ファルシア王女 1
「あの~、何処からお話しすれば宜しいでしょうか?」
姫様が、物凄く可愛らしい笑顔を作って聞いてくるので、僕は厳しい顔で答えてあげた。
「生まれてから、今日までの事です」
「は! はい!」
姫様は、座ったまま、リーシェンとカーナは立ったまま背筋を伸ばし、軍隊で懲罰を受ける兵士みたいに緊張した面持ちで話し出してくれた。
その内容はこうだった。
僕が生まれて、母様の幼なじみだったお妃様が、当時2才のファルシア姫様がお祝いに駆けつけてくれたそうだ。
その時に、ファルシア姫様が赤ん坊の僕を見て、あまりの可愛らしさに一目惚れしたそうだ。
姫様がそう言っているのだから仕方ないじゃないか。
で、その後も月に一度はファルシア姫様は僕に会いに来てくれていた。
さすがに1、2才の頃は覚えて無いのは当たり前なんだけど、その後が問題だった。
神の加護を知る数年前から、もう人の心の中の感情が感じられるようになっていたそうだ。
その為、貴族や友達だったと思っていた者の本心を知る事になり、その表と裏のあまりにも違い過ぎる思惑に気がめいり、次第に公の場に出なくなり、人と関わることを恐れ始めていた。
それでも、身内や、いつも一緒にいる気心のしれた侍従やメイド達とかは特に問題なく接していたらしい。
多分まだ力が完全に解放されていなく、変に身構える必要のない人の深層意識までは感じる事が出来なかったんだと思う。
それでも、不安は積み重なっていく。
だから不安から逃れる為に僕の顔を見たかったらしい。
夜な夜な、僕が眠ってからこっそりベッドの横にいてずっと眺めていたり、手を握っていたりしていたそうだ。
姫様曰く、無防備な僕の心は凄く綺麗で、凄く安心できたらしい。
だけど、僕が大きくなるにつれて心の感情が育ち、人の悪い面が増え出す事を凄く不安に思っていたという事だ。
だからその変化を見逃さない様にと、毎週夜、お忍びで来ていたそうだ。
当然、僕が眠ってからだ。
「つまり、姫様は、僕の寝ている時に来て、僕の側に居たと?」
「はい」
「手を握ったり」
「はい」
「寝顔を覗き込んだり」
「はい」
はあ、僕はそんな事をされていて、7年間も気付かなかったのか?
「僕って寝たら周囲の異変に気付かないのかな?」
「そんな事はありませんよ? 1年前に、盗賊の侵入を許した事が一度あった時、寝ておられたレン様もちゃんと反応されて対処されましたでしょ?」
ああ、確かにそんな事があったな。
その盗賊は、リーシェンやカーナにボッコボコにされた後、母様に地獄へ連れていかれたんだっけ?
「じゃあ、何故、姫様には気付かなかったんだ?」
「レン様が気を許している人、もしくは赤子の時から寝ている時に一緒にいる存在として認識しているので反応しないのではと、思いますが」
カーナがそんな事言ってくる。
まあ、そう考えれば納得は出来るけど、それが本当なら僕が寝ている間、心を許している人には何されても気付かないなんて事になってないだろうな?
ん? 待てよ?
「カーナ、姫様が家に来ている事は知っていたんだ?」
「はい、私以外は、奥様とリーシェン先輩が、知っていますよ。さすがにお部屋にお二人だけには出来ませんでしたから、私どもが交互に詰めておりました」
「そうなんだ。じゃあ姫様と二人きりになった事はないんだ」
「いえ、初めの頃はお二人だけに差し上げていた事もありましたが、2年前に姫様が裸になって、レン様のベッドに潜り込まれていた事がありましたので、さすがにお二人だけには出来ないと、奥様が言われてからはそうでしたね」
「ファルシア姫様!」
「は!はい!!」
「何を、しようとしていたんですか?」
「えーっと、何をとおっしゃいますと?」
「裸になって何をされるつもりだったんですか?」
僕は少し怒ったふりして問い詰めてみた。
さすがにこれは貞操の危機でもあったのだから仕方ないでしょ。
「そのですね、ちょうどその時に神の加護の名を受けた時だったんです。それ以降より人の考えや感情が、私の意思に関係無く見えてしまうようになって、精神的にかなり追い詰められていました」
その時の事を思い出しているのか、朝手の方向に顔を向けて話せれ続けられた。
「そして、今まで特に問題なかった侍従やメイド達の心の奥底の声が聞こえ、それは私に対する妬みや嫉妬など今までは感じなかった感情があることが判ったんです。そしたら、私の大好きなレンティエンス様はどうなの? と凄く不安になったんです」
「うん、そこまでは判るんだけど・・・」
「はい、それでレンティエンス様の心の奥底にも負の感情があるのではないかと不安になった私は、直ぐにレンティエンス様と手をとり、確認したんです。でも以前と何も変わりませんでした。私は安心すると共に、本当にそうなのか? もしかして手だけの接触ではレンティエンス様の心の奥底は判らないのでは、とも考えてしまい、なら密着する部分が多ければさらに深層の奥底を感じるのでは? 裸ならもっと判るのではないかと単純に思って、つい、本能の赴くままに・・・・ごめんなさい!!」
テーブルにぶつかりそうな程、頭を勢いよく下げるファルシア姫様。
精神的に追い込まれて思わずとった行動ということなのかな?
「リーシェン、カーナ、それ以降はそういう事は無かったんだよね?」
「その時は、姫様の帰られる時刻を過ぎてもレン様の部屋から出られないので、覗いて見ましたら、お二人とも裸で寄り添って気持ち良さそうに寝ておられましたので、奥様と相談いたしまして、一晩そのままにさしてあげた以降は二人っきりになる事は無かったと思います」
「姫様?」
僕は、リーシェンの言葉の中の一文を確認する為、姫様に問いただす。
「二人とも裸と言っていましたが?」
「は!はい! そのですね密着は双方何も障害物がない方が確実かと思いまして、その勝手ながらレンティエンス様の服も脱がせていただきました。 キャッ!」
頬を赤らめて、嬉しそうにキャッとか言われてもねえ、まあ子供の時の話だからいいか?
今でも子供だけど。
「でも・・・・」
姫様が、さっきまでの表情を強張らせ、少し目を落として話し出す。
「でも、レンティエンス様の心の中に、私は居ませんでした」
その声はとても寂しそうだった。
「それは当然の事でした。それまで私はレンティエンス様が寝られてからそっと側に居させてもらうだけで安心出来ていたので、起きておられる時に会おうとは思っていませんでしたから」
それはそうだ。
僕は今でも姫様と会っていたなんて記憶に全く無いのだから。
「でも、私の周囲の反応が過敏になるにつれ、私はレンティエンス様の側に居たいと思う気持ちがどんどん強くなって毎日の様に会いに行くようになっていたのです。ですから私にはレンティエンス様はかけがえのない存在として心の中にいっぱい存在されているのに、レンティエンス様の心の中には私はいませんでした。」
姫様の顔がどんどん暗く落ち込んで来ている。
「でも、もし会ってしまって私を変な女だとか、心を読む怖い女だとか思われたらどうしようと、怖かったんです。」
「ファルシア姫様はそれでも僕にこうして会いに来て下さったんですね?」
僕は優しく言葉をかける。
目を落とし、緊張感で強張る小さくなった体を必死に支え、それでも僕の前に来て下さった姫様の決意が感じられる。
「はい、私はあなたの心の中に存在したかったのです。このまま居ない事が続くなんて嫌だったのです!」
その言葉と共に姫様は僕の方をじっと見つめて来た。
覚悟を決めた表情だった。
僕はそれにちゃんと答える必要がある。
そう思ったんだ。
「ファルシア姫様、どうか僕の手を取っていただけませんか?」
僕は席を立ち、ファルシア姫様の座る椅子の横に佇むと、片膝をつき姫様に向かって手を差し伸べる。
僕を見下ろす形の姫様は驚いた表情をしていた。
そして少し目線を外し考える素振りを見せる。
暫くそのままの状態が続いたが、意を決した様に僕に目線を戻すと、僕の差し出された手をそっと包むように自分の手を乗せて来られた。
そして姫様は目を閉じじっと動かないでいる。
僕はそのまま心を落ち着かせじっと待つ。
「ああ、居た・・・。」
姫様の口から言葉が漏れた。
そして、僕の手に乗せたまま、大粒の涙を瞳から流し出し始めた。
僕はそれをじっと見つめるだけで何もしない。
「よ、良かったあ、私、私がちゃんとあなたの中に居ました! あの温かな私が好きな心の中にちゃんと私が居ました・・・・本当に、良かった。」
その言葉を聞いて僕はポケットからハンカチを取り出して姫様に差し出す。
それを受け取った姫様は、涙を拭う。
「レンティエンス様は、私が心の中に存在しても変わらずとても優しくて心の暖かい方のままでした」
涙を拭った姫様の顔は物凄く明るい表情に変わっていた。
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