母の願い 1

「母様、程々にしてあげてください」


苦笑しながら、清々しい笑顔の母に話すと、あら、という感じの表情をする。


「大丈夫よ。これも夫婦のスキンシップなのよ。レンにはまだ判らないかもね?」


いえ、そんな脳筋夫婦のスキンシップなんか判らない方が良いです。と心の中だけで呟いておこう。


「それで父様は?」

「あー、自主練に行かれたわよ?」

「そうですか」


仕方ないですねと言って肩をすぼめてみせる。そんな僕を見て母様は、人差し指を顎に当て、コテと小首を傾げる。

暫くの間、考えを廻らせていたのか全く動かなかったが、思い出した!と言って、パン!と手を叩く。


「ごめん! レンちゃんの誕生会の途中だったわ。本当にごめんね? レイナードが居なくなっちゃったけど、私とレンちゃんだけでも誕生会、楽しんじゃいましょう!」


全く悪びれず屈託の無い笑顔の母様。父様抜きで、誕生会は進むことに決定いたしました。


その後、二人で食事をし、止めどない話を続けていたが、食後のお茶を飲み干したところで、母様が、こほん、と小さく咳をついた。それを合図に僕に向かって真面目な顔つきになる。


「それで、レン、今度、授かる加護の啓示の後、あなたにお願いしたい事があるの」

「どうしたのですか? 突然」


母の少し緊張した顔つきに僕は訝しんだ。


「加護の啓示は神殿で行われるのは知っているわね」

「はい、それはもちろんです」

「その後、加護の啓示を受けた子供の中で特に貴重とか重要な加護を授かった者は、王宮に招かれて祝賀を受けることも知っているわよね?」

「はい、今から緊張しています」


うん、うんと頷く母様。


「それでこの時、王様から祝福のお言葉を頂くのだけど、当然王族の方々も御列席されるわ」

「はい、そううかがってます」


軽く呼吸をし一拍を置く母様。


「そこでファルシア王女様を口説いて欲しいの」

「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」


自分の耳を疑った。今、王女様を口説けとか言わなかった? あまりの予想外の言葉に焦りまくる。


「母様、今なんと仰いました? 王女様を、ファルシア・バーレフォレスト王女様を口説けと言われませんでしたか?」


恐る恐る母に訪ね返すと、あっ?!と言って指で口許を隠しながらほ、ほ、ほ、と笑い出す。


「言い方間違えちゃった。言い直すわね。王女様と友達になってあげて欲しいの」

「言い間違えにも、程というものがあります」


あ、焦ったあ~! いかにファンタジー世界の定番とは言っても、いきなり脈略もなく王女とご対面して口説けというのは勘弁してほしいです。小市民の僕の心ではまだ無理です!


「ゴメンね、レンちゃん。どうしても、男女が初めて会う時には口説くものだとずっと思ってたものだからつい」


てへ!とか言って可愛らしく自分の頭を小突きながら舌をペロっと出すお母様。


「昔ね、私に会う男性がその度に、結婚してくれとか言って挨拶に来るから、男ってそう言うものだと思ってた時期があったのよ」

「自慢話しですね」

「え? そう? でも多分だけど、レンちゃんの方がもっと凄いことになると思うから覚悟しておくのよ?」


僕の方が凄いってどういうことだ? あまり考えたくない気がするので、この話は一旦凍結して話題を戻そう。


「それで、友達ですか?」

「あ、話し逸らしたわね。まあ良いわ。そうよ、ファルシア様のお友達になってほしいの」


どういうことだろう?と不思議に思う。僕の家、ブロスフォード家は子爵の爵位を持つ上級貴族の家である。といっても上級の中では下の方になる。その家の嫡子とはいえ、王族のしかも継承権第1位にあたるファルシア王女様の友達となると、爵位が低すぎやしないだろうか?

それこそ王族に近づこうと考える貴族は数え切れないほどいる筈。そんな中、たかだか子爵家の僕が突然、友達になりませんか? などと言い出したものなら、どんな目に会わされるか判ったものじゃない。せっかくの第二の人生が早々に終わらないとも限らないのだ。そんな事は母様だって判っているはずだし、何か裏があるのだろうか? 

僕が色々と考えていると、それを見透かしたように母様が話始められた。


「レンも思ったかもしれないけど身分差については、問題無いと思うわ。これでも私、狂飆きょうひょうの姫神なんて呼ばれている有名人だし、もと近衛師団長だもの。それに王妃様は、私と小さいときから一緒に遊んだ幼馴染みだから、その子供同士が友達になっても大丈夫よ、たぶん・・・」


母様、最後まで自信持って言って下さい。でないと不安になりますよ?


「とにかく話を続けるけど、ファルシア様の友達になってもらいたいのは・・」

「もらいたいのは?」

「友達が一人もいないからよ!」

「・・・・・・・・・・・・はい?」


今日、何度目かの ? だろうか。


「つまり母様は僕に、ボッチの王女様が可哀想だから、友達になれということでしょうか?」

「正解! さすがは私の息子ね」


どういう事だ? 

王女様に取り入り箔をつけたい貴族の子供ばかりの上部の友達しか居ないと言うことなんか?

実は王女様は、性格や容姿が悪くて、友達になろうと思う者が居ないとか?

武道バカで私の友達になりたかったら私を楽しませてみよ! とか言うパターンでしょうか?


「何考えてたかは知らないけど、多分違うからね」


何故か生暖かそうに微笑みむ母様


「王女様に友達いないのは、極度の人嫌い、特に男嫌いと極度の恥ずかしがりやだからよ」


真面目な顔つきの母の言葉に自然とレンも真面目な顔に・・・なるわけがなかった。

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