2話目
走り始めたバスの中で僕はミュージックプレーヤーで音楽を聴きながら流れていく風景をぼーっと眺めていた。街路樹の並木がいくつもいくつも流れていった。
少し窓を開ける。
ふわーっとした3月の風が入ってきて、僕の髪を優しく撫でていった。
僕は病院の診察券をカードケースから出して予約してある診察時間を確認した。
時間は10:30と書かれている。いまの時刻は9:10。
病院まで1時間はかかる。間に合うかなあと少し心配になってきた。
僕が時間を心配していると、先ほどの女の子がこちらに向かってやって来た。
女の子は僕の隣に当たり前のように座ると
「私も大変だけど、君も大変だね」と話し掛けてきた。
僕は走っているバスの中を歩いて移動するという行為にびっくりしていた。
びっくりしていた僕は、隣に座られて話し掛けられたことに更にびっくりして
「はあ、」という返事をした。さっき会ったばかりでこんなにすぐに警戒心を解く人がいるのかと三重でびっくりしていた。
「君、人と話すときは、それ外しなさいね」
女の子はイヤホンを指して言った。
「ご、ごめんなさい」とびっくりしていた僕は謝ってイヤホンを外した。
「私もさ、学校で色々あってさ」女の子はぽつりとつぶやく。
「でも、もう高校も卒業だから」と明るい表情でそう言った。
「3年生なんですね」とびっくりしていた僕は警戒心や恥かしさを忘れて女の子の顔を見ながら返した。
「そう。3年生。君は?」
女の子は僕の目を見てそう聞いてきた。
女の子と目があった僕は急に恥ずかしくなって
「中2です」と言いながら女の子から目をそらした。
「そっか」女の子はそう言った。
それから少しの間、沈黙があった。
時折、窓から風がふわーっと入ってきて僕らの髪を撫でていった。
僕は窓の外の風景に目をやった。
「学校には行かないの?」女の子が聞きづらそうにそう聞いて来た。
「月に数回行く位です」僕は女の子の方を向いて返した。
「いいなあ」女の子は明るい声を発した。そして、
「私もね、週に何日か行く位だよ。今週は今日が初めて」と言いながら笑った。
今日は水曜日だった。
「そうですか」僕は何て言ったら良いのか分からずに、そう返した後で、ちょっと素っ気ない風に取られたかもと思い慌てて
「親は何も言わないんですか?」と続けた。
女の子は黙ってしまった。
僕はさらに慌てて
「僕の親は僕のこと心配しています」と言った。
「学校ってさ、行かなきゃ行けないのかなあ」女の子はぽつりと呟く、
「私ね、将来、就きたい職業があるんだ」と照れた風に笑った。
僕には”将来、就きたい職業”という言葉がとても新鮮だった。
僕の”将来、就きたい職業”ってなんだろう。”目標”とか”夢”というやつだろうか。僕は一体どこに向かっているんだろう。なにか説明できないとても漠然とした不安を僕は抱いた。この先、僕はどうなるんだろう。
女の子は、突然、黙ってしまった僕の顔を覗き込んできて
「どうした?具合悪い?」と心配してくれた。
近距離で顔を見られた僕は顔を赤くして女の子から顔をそらすと
「大丈夫です」とドキドキを悟られないように慌てて返事した。
僕は色々なドキドキが入り混じってすごくドキドキしていた。
「ごめん、私、次で降りなきゃ」女の子は降りますのブザーを鳴らした。
「君、名前は?」と女の子は聞いて来た。
「俊介です」とすぐに返した。
「私は沙織だよ」女の子はそう告げた。
僕はなんだか浮かれたような、軽くなったような気持ちを感じていた。
窓から入ってくる3月の風がとても気持ち良かった。
バスがバス停に止まり
「またね。俊介くん」
そう言うと女の子は降りて行った。
女の子を降ろすとバスは再びゆっくりと走り始めた。
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