霧の亡霊

 ゆらゆらと不気味に揺れるその二体は三人の様子を伺っている。更に霧が濃くなると死神達は三人を襲う事なく霧の中へ姿を消していった。


「?? もしかしたら、レオンとメアリーに気が付いて退いたんじゃないか?」

「いや、それは考えにくいな。早々に狙って来るだろう。今の内に崖際まで走るぞ!」

「………あったよ! こっち!」


 目が利くメアリーを先頭に崖際まで駆け抜ける! 最悪の視界の中を走っていると何か、”ヒュンヒュン”と小さく後方で鳴る。それの音は段々と大きくなり三人に近づいてきたと思うとレオンが叫んだ!


「しゃがめ!」


 その言葉と共にレオンがアルバートの頭を下に押さえつける。そのほぼ同時、頭スレスレで何かが空気を切り裂いた。それは高速で回転した死神が持つ大鎌、レオンに頭を押さえ込まれていなかったらと思うアルバートの背筋は凍った。


「早く立って! 死ぬわよ!」


 すぐに立ち上がりメアリーの後を追う。そうしてなんとか三人は崖際まで辿り着いた。


「メアリー! 援護射撃と指示を頼む!」

「言われなくても分かってるわよ!」


 メアリーは崖から生えている木に飛び移ると腰をかがめ霧に向かいその大弓を引きレオンとアルバートも崖を背にし霧に向かい剣を構える。


「良いか、メアリーが援護で大半の攻撃は防いでくれる。そして絶対にアイツの指示の下で動け。いくら戦い慣れしていなくても剣術には心得があるだろう? 一体はアルバート、お前に任せるぞ」

「わ、分かった」


 アルバートの脚はすくみ、剣を持つ手は小刻みに震えカタカタと鳴る中でメアリーが叫んだ!


「レオン! しゃがんで! 金髪! 九時の方向に飛びなさい!」


 その指示通り二人は動く! 転がり飛び込んだアルバートの右側で鎌が上から下へ振り落とされ小石を巻き上げる! 本体の死神の大鎌の柄を持つ両手しか見えなかったが大鎌もろとも直ぐに姿を消す。既にレオンとメアリーの姿が見えなくなってしまった彼はどうしよもない恐怖に襲われた。その時。霧の中”キンキン!”と何処かで剣が響く音と共に”ヒュッ!ヒュッ!”と矢が空気を切る音が鳴り続けていると彼は思わずその方向へ走ってしまった。


「あ! バカ!」


 途中、バシャ!"と鳴ると同時にアルバートは足下が濡れ冷たくなったのを感じた。どうやら川の中に入ってしまったようだ。不快さに気を取られていた時、彼の前方より”ヒュンヒュン”とまた鳴る。


(マズい!)


 そう思った時はもう遅く高速で回転する鎌が目の前まで迫っていた! 思わず目を瞑り両腕で防いだ瞬間、”ガギギギン!”と鳴った。彼は恐る恐る目蓋を開くと大鎌と数本の矢が落ちているを見た。


「勝手に動くんじゃない! それとボサッとしてんじゃないわよ! 直ぐに立ちなさい! 本当に死ぬわよ!」


 何処からかメアリーの喝が飛んできた。この濃霧での視力、素早く正確な射撃に驚倒されるがレオンの言った事を思い出しアルバートは彼女の言う通り直ぐに立ち上がり剣を再び構え精神を研ぎ澄ます。


「金髪! 上に飛んで!」


 その指示通りに飛び上がると足元の低空を鎌とそれを持つ腕が通過した。それが見えた時、アルバートは思い切ってその腕目掛けて剣を振り下ろす!


「今よ! 金髪!」

「わあああああ!」


 ”ザン!”と音と共に大きな片腕が切り落とされた。アルバートは一旦距離を取り息を荒げながらその腕を見つめているとそれは霧となって消えた。もう一本の腕が鎌を持ち上げ再び霧の中へ紛れるのも束の間、次は彼の左側から”ヒュンヒュン”と鳴るがそれはメアリーの矢に撃ち落とされたようで姿を見せる事はなかった。一瞬だけ静寂が辺りを包んだが直ぐ様次の指令が彼の耳に届く。


「金髪! 前方に走りなさい!」

 

 アルバートは反射的に走り出すと後方で大鎌が振り落とされていた。そして体勢を戻そうとした刹那、前方から回転する鎌が見える。


(もう一振り!? ダメだ躱せない!)


 万事休すのその時


「レオン! お願い!」


 ニ時の方向、霧の中から現れたレオンが大鎌を叩き落とした!


「アルバート! やれ!」


 アルバートは勢いのまま振り返り柄頭を支え剣先を向け突進する! その数秒、死神の動きは速く振りかざした鎌が彼に触れようとしたがメアリーの矢に狙撃されると死神の体勢が崩された。


「うおおおおお!」


 アルバートは叫びローブ下の顔に剣を突き刺した!貫かれた死神は「オオオ………」と鈍い声を上げ消えていった。


「や、やった………」


 急に力が抜けたアルバートはその場に倒れ込む。そしてレオンは叫んだ。


「メアリー! いたか!?」

「……いた!!」


 そう言ってメアリーは何処かへ走って行ったようだった。一方、呼吸を整えるのに必死なアルバートの所へレオンが近づいて来た。


「やったじゃないか。上出来だぞ」

「はぁはぁ………あ、ありがとう」


 アルバートは未だに興奮が冷め止まない状態の中だった。なぜなら自分自身で初めて成し遂げた撃破、防衛だったからだ。しかし勝利の武者振るいも束の間であった。


「……オオオオオオオオオ………」


 白一色の上空を見上げると一つ、二つと影がどんどんと増え近づいてくる。そうして無数に増えた死神がゆらゆらと二人の前に再び現れた。


「そ、そんな………」

「まだ駄目か。アルバート、何とか持ち堪えるぞ!」


 レオンに鼓舞されるがアルバートはもう気力がない。そして死神達が襲いかかろうその時____


「ちょっと、やめなさいって、もう〜」


 直後、全ての死神が霧となり消えていった。アルバートは何が起こったか分からずにいるとメアリーが霧の中から姿を現す。その両肩には彼女に頬擦りする二羽のフクロウが乗っていた。

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