1-2 爺様の遺言とお姉さま
「藤四郎、良く帰って来た、儂は明日死ぬから後は頼むぞ!」
呆然としていた俺を見たカタリーナさんが素敵な笑顔で取りなしてくれる、
「宗ちゃん、それじゃあジロちゃんも分からないわ」
「そうかなぁ、エヘヘ」
そうだそうだ! というか宗ちゃんって誰だ? ジロちゃんってオレデスカ?
色惚けジジイめデレデレしてんじゃねぇ、哲郎さん刀持ってきてくれないかな。
なんで左右の皆は諫言しないの、これ平常運転? 3月から俺が居ない間に何かあったのか?
「明日死んで、明後日がお通夜、明々後日がお葬式ね」
あ~っと、これは有能な秘書がコスプレ外人にクラスチェンジしたせいだな。
よし俺が日本語を一から教えてくれてやらぁ、寝かさんぞ…、すまん失恋DTの暴走だ。
もう常識枠に頼むしかないなと、俺は家老兼専務の秦泉寺哲郎さんに目線を向けた。
「すがるような目つきでしたぞ」と哲郎さんから後で聞いたよ。
咳ばらいを一つした哲郎さんの説明を俺なりに理解したのがこれだ。
一、屋敷奥の部屋から異世界の耶摩之国に繋がっている。
一、何時の頃からかははっきりとはしないが、千頭家一党は古くから耶摩之国と繋がって来た。
一、向こうには本家家臣の分家もあって、こちらから行き来することも可能。
一、耶摩之国はこちらの戦国期くらいの文化レベルで、今後(もしかすると近いうちに)も大乱が起こり得る状況にある。
一、両親も生きており今は6歳の妹が居る。
一、祖父は異世界の大賢者であり、今後耶摩之国に常駐して様子を見守るとのこと。
一、そのために俺は千頭本家棟梁となり、馬路の会社を任せる。
「なるほど、解かりました」と俺は答える以外にできなかった。
左右に居並ぶ皆も「理解していただけましたか、ホッ」とか声にまで出して安心してるんじゃねぇ。
異世界ってラノベ定番のあれか?
両親が生きている? そりゃ生きてりゃ妹くらいできますよね。
転生とか転移じゃなく自ら行ったってことなら、全員知ってたが俺だけ知らなかったってわけだ。
家臣家の爺様への忠誠度MAXですね分かりました。
秘密を漏らした者は当然死罪?
皆頷いてるし、いやいや我が家ながら怖すぎる。
大賢者って魔法使い放題で空を飛んだりするのか、何々? 今はこちらに居るのが主だから外見だけ変えてるだと。
その上若返りの魔法があって肉体年齢は30代薬要らずだと、ギリ10代失恋DTが連発勝負してやろうか、あ?
よ~し分かった。社長から社員一同いや千頭家一党全てが山奥過ぎたところでラノベの角で頭を打って妄想を拗らせたに違いない。
これは俺が(株)馬路林業ごと立て直せってことだ。
カタリーナさんは不審そうな目で俺を見ていた(当然だろう、頭の中は絶賛暴走中だ)が、何かを呟いた。
一体なんだ?
俺が目を大きく開いて見ていると薄いヴェールのようなものが消えてゆき、カタリーナさんは褐色の肌に白い髪の打掛姿に変わった。
もう一段階クラスチェンジできただと、ラスボスか。
「リーはダークエルフじゃ」
ダークエルフくらい俺でも解るわ! ネットにも画像一杯だしカタリーナさんはそのまんまコスプレ外人度が上がっただけだ。
でもって『リー』って誰だ、色惚け糞ジジイはもうイエロー・ピーポーじゃ手遅れだな。
はぁ、これはもうドッキリとかって話でもなさそうだ。
俺を現実に戻したのは哲郎さんだった。
「今年の3月から殿の様態などの仕込みは済ませております。また通夜から葬式の段取りに支度も済んでおります。若は喪主としてそれらしい行動をしていただきたく」
姿勢を正し、気も入れ直す。
「うむ」
「式等は田野町の葬祭場ですべて行います。また親族並びに弔問客の方々には『夏休みになったからと帰省した次の日にポックリなんて、運が良いのか悪いのか、最期に酒が飲めてよかったよ…』でお願いします。それと…、殿お願いします」
「そうじゃな、アン入ってくれ」
「はい」
そう言って入って来たのは黒のスーツ姿でぴしりと決めた金髪の女性。
見事な座礼での挨拶だが、おい耳の先が尖ってるって。
「アンリエッタ=パールマです。これより藤四郎様の秘書として働きますので、よろしくお願いします」
俺の知っているアンリエッタ=パールマはポーランドから来た筈だが、今目の前にいるのは金髪別嬪エルフだなんて、俺得でいいのか?
たしかアンリエッタと初めて会ったのは10年近く前だったはず。
留学生として家にホームスティして東京で就職し、秘書見習いで今年の春に戻って来たとか、ってことはその頃からの仕込みか。
「む、よろしく頼む」
大丈夫だ、動揺を気取られるな俺、頑張れ。
すると哲郎さんとアンをはじめ皆が俺の背後へと移動し、上段の間に向けて平伏した。
「皆の者、孫藤四郎をよろしく頼む。これまで以上に千頭家を盛り立ててくれ」
「はっ、我ら家臣一同、これまで以上の忠義をお見せしましょう」
「最期にじゃがな、藤四郎お主がこれから千頭本家の棟梁じゃ」
爺様に言われると重いものが圧し掛かってきた気がする、代替わりの遺言だろうかと想像していると
「魚梁瀬をそして馬路村を頼む」
爺様の命は絶対であるためもちろん俺に否やは無い、俺は自然と爺様に平伏していた。
馬路村をか、どれだけできるか分らんがやるよ爺様。
初七日にはこの関係者全員が再度集まって、代替わりの儀を行うということも周知され堅い話はお開きとなった。
ニヤニヤしている爺様を見ると、カタリーナさんと正式に夫婦として暮らすのを楽しみにしているようにしか見えない。
あちらの世界でこれから式を挙げるそうだ。
色惚け糞ジジイ、さっきの威厳は一瞬かよ。
くそぅ、何か一本とれないかとカタリーナさんに向かって俺は言ってやったよ。
「おばあ様とお呼び『お姉さま!!』すれ…、はいお姉さま」
口に出しておいてよかったと後で思い返したよ。
『お姉さま』の「殺す視線」を前にして、俺はこれまでの人生で一番の返事をしたかもしれない。
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