1-3 馬路村首脳会談

恙なくというか滞りなくというか爺様の葬式は終わり、俺は第二次精進落としという宴会のため屋敷に戻っている。


遠方の親族は葬式後の精進落としが終われば帰っているが、直系筋に近い家などの人々や会社関係に町内会や隣保班に郡内の関係者も宴会からの宿泊である。


「俺は帰るんじゃあ」からの地元宿泊組も多い、嬉しそうにうちで朝飯食って帰るよ。

屋敷は無駄に広いから泊りが少しくらい増えても問題はないからな。


宴会は大宴会へと覚醒することは確定で、当然酔い潰れたものを優しく布団に連れて行くなどはしない。

空いてる部屋に毛布でくるめておけば大丈夫、これが土佐の平常運転だ。




宴会が始まって一息つけるために、俺は奥の縁側で猪口を片手にチビリチビリと今日の事をツマミに楽しんでいる。


偽りの葬式ではあったが、俺も喪主として一応は合格点を貰っても良いと思う。


通夜から式まで会葬者は圧倒的な数だった。周辺の市町村から四国一円の人々に議員、社長、協会などなどに全国の四菱関連企業までね。


旧住共、旧四井の幹部クラスだった八十代の方々までが、「あの時(おそらくは戦後の混乱からの復興期)は本当にお世話になった」と涙声で話してくれたのは驚いたよ。


俺の曾爺様はGHQに徹底的にやられた、しかも東京にしか土地や基盤の薄い分家や親類の分まで全て引き受けたんだと。

残ったのがこの馬路村内魚梁瀬の土地だけだったのは俺も知っている。


そのため、現在の四菱グループには久九朗きゅうくろう叔父が四菱商事社長として残っているだけだ。


元々四菱財閥は明治の結成以降権力集中のためもあってか、本社には本家分家の長子を一名づつしか入れず、初代から分かれたこの二家で社長を持ち回りにしていた。

後は一人も親類縁者を入れなかったというんだから、うん徹底したものだ。


まぁそこが急所にもなったわけで、本家が完全に社業から引く形になったのは曾爺様なりの敗戦での責任の取り方であり矜持でもあったと俺は思っている。


四菱だけでなく住共と四井もかなり傾いた中で曾爺様は、

「住共とか四井とか関係あるか! 10年、20年後の日本の為だろが!」

そう言って東奔西走していたと。


曾爺様の行動を見ていた若かりし爺様も(株)馬路林業を興して差配しつつ、一緒に資金の融通、口利きなどの手助けをしていたようだ。


今回来てくれた旧住共、旧四井の幹部クラスの八十代の方々がわざわざ来てくれたってのはその頃の縁だったようだ。


特に壇さんってお爺さんは、自分の身体に鞭打っても来るつもりだったからねと言った後に、

「宗一郎さんより先に行くはずだったから、香典代損したなぁ。儂の時はたっぷり弾んでくれよ」


とか言うな、台無しだろ、あの糞ジジイ生きてるんだよ、涙止まらんだろ。

アンには記入帳に印を付けておくように言っておいたら金額聞いて驚いたよ、さすが旧四井の大番頭家だと思ったね。



しんみり思い返してたら、山崎琢磨(25歳)村長が縁側に現れた。

数々の武勇伝を誇る武闘派で東大から農林水産省に入ったが、上司と揉めて馬路に帰って来るや全国最年少首長になった。

俺の兄貴分でもある。


「こんなところで何をしんみりとしてる、爺様が心配するぞ」

「ちょっと、今日の事を思い返してて」

「呑み相手が潰れた、喪主が責任持って付き合えや」


兄やんなりの気遣いだろうが、偽りの葬式で心苦しくなってるとは言えない。


喪主が責任を持って客をもてなす点には同意するが、『酒は二升からが旨い』やら『一斗樽が無ければ宴会ではない』などと宣う穴の開いたバケツに一人で立ち向かうのは無謀を通り越している。


兄やん、俺も成長してるんだぜ。


縁側から座敷の宴会場に引っ張り戻されたところで、辺りを確認した。


久九朗叔父の長男で喜八郎さん(25歳)が見えたため速攻で確保。

四菱商事社員でこの春に人事部から財務部管理課に移動したらしい。

中学生くらいまで休みのたびに馬路に遊びに来ていたため、同世代村民の友人も多く宴会にも馴染んでいるし、琢磨さんともツーカーだ。


どちらも兄やんなので琢兄と喜八兄と普段通り呼んでおこう。


喜八兄の酒量は並の上、俺は上で琢兄が特上の上、もう一人くらい援軍がいないと厳しい。


しかし、三人がドカリと車座になったため周りは「これは、首脳会談じゃのぉ」、「う~む、未来の馬路が見える、見えるぞ」などと囃しており観戦の模様だ。


爺様が居なくなったので最高権力者にあたる久九朗叔父が『お手並み拝見』の姿勢を崩してない以上援軍の望みは絶たれたと言って良く、俺にも呑み潰れる未来がはっきりと見えた瞬間だった。


ああ、多恵さんとアンがにこやかに一升瓶を運んで来てる。

そうだった、宴会用に食事を運ぶカートもあったよな。

十本くらいはありそうだよ、間違いなく琢兄の手配だろう。


琢兄の満面の笑顔が憎たらしすぎる、喜八兄が俺を見て頷く。

さあ、呑もうやろうか。




琢兄の一升瓶が三本空いたところで、喜八兄が俺に尋ねた。


「お前、大学はどうする気だ」

「休学届を出すつもり」

「う~ん、状況によってはそのままってことか」

「そうなるかも」

「か~、お前も馬路に帰るか。ここに官僚蹴った奴も居るしな」


琢兄に矛先が向いたか。


「どっちが馬路の為になるか考えた末だ」

「俺も馬路は好きだ、小さい頃から遊んでもらったし、山も水も綺麗だ。心の故郷だよ」

「だろうが」

「らけどな官僚に琢磨みたいな奴が居ないと面白くないだろ? 分かろ? 俺の思い」


分かるよ喜八兄、酔ってるんだよね、身体も揺れてるよ。

琢兄は既にコップを避けて呑んでいる、空き一升瓶は五本か、大丈夫まだ数えられる。

仕方ない、こちらからも喜八兄に援護の艦爆隊を送ろう。


「喜八兄の気持ちは分かるな~、俺も勿体ないと思ったし」

「あろぉ藤四郎、こいつの器は村長なんかで収まらえぇよ」

「ほう、どれくらいだ俺の器?」

「でかいのはたしかだよねぇ」

「そオそオ、末は博士か大臣かってクラスじゃねえよな」

「あれ、肴ないかなぁ」

「ちょっと待ってろ、肴持ってきてやる」


琢兄が中座すると誤射からの同士討ちが始まった。


「藤四郎、お前もだお。そろそろ本家も東京に出てくれねえとがなぁ」

「なんのぉ、喜八兄が居れば四菱も大成長するだろ」

「違う、俺とお前で社長をすれば世界のトップに行けるあろ。お前が先で俺は後で構わん」


喜八兄、現社長の久九朗叔父が大笑いしてますが…。

四菱商事社員のみなさん、四国の山奥で未来の社長が決まりましたよ。


「喜八兄…」


喜八兄の優しさに、酔いが覚めてグズっとなりかけたところにミサイルが飛んで来た。


「肴持ってきたぞ」


そっか、ビールとワインって肴だったのか、皿鉢でも来るのかと思ったのり。

琢兄時間がかかると思ってたら、グラスにジョッキまで持ってきてくれたのれ。


「簡単だ喜八、四菱の本社を馬路に持ってくればいい」

「まったそんあことをお前は…」

「まぁ確かに戯言の部類だな」

「でしよぉ、兄やん」


いかん、口が回ってない。

まだ大丈夫なぁず、酒瓶がぶれて見え始めた…。


「でもな、首都機能移転とかの噂があっただろ?」

「あ~、らったな」

「噂でもあるが、全くの噂でもないぞ」

「噂、でしよお、そんなの」


「だから俺も村のトップとして、一番最悪は想定してるぞ」

「「ほ~?」」

「その時は、馬路国として独立だ」


聞いてはいけないような、夢のあるような、なんだか分からない言葉が聞こえた辺りで俺は意識を手放した。




翌朝大笑いで多恵さんが教えてくれた、

「二人して琢磨ちゃんに洗脳されてたよ」と。


そしてアンが呑み潰れた俺で遊んでいたそうだ。

「藤四郎さん、ビールよ」

「ビールは肴でし」

周囲一同爆笑する風景。


「藤四郎、ほれビールだ」

「ビールは肴でし」


「藤四郎、ビールよ」

「ビールは肴でし」


「四郎ちゃん、ビールですよ」

「ビールは肴でし」


「…」


座敷で寝かせられてた俺は、うわごとの様に繰り返していたらしい。

兄やん、スマホで録画するのは無しだろ。


なお、戦果は三人で十二本だった…、琢兄は朝飯を一番で平らげて役場に行ったと聞いた。

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