守護者
「や~めて、ほっんとにやめてってば」
先程まで命のやり取りをしていた緊迫した場はどこへやら。戻って来たメアリーには纏っていた鋭い空気は微塵も感じられず何とも気が緩んだ様子で両肩に乗るフクロウとじゃれあっている。いや、一方的に愛情を押し付けられ困り顔になっていると言った方がいいか。アルバートは唖然とするも状況の整理出来ておらず剣を構えたまま力んでいた。
「な、何を呑気にしているんだ! また襲ってくるかもしれないんだぞ!?」
まるで怯えたネズミのように辺りを警戒する姿をキョトンとして見ていた彼女は堪らず突然吹き出すのだった。
「………ぷっ、あはははは!」
「わ、笑っている場合じゃないだろ!?」
レオンからも既に緊張感は消えていて彼の剣はいつの間にか腰の鞘に収められていた。
「アルバート、もう大丈夫だ。ここから先にもう危険は無い」
「ど、どういう事なんだ?」
理由がさっぱり分からずおろおろするアルバートに対してメアリーは未だ笑い泣きをしている。
「ごめんごめん。あのね、この子達がこの渓谷の”番”なのよ」
「………は?」
アルバートは豆鉄砲を喰らった。
…………
「こっちの白い子はカヴァ、尖った耳の子がレラ。さっきも言った通りこの子達がこのキャリバンの渓谷の番、守護者なのよ」
「このフクロウ達が死の谷の守護者………」
説明されたが未だに信じられないとばかりの表情だ。今もメアリのー両肩に乗り、頬擦りし続けるこの二羽は彼にとってただの人懐っこいフクロウにしか見えていない。
「そ、それじゃ、さっきのあれは何だって言うんだ!?」
「あれはこの二羽の操っていた幽体だ。人間が恐る死を連想させる為にああいう形を創造させているんだろうな。理解し難いが実体が無いって訳じゃないぞ。あの大鎌に裂かれたら真っ二つだ」
「そんな事……あり得るのか?」
「そう、あり得てしまうんだ。この世は不思議でいっぱいなんだ」
レオンはカヴァの喉元を擽ると二羽は彼の両肩へ降り立ちメアリーは解放され安堵した。
「それはそうとアンタ達ね~霧吹き過ぎ! あの程度までしなきゃいけなかった脅威があった訳でもなかったでしょうよ」
そうお咎めを食らった二羽は少しばかり考え三人を再確認した後「ホーホー」と鳴き落ち込んだ様に見えた。
「そんなに責めるなよ。この子らも責務を全うして、ここを守り抜こうとしているんだから」
二羽はそう言われると、羽を広げ「ホロホロホロ!」と鳴き、今度は喜んでいる様に見えた。
「まぁいいわ。それよりここまで来れば”森の民の地”はもう目と鼻の先ね。ただこの濃霧じゃ私でも時間がかかりそうだからカヴァ、レラ、案内頼むわよ」
任された二羽は「ホーホー!」と元気に鳴いた。
…………
そのままレオンの肩に乗る二羽の”守護者”の導きの下に濃霧の中を突き進む。現状、霧を薄くする事が出来ず未だに最悪の視界だが、彼らの目は遥か遠くを見る事が出来るそうだ。アルバートはその愛らしい彼らに触れようと指先を伸ばしたが「キェエエエエ!」と鳴かれ拒絶されてしまった。
「僕は嫌われているみたいだ」
「そりゃそうよ、加護も何も無いんだから」
「ははは、何回もここを行き来すればその内お前も頬擦りされる様になるんじゃないか」
「………それは遠慮しておくよ」
少し距離を置いたが、警戒している様で彼らにその大きな瞳で睨まれた。更に進むと徐々に霧が薄くなっていき遂には霧が晴れ死の谷は終わった。
「抜けたな」
「アンタ達ありがとうね。ここでお別れよ」
別れを告げられたカヴァとレラは悲しいのか、その場から離れようとしない。見兼ねたメアリーは喝を入れる。
「アンタ達キャリバンの守護者でしょ! 頑張りなさい! 今度来たらいっぱい遊んであげるから」
それを聞いた彼らは喜んだ様で「ホロホロホロ!」と鳴き、メアリーに頬ずりをこれでもかとして再び霧の中へ飛び立っていった。
「僕の事、覚えていてくれたら嬉しいな」
「会いに行くのは勝手だけど、また死ぬ思いするわよ」
「………」
…………
渓谷の名残である小石だらけの道を行くと前方に深い緑が見える。”森の民の地”と言われるだけの事はあり深い森。ここまでの旅の中で森には対して良縁のなかったが今までの森とは何か違う雰囲気をアルバートは感じていた。一行が緑の入り口に着いた時アルバートは驚嘆した。木々の一本一本がとてつも無く高くまるで天に届く様だ。ポカンと口を空け茫然とする。
「さ、行くか」
「…………森の民と言うくらいだから森に住んでいて当然だよね」
「嫌なら帰りなさいよ」
「だ、大丈夫、行くよ」
そうして森へ足を踏み入れると木々は広い間隔を空け立っており歩き易く、見上げれば高く上空で葉が揺れ優しい木漏れ日が降り注ぐ。近くでは見慣れた小動物がいる穏やかな空間だった。
「何でだろう………とても安心する」
「まぁ、ここは世界で一番安全な土地だと言っても過言はない」
そして時間が経つのも忘れていた頃にメアリーは足を止めた。
「やっと着いたわ。ここが私達の”森の民の地”よ」
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