この時から始まった 2


「お師匠様? システィーヌ様の? で、いらっしゃいますか?」

「私が2才から10才まで、エルフの里で修業させられていたのは聞いたことがあるでしょ?」


リーシェンは思い出していた。

現在このブロスフォード家は実質このシスティーヌが家長を務めている。

2年前、前当主でありシスティーヌの父が急死し、若くして彼女がこの家を継いでいた。

その父が生前、このブロスフォード家の次期当主として期待していたシスティーヌに、武人としての修練を積ませる為、縁故にしていたエルフ族の里に修業に出させられていた。


「はい、確か、終焉の舞姫と讃えられる武神の元に8年間おられたと、お聞きしております」

「そ、この人こそ、終焉の舞姫その人だよ」

「は? えぇーーー!! こ、この、お婆様がですか?!」

「ほ、ほ、そんな風に呼ばれていたかの。今ではそちらのお嬢さんの言う様にただの婆じゃて」

「あ! いえ! これは失礼致しました! ご無礼の数々、深くお詫び申し上げます!」


リーシェンは、うろたえていた。

それは仕方がない。

なにせこのお婆様、エルフ族という恵まれた身体特性に、あらゆる武の奥義を習得し、150年前の魔王軍討伐の英雄達の一人であり、現在でも生存する唯一の人なのだ。

生きる伝説を体言する人、それがこの終焉の舞姫、ルル・フェンデルその人だった。


「しかし、お師匠様も、前もって連絡頂ければこの様な面倒な事になりませんでしたのに」

「なあに、若い子を見るのは今でも面白いからの。それにこの、リーシェンだったかな。なかなか見所があるので楽しめたわい」


恐縮するリーシェンを見ながら嬉しそうに語るルル様。


「まあ、私の自慢の部下ですからね」


自分の部下が師匠に褒められ満更でもないシスティーヌ。

胸を張って得意げにしている。そんな二人の褒め言葉に、恐縮しまくりのリーシェンだった。


「ところで、お師匠様。今日はどういったご用向きで?」

「おーそうじゃった」


わざとらしく手を叩き、今思い出したよ的なジェスチャーをする。


「我等がエルフの里が守り神、エグラシル様の天啓が数十年ぶりにあっての、それを伝えに来たんじゃよ」


システィーヌは不思議に思う。エグラシル神といえば、森や草原を住家にするエルフ族や獣人族が崇拝する神の一人で、一説によればこの世界の頂上神オーディ様に最も近い存在と云われる大神なのだ。

その大神の天啓は殆どが森の異常や気候の大変動などの天災なので、そんな事を自分に伝えに来ても何もならないだろうと思っていた。


「お師匠様、エグラシル様の天啓を何故、私の所に?」


不思議そうに尋ねるシスティーヌを、ニコニコと微笑みながら眺めるルル様。何か勿体振っている感じだ。


「何ですか? 気持ち悪いですよ、お師匠様」

「ああ、すまんな。お前さんは、わしが育てた弟子の中でも一番手を焼いたが、わしの技術を一番吸収した愛弟子で本当の孫の様に思っとっての、その子が子供を授かると聞けば嬉しくもなるものよ」

「はあ、それは光栄な事です。いつも怒られてばかりでしたから、嫌われていると思ってましたよ?」


冗談半分に切り返すシスティーヌだったが、最後に変な言葉を聞いた様な気がした。


「ん?」


小首を傾げるシスティーヌ。


「あの今、子供とかおっしゃいました?」

「そうじゃよ」

「え? あの私の子供ということですか?」

「そうじゃよ」

「私がお腹を痛めて生む子の事ですか?!」

「そうじゃよ!」

「私! まだ15才で、結婚もしてないんですよ!」

「そうじゃな!」

「まだ結婚する気なんか無いんですよ!!」

「直ぐって事はないじゃろが、いずれは結婚するじゃろ?」

「お嬢様! 誰です、その無謀な男は!!」

「リーシェン! 違うわよ! というか、しれっと酷い事言ってない?」

「天啓じゃ、諦めるのじゃな」


頭を抱えるシスティーヌに、その無謀な男が誰か興味津々のリーシェンを、にこやかに眺めるルル婆様だった。

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