キャリバンの渓谷
”キャリバン”と呼ばれるその渓谷はイコルの森より西方に位置する。常に深い霧に覆われているために今までに多くの人々が彷徨い、気が付くと故郷に戻っている者もいれば、永久に返らなかった者もいるとか。その面妖さから別名”死の渓谷”と呼ばれ今では近づく者は誰もいない。だがしかし死の谷の真の恐怖は他にあるという………
村を立った数日後、レオン達はキャリバンの渓谷に踏み入れた。今は薄く霧が立ち込み周りに何があるのかは辛うじて確認出来ている。足下は小石が転がり草木はほぼ無く、近くに浅く緩やかな川が流れ両脇には険しく静かに崖が聳え立ち不気味さを覚えた。しかしながらここはまだその序の口に過ぎない。
「こんな所通らないでも帰れたのに…………」
メアリーは不機嫌そうに言った。
「たまには良いじゃないか」
「呑気な事言って………本来ならもう着いているのよ」
「”本来”ってどう言う事?」
「森の民の地には部外者が簡単に入れないように特殊な結界が張られている。それがこのキャリバンの濃霧だ。迷い入り込んだ者はあるべき場所を還されるか、はたまた生きて戻れない場合もある。ただ森の民、またはその加護を受けた者に限ってはこの渓谷を介さずとも森の民の地に辿り着けるんだ。死の渓谷ってのは作られた物なのさ」
「そ、そんな真実がここにあったなんて」
「古来から他国の干渉も侵略させないように死の渓谷と名を打って誰にも近付かせないようにしたって訳。そんで森の民の私と加護を受けているレオンは直ぐにでも里に着けるんだけど加護がないアンタの為に仕方なく回り道するしか無いって訳よ」
「ご、ごめん」
「そう言うなって。さぁ、おしゃべりもいいがそろそろ身を引き締めろよ。ここから先は更に視界が無くなっていく」
レオンが言ったように渓谷は進むに連れて霧が濃くなっていき周りは真っ白な世界へと姿を変え気を抜けば付いていく追っている背中ですらあっという間に見失いかねない状況となった。勿論、レオン、メアリーにとってはこの状況も想定していたのだが二人は妙に渋い顔をする。
「………いくら何でも霧が濃過ぎやしない?」
正に五里霧中とはこのこと、これ以上進む事は危険と考え三人は立ち止まる。
「”あの子ら”、なんかやらかしてない?」
「警戒水準を上げているのは確実だな。俺とお前を緊急帰還させる程の事だ、よほどの危機が迫っているのかもしれない。もしくはあの子らの悪戯か何かか」
「はぁ〜、こんな時に限って」
「あの…………あの子らって言うのは?」
「モヤシは黙ってて」
「………はい」
二人の会話に置いてけぼりを喰らい、尚且つ質問すら許されずに虚しく一蹴されたアルバートは委縮する。厚皮面、しかめっ面、憂い顔が混在する中で状況を打破するきっかけも掴めず立ち往生していると突然”グゥ〜”と音が鳴る。
「な、なんだ!? 獣か!?」
アルバートは瞬時に警戒するが、意外にもその獣はすぐ側にいた。
「………考えててもしょうがない。食事でもして気分変えるわよ!」
知らぬ間に頬を赤くしたメアリーはそそくさと自身の背負う袋を降ろして漁り、食事と準備を始めた。
「………獣じゃなくて馬だったか」
「ぶつわよ?」
………………
濃霧の中、目の前にはズラリと色々なものが並ぶ。食材、ナイフ、鍋、フライパン、食器、塩が入った小瓶などが多数。これだけの物量、どうやってあの袋に入っていたのか。これの謎は永遠に解けないのは違いない。
「レオン、アンタは出来るだけで良いから枝を拾って来て。金髪はここで石の竈門を組立てなさい」
レオンは「へいへい」と言いながら自身にロープを巻き付け、霧の中へ消えていき、アルバートも言われた通り辺りに落ちている石を組み上げて竈門作りに励む。急にメアリーと二人きりになるとアルバートは気まずい空気を感じざるを得なかった。そんなメアリーは見事なナイフ捌きで食材をあっという間に切り刻んでいく。アルバートは未だ彼女に名前すら呼ばれず、”モヤシ”呼ばわりの身。下手に話しかけようものなら機嫌を損なうかもしれないと思い黙々を石窯を組む事に徹しようとしたがその熟練さの手捌き、今彼女が醸し出す雰囲気につい目をやってしまう。
「ちょっと手が止まってるわよ」
「え? ああ、ごめん。………料理が好きなんだね」
「なんでそう思うの?」
「なんというか、とにかく楽しそうに感じるよ。表情も柔らかいし」
「………//////」
彼女自身、料理をしている自分が一体どういう風なのか考えた事もなく、ましてや誰かに言われた事もなかったからか耳を赤くし気恥ずかしさを感じているようだ。
「いいから早く石窯を組んじゃいなさい」
「分かった」
程なくして石窯が完成し食材の下ごしらえも済んだ頃、両手に枝を抱えていたレオンが霧の中から戻ってきた。
「持って来たぞ」
「ありがとう。大丈夫だった?」
「ああ、何も問題ない」
彼女は竈門の中に空気が通りやすくなるように枝を組み、懐から出した松毬に火を着け竈門の中に放り込むとみるみると火が大きくなる。油を敷いた鍋を竈門に置き十分に熱が回った所で先程切った野菜を放り込み、塩と何かの粉と入れた。
「何を入れたの?」
「ふふ~ん、メアリーさん調合の特性魔法パウダーよ。これがあるとないとじゃ雲泥の差なんだから。あ、あと何かお肉とか持ってない?」
「馬の干し肉ならあるぞ」
そう言ってレオンはシムの干し肉を差し出す。受け取ったメアリーはそれを鍋に放り込み蓋をした。
…………
「さぁ有り難く食べなさい!」
目の前に出された深底の食器には野菜と干し肉のスープが入っている。水を入れていないはずなのにスープが出来上がっている。野の水分だけの所謂無水スープと言う物か。湯気と共に上がって来る香りが食欲を掻き立て、アルバートは祈りを捧げ「頂きます」と言ったのちに口に運ぶ。その味に顔がほころび「美味しい」と発すると「当然でしょ」と鼻高らかに言うメアリーがいた。
「メアリーの”コレ”だけには頭が上がらないんだな、”コレ”だけには」
「レオン、アンタ食べなくて良いわよ」
…………
スープは全てなくなり、食後の休憩をする三人。暫くしているとメアリーはアルバートに話しかけた。
「さっき言った”あの子ら”って言うはね、この渓谷の番なのよ。侵入者を感知すれば惑わし、時には殺すわ」
「そうなのか。もしかしてその番がこの霧を作っているのかい?」
「その通り。あの子らのお陰で森の民の地は平和を維持出来ている。ただ厄介なのは踏み入れた者、全員を敵と見なす事だな。それに臆病で遠くから見ているから見つけにくい。目は良いんだが物忘れが激しいから俺とメアリーですら最初の内は敵と見なすはず」
「………という事は、これから戦うかもしれない?」
「その通りだ」
その時
”……オオオオオオオオオ……”
濃霧の中、どこからともなく低い唸り声の様な音が鳴る。
「来たよ! レオン!」
メアリーは瞬時に弓を構える!
「言った側からこれだ。アルバート! 剣を抜け! 今度はお前もやるぞ!」
アルバートも震えながら剣を引き抜き身構えた!
そして濃霧の中、ゆっくりと見えて来たのは巨大な鎌を持ち、上空を浮遊するボロボロのローブを身に纏ったまるで死神のような二体だった。
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