この時から始まった 1
時は少し遡り、レンティエンスが生まれる前のお話しです。
「お嬢はおられるかな?」
「お嬢、ですか? 申し訳ありません。こちらには、女性は多数おります。どちらのお嬢の方を指して言っておられるのか、もう少し詳しくお教え下さいませんか?」
ブロスフォード家にある日、一人の老婆が訪れた。
門番から、見慣れぬ老婆が訪れて対応してほしいと連絡が入り、リーシェンが正門までやって来ていたのだが、要領の得ない言葉に戸惑っていた。
「お嬢は、お嬢じゃよ。システィお嬢なんだがの?」
「あのー、システィーヌお嬢様の事でしょうか?」
「おーそうじゃ、そうじゃ。早う、呼んでもらえんかの?」
自分よりも小柄で、ニコニコとしている老婆だが、その身なりは決して綺麗にしているとは言えない、良く言えば質素、悪く言えば小汚い、どこかの民族衣装の様な出で立ちだったので、安易に取り次ぐ事を躊躇わせた。
「失礼ですが貴女様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか? なにぶん、お嬢様にお会いしたいといお方は後を立ちません。中には、不届き者も多くおりますので、安易に取り次ぐ事ができませんので」
「ふむ、なかなか良い教育をしているようじゃの。お嬢も頑張っておるようで上々じゃ。しかし、事は急いでおるのでな、勝手に失礼させてもらうぞ」
リーシェンはその老婆の言葉を聞き不審に思い身構え様とした瞬間、目の前から忽然とその老婆が消えてしまったのだ。
「え?!!!!」
リーシェンは自分の目を疑った。自分の事を格闘や武術の達人とまでは驕る事はしないが、それでもシスティーヌ様に鍛えていただいており、それなりの自信はあった。その自分が全く反応出来なかった事が信じられなかった。急いで、辺りの気配を探りあの老婆の行方を追う。
「え?! あんな所に!」
リーシェンはまた自分の目を疑った。それも当然である。この正門から、屋敷の正面玄関まで、普通の大人が普通に歩いて5分以上かかる程の長さがある。それなのにその老婆は、瞬時に屋敷の玄関前に立っていたのだ。
「なんてお婆さんなの!?」
リーシェンは、直ぐに強化魔法を体にかけると、一気に老婆がいる正面玄関に向かって走り出す。強化された体は、2回地面を蹴っただけで、正面玄関前に着いた。
「え?」
しかしそこには、老婆の姿はもう無かった。
「一体どこへ!?」
「嬢ちゃんもなかなか良い動きしとるじゃないか。お嬢も良い部下を育てとるようでなによりじゃて」
リーシェンは声のする方へ、腰に取り付けてある短刀に手を掛けながら振り返ろうとしたが、その途中で短刀を持つ手を押さえられ、その上、体を寄せられたと思ったら自分の体が全く動かなくなってしまい驚く。なんとか動こうともがくが、微動だにしない。
「くっ!、は、離しなさい!!」
「おお、力もなかなかじゃの。強化魔法もスムーズに発動させておったし、うむ、合格じゃ」
リーシェンは、自分の主であるシスティーヌ以外で、これ程圧倒的な力の差を見せつけられるのは始めてだった。自分より小さく、非力に見えるのに、身体強化魔法を掛けた自分が全く動けないなんて、戦闘メイドとしてあってはならない事だった。
「うっ、う、ぐす」
リーシェンは自分の情けなさに泣いていた。こんな事ではこのブロスフォード家のメイドとして仕事を全うできないと自分を責めた。
「お師匠、あまりうちの子を虐めないでやってもらえます?」
「おーすまんかったのぉ。生きの良い若い子を見るとつい手が出てしまうんじゃ」
そう老婆は言ってリーシェンを押さえていた手を離してやる。その瞬間リーシェンは老婆から距離を取り、先ほどの声の主に向かって膝を付き
「申し訳ありません! 屋敷に不審な者をやすやすと侵入を許し、しかもこの様な醜態をお嬢様に晒すこと! お許し下さい!」
「良いんですよ、リーシェン。この人に勝てる人間なんか、そうそういませんから」
「何を言っとるんじゃ。お前さんがおるじゃろ? まったく婆さんを持ち上げても何も出んぞ?」
二人は、冗談なのか本気なのか解らない会話をしながらも終始にこやかに話しあっていた。
「あの、お嬢様、このお方は一体?」
「ああ、ゴメンね、この人、物凄い悪戯好きなのよ。若くて才能のある子を見ると、ついね?」
「そうなのですか?」
「そう、だからリーシェンも認められたって事よ? 自信持って良いわよ」
「ふむ、それに、なかなかいいお尻をしておった! がぁははは!」
つい、お尻を手で隠し、顔を赤らめるリーシェン。
「冗談はさて置き、紹介するわ。この方は、私の武の師匠である、ルル・フェンデル様よ」
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