」


うん、やっぱり僕を知っていたと云うより会った事があったみたいだ?

でも、僕には全然覚えがない、やはり赤ん坊の頃か?


「どこかでお会いしているのですね? それは僕がまだ赤ん坊の頃なのでしょうか? お聞きしては、駄目でしょうか?」


僕が身長差で仕方ないのだけど、下から上目線で姫様にお願いしてみた。


『レン様! その自然な自分の意図していない、可愛さアピールは卑怯です!』


何か、リーシェンが小声で叫んだ気がしたけど、構わず姫様にこの状態で押してみる。


「そ、そんな事はないです! はい! 私はレンティエンス様がお生まれになった時から知っております!」


ふむ、赤ん坊の時に会っているのか。

それじゃあ判らないわけだ。


「その後も度々、ブロスフォード家を訪れましてレンティエンス様の事を見ておりました。」


へー、僕が赤ん坊の頃は結構来ておられたんだ。

僕の記憶が無いところを考えると、2才くらいまでは来ていただいていたのかな?


「ファルシア姫様、この数年は修業の期間を除けば、我が家には来てはおられないように思うのですがどうかされたのですか?」


「え? 最近もレンティエンス様のお家に遊びにこさせていただいてますよ?」


フム、フム。最近も来られてたんだ。

じゃあ、結構顔見知りだったんだ。


・・・・・・・・・・・・・


「って! ちょっと姫様!?」

「え? はい?」

「最近っていつの話です?!」

「え?最近って・・・あ?! いや!あの! さ、最近っていうのはですね、そのです、あれです!」

「どれです?」

「あぅう~」


僕は、姫様にゆっくりとお話しを聞くことにいたしました。


「リーシェン! カーナ!」

「「ハ、ハイ!!」」

「君達にも色々聞かせて貰うからね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


やっぱり知っていましたか。

僕は、姫様と、姫様の後ろに二人を立たせて、もう一度ゆっくりと思いで話を聞くことにした。

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