じゃじゃ馬
メアリーと呼ばれた彼女は濡れた前髪の奥、切れ長の目尻と紫色に光る瞳で二人を威嚇するように見下ろす。しかし自身の名を呼んだ男が誰かと分かる剥き出しの殺気は一変してなくなりズイっと身を前のめりにして大きく瞼を見開いた。
「レオンなの!? アンタ何でこんな所にいんのよ!?」
「久さしぶりだな。単刀直入だがババ様から伝書が届いたんだ、お前を連れすぐ帰るようにとな」
「ババ様から!? 分かった、すぐ支度する! んで、その金髪のヒョロヒョロのアンタは誰よ?」
怪訝そうなその言い草を放つ彼女を前にして腰を抜かし呆気に取られているアルバートはレオンが言っていた事を思い出し口が滑ってしまう。
「じゃじゃ馬………」
「!? 何だとコラァ!!」
「ああ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
余計な一言が彼女の逆鱗に触れた。鬼のような形相で睨みつけ今にも飛び降りてきて禁句を言った金髪のヒョロヒョロに襲い掛かってきそうだ。そんな状況下でレオンは慌てるどころか愉快に笑い出す。
「わははは、相変わらず元気だな。ところでそのままだと風邪引くんじゃないか?」
「ああ!?!? ………ん? ………! ああああああああああああああ!!!!」
彼女は忘れていた恥じらいを思い出すのであった。
………一時間後
「お待たせ」
茂みから出てきたメアリーはすっかり支度を済ませていた。皮であしらった茶色の丈の短いポンチョにスカート、自慢であろう黄緑の髪は後ろで上手く治められピンで留められていたが上に伸び残った毛先は正面から見ると草が生えているようだった。そして背中に背負った大弓と矢筒、道具袋に目がいく。
先程の失態で顔を真っ赤にし暴れ馬のごとく飛び跳ねていた姿はまるで無かったかのように澄ましており改めて見ると小綺麗な顔つきをしている。
「なに人の顔、じろじろ見てんのよ」
「あ、いや、その、すいません」
「因みにさっき言った事もっかい言ってみなさい。ぶっ殺すわよ」
「………はい、もう二度と言いません」
「てかアンタでしょ、変な事をこのモヤシに教え込んだのは?」
「んん? どうだったかな、記憶に無いなぁ」
「すっとぼけんな」
「モヤシ………」
「それで、ババ様はなんて?」
「詳しいことは分からない、とにかくお前を連れて直ぐに帰れとしか受けていないんだ」
「何で私の所には何も連絡よこさないのかしら」
「こんな森に居るからだろう。色々と見てきたが、こんな森じゃ鷹達も入りたくない」
「しょうがないじゃん、ここの調査任されちゃったんだし。皆嫌がってでの私なんだから褒めて欲しいくらいよ。まぁいいわ、緊急って事よね。直ぐ行きましょう。で、コイツは一体誰なのよ」
アルバートを指差しまたもやメアリーは不機嫌になる。
「アルバートだ。旅を共にしている」
「は、初めまして」
「それで改めて紹介する。森の民のメアリーだ。これが俺達が探していた人物」
「これって何よ、これって。にしてもほっっっそいわねー」
メアリーは両手を細い腰に当てながらアルバートを品定めするようにジロジロと見る。
「ふ〜ん、旅立つ時、私が付いていく事すら拒んだアンタがね〜。さっきはあんなへなちょこだったけどよっぽど腕がたつんでしょうね~」
「いや、とても弱い」
「はー? じゃあ何で一緒に旅してんの?」
「とある成り行きでな、それとまるで飼い犬のような一面があって暇にならないんだ」
「何馬鹿言ってんだか。まぁアンタの事だから何かしらの目論見があると思うけど。ん? だけどちょっと待って、コイツは里に連れて行かないよね?」
「もちろん連れて行くに決まっているだろ」
それを聞いたメアリーは驚き、問い詰める。
「アンタ自分が何言ってるのか分かってる!? 私達の、”森の民の地”に行くんでしょ! こんな見ず知らずの、ましてや外の人間なんて連れていける訳ないじゃん!」
あたふたするアルバートの事などお構いなしにメアリーは声を荒げる。対してレオンは両腕を組み何か考えているようだ。
「アルバート、少しここで待っていてくれ」
そう言ってレオンはメアリーを連れアルバートから距離を取りその場で話し込む。その距離からアルバートには何を話しているのか聞こえなかったが、メアリーは驚きの表情をしている事だけは分かった。そして数分後、悩んだ彼女が首を縦に振った後二人は戻ってくると彼女は告げた。
「アンタが同行する事、今回は特別に許可するわ」
到底納得出来ていないのは手に取るように分かる表情だ。一体あの数分の間でレオンにどう説得され、どう心変わりがあったのか知る由はない。まさか自分が森の民の地に踏み込む事になるとは信じられないと思うアルバートは呆気に取られたままだった。
「まぁ、そう言う事だ」
「僕には、何が何だか」
「言っておくけど、別について来なくてもいいのよ」
そう言い捨てて彼女は先に森の中を一人歩き出す。
「一体どうやって彼女を説得したんだい?」
「色々な魔法の言葉を使ったんだよ。まぁ、アイツの言う通りここで別れてもいいがな」
「い、行くよ」
二人が未だその場に止まっていると森の奥から「何やってんの!! 早くしなさいよ!!」と彼女の声が響き急ぎ二人は彼女の後を追った。
メアリーを先頭に森を行くと進む距離の捗り方は今までの比ではなかった。彼女をはじめ森の民は森の声を聞く事が出来らしい。その声は道導となり、時に危機を教えてくれるのだと言う。そうした彼女の力のお陰か、その行く先、身を危険に晒す事なく森を進めたのであった。だが行く速度も増した分、アルバートの体力もどんどんと削られていくのであった。また先程の湖にて、メアリーが息を吹きかけ放った三つの軌道の正体は木の葉であり彼女達は木々の力を使い攻撃を、防御を仕掛ける事も出来ると言う。
「はぁ、はぁ、はぁ、ちょ、ちょっと待って………」
「だらしないわねー。そんなんで今の今までよく生きてこられたこと」
「そう言うな、ところでこの森について何か掴めたか?」
「何も。ただ異変が起きている事だけは確かね。アンタ達も見て来たんでしょう? この世の物とは思えないそれを。そして森はとても怯えている。今はそれだけしか分からない」
「そうか。まぁ十中八九呼び出されたのはそれと関係があるんだろうな」
「厄介事になりそうなのは間違いなさそうね。それはそうと良かったわねヒョロヒョロ! さぁ! 森を抜けるわよ!」
不穏な空気が漂う中でそれはあっと言う間だった。彼らが行く前方、木々の間より光が広がる。
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