樹海の捕食者
「う、うわあああああああ!」
堪らず叫び声を上げてしまうと、無数の目が一斉に視線をアルバートへ向ける。“バサバサ!”と音を立てながら幹を揺らし葉の中に隠していた枝のように細長く、鋭い、脚のような物で襲い掛かってくるとアルバートは反応出来ていない。もうダメかと思われたが先に動き出していたレオンが目にも止まらぬ速さでアルバートの腹を担ぎ上げ間一髪の所で難を逃れる。その際にレオンの腰にぶら下げている道具袋のベルトが鋭い脚に切断されてしまい落下した袋の中身が地面に散らばりそれを見たレオンは舌打ちをした。
一方、獲物を逃し地面に突き刺さったその脚は抜け出そうと激しく暴れる。周囲の木々をなぎ倒しながら徐々に姿を現したのは巨大な蜘蛛。太い根本から先にかけて細ながくなっていき黒く光る鋭い八本の脚、頭胸部には二人喰らいたさに大きく口を開けながら、丸々と大きく赤と茶が大理石調に混ざり合い禍々しい色をした腹部の点在する無数の目がグリグリと動く。この巨大蜘蛛は自身に糸を巻き付け木片、葉など纏い一本の木と見せかけ、獲物をおびき寄せ捕食しているのだろう。
「動けるなら俺の指示に従え! 出来ないなら後ろに隠れていろ!」
レオンは状況を整理、既に剣を引き抜き臨戦体制に入っていたがアルバートは相変わらずの混乱状態でどうしたら良いか分からずにいた。それを見たレオンは堪らず声を張り上げる。
「タルトスの時にようにまた怖気づいているだけか!?」
それを聞いたアルバートは心境の変化があったのか、意を決したようでアルバートは未だ粘着物が取れない右手をカタカタと震わせて剣の柄に掛けようとした。
「や、やるよ! 僕も戦う!」
「その意気だ。だが剣は抜かなくともいいぞ。合図したら走り回って辺りに散らばっている俺の道具の中から掌に乗る程の白い丸い玉を探せ。………倒せるなら倒しておくが一旦は奴を俺が引き付ける。良いな」
「わ、分かった」
アルバートの手は柄と鞘から離れていきレオンの合図を待つ。蜘蛛は無数の目を依然グリグリと四方八方に忙しなく動かす中、レオンはジリジリと足を引きながら機会を見て右に走り出した! それに蜘蛛も即座に反応する!
「今だ! 行け!」
アルバートも駆け出した! 言った通り、蜘蛛はレオンに標準を合わせ追っていき離れていくのを見て一瞬安堵したようだが彼にそんな暇などない。散らばった道具の範囲に這いつくばり必死に目当ての物を探すが薄暗い視界の上、でこぼこと隆起している地形のせいで手間取っているようだ。また焦りからか、何か液体の入った小瓶、やら包帯やら関係ない物ばかり手に取ってしまっている。
(だ、大丈夫、落ち着け、落ち着け………!)
強張る表情のまま自身に言い聞かせるアルバートの一方でレオンは足場の悪い地形を上手く飛びながら蜘蛛を誘導する。そして十分に遠のいたのを確認するとその場で立ち止まり距離を取りつつ出方を窺っていると興奮状態の蜘蛛は脚を高くに掲げレオンに襲いかかる。
「ほら来たぞ! 早くしてくれよアルバート!」
「ちょ、ちょっと待って!」
蜘蛛の猛襲に遭いながらレオンは剣で受け流しその攻撃を捌く。その脚はとてつもなく硬いようで剣と衝突する度に”ガギンッ!ガギンッ!”と鈍い音を立てまるで金属を叩いているようだ。硬く防御を崩さず機会を伺うレオンに対して蜘蛛の右脚一本が心臓目掛け突き刺そうと素早く伸びてくるとレオンは冷静にその軌道を見極め水が流れるように右へ体を逸らし右手の剣を下から上へ払い上げる! その半円の軌跡は脚の柔らかいであろう節目を確実な捉え切断し”ドシン!”と足が地面に置き去りされると蜘蛛は「ギギギ!」と顎を鳴らしながら体を崩した。下腹部へ滑り込み後ろを取ったレオンは腹部へ斬りかかる為に両手で剣を掲げ、振り下ろそうとした瞬間、無数の目がレオンに焦点を合わせ糸疣から”びゅっ!!”っと糸を吐き出す!
「くっ!」
間一髪、上体を後ろに反り回避したレオンは後方に距離を置く。八本の脚を忙しなく動かし近くの木に登った蜘蛛は周辺の木々に糸を張り巡らせ巣を形成すると上空から吐き出し続けられる糸をレオンは回避する他なかった。局面が変わった事に焦りを増したアルバートだったが一向に目的の物を見つける事が出来ない。
「なかなかに厄介だな! アルバート! まだか!」
「分かってる、分かってるけど! ………あ!」
アルバートに前方にある木の根の影に何やら白い物体。立つのも忘れ這いつくばりながら移動し手に取る。
「あった、あったぞ! レオン! ほら見つけたぞ!」
白い球を左手に掲げ、右手を振り叫び合図すると反応した蜘蛛はアルバートに目を向け巣から飛び降り地上に足をつけた瞬間、糸を吐き出した。その速度に又しても反応できなかったアルバートの両手首に纏わり付き、発射速度そのままの勢いに負け、後方の木に叩きつけられる。
「うっ!! ………!? う、動けない」
アルバートの両手に巻きついた糸が木に粘着し離れず、両足が宙に浮く。ジタバタと動き、脱出を試みるが藻掻けば藻掻くほどに糸が粘着する。それでも辛うじて白い玉は手放さずにいた。
「全くどんくさい奴だな!」
レオンは助けにアルバートの下へ駆け出すが蜘蛛が行手を阻もうと素早く彼の進路を塞いだ。そしてレオン目掛けてその巨体で突進してくる。
“ガギン!!!!!”
一番の衝突音が森に響き渡った。レオンは何とか剣で持ち堪えるもののどんどんと後ろに押されていき、遂にレオンも後方の木に背中が付いてしまった。
「レオン!!」
顎を「カチッカチッ!」と鳴らしながら巨大な口を開け唾液を垂らし、今にも捕食されようと危機が迫る中、レオンはアルバートに叫んだ。
「紐は掴めるか!?」
「紐?!」
「その玉に紐がついているだろう! それを掴め!」
拘束されている左手が掴んでいる白い玉を見てみると小さくだが紐が付いているのを確認した。その紐を掴もうと試みたが右手と左手の距離が遠く指先が触れるだけだった。
「くっ………! だめだ! 掴めない!」
「何が何でも掴め! 出来なければ死ぬぞ!」
もう一度歯を食いしばり、持てる力を注ぐ! レオンに襲いかかる口が彼の触れようとするその時、右手の人差し指と中指で紐を掴んだ!
「つ、掴んだぞ!」
「目を瞑んだ後、力一杯引き抜け!!」
言われた通りに目を瞑り渾身の力でその紐を引き抜いた! すると陽光すら届かない森は、とてつもなく強い光によって一瞬にして白の世界と姿を変える。視界白一色の世界の中で蜘蛛が「ギギギギギ!」と鳴き苦しむ。
「もう目蓋を開いていいぞ」
そう言われたアルバートはゆっくりと目蓋を開けるが眩しさのあまり瞼を上げるのに苦労する。段々と視覚が回復し世界が戻ってくるとあの蜘蛛は巨大な下腹を天に向け開いていた無数の目は全て閉じられ踠き苦しんでいた。
「よくやったぞ、アルバート」
レオンは蜘蛛の腹の前まで行き、逆手に剣を持ちかえ両手でその腹を深く突き刺す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます