無数の目
ありつけそうであった屋根付きの寝床をお預けし、現在二人は村から一日をかけて辿り着いた“イコル”と呼ばれる森の深くを進む。先日のタルトスで討伐隊が進行した森より更に暗く獣道すらない悪路に疲弊するアルバートが「何故こんな所を行くのか?」と尋ねると「”この森の守護を担っている一人の森の民と合流しろ”とも手紙に書いてあったから仕方がないんだ」とレオンは答えた。
そうして丸二日、その人物を求め森の中を彷徨っている。
「だいぶ遅れも取らず付いて来れるようになったな。………相変わらずの体力みたいだが」
「はぁはぁ………数日間程度で備わる体力なら誰も苦労はしないよ。それであとどの位行けばその人物に会えるんだ?」
「うむ…………分からん」
「わ、分からん?」
「もうそろそろ会えるとは思うんだが」
「…………!? 今まで何の当てもなくこの森を進んできたのか!?」
「そういう事になるな、まぁその内出てくるだろ」
「そんな事言ってこのまま見つからなかったらどうするんだ!?」
「いちいち騒ぐなよ、疲れるだけだぞ」
「信じられない、一体どういう神経をしているんだ…………第一、その森の民は一人でこんな場所にいて大丈夫なのか? 」
「別にこういった事は珍しくない。それに言っただろう、そいつはじゃじゃ馬だって。へっちゃらだよ」
お気楽調子なレオンの一方で呆れた表情のアルバートは汗を拭い針の先程の小さな日の光しか見えない天を見上げ放心する。
「………アルバート、身を低くして息を殺せ…………」
突然、レオンが小さく警告した。先程の緩んだ感じから瞬時に臨戦態勢に切り替えったレオンの様子にアルバートも事態を察知する。忍び足で周りに注意しながら左手を動かし指示するレオンに従いアルバートは物陰に隠れた。じっとする事数秒、遠くで微かに木の葉が”カサカサ”と擦れあう。その時はまだ視界に変化を捕える事が出来なかった二人だったが次第に大きくなり近づいてくる音に警戒を強めていったその時
”ザザー!”
どこかで大きな音を立った。その正体は確認できず脈が速くなり不意に呼吸が荒くなったアルバートは口元を両手で覆いながら息を殺す。一方のレオンは冷静沈着で自身の気配を消し状況を確認していた。場の緊迫とは裏腹に暫くしても何かが起こる気配がない。音の主は姿を現さず、ただただ時間が過ぎていった。
それから静寂が戻り音の主がどこか遠くへ行った思い込んだのか、アルバートは口元から手を離し話しかけようとした瞬間、レオンの手によってその口はまた塞がれたと同時に多数の葉がヒラヒラと目の前に落ちてくる。解せない様子のアルバートに対してレオンは人差し指を自分の唇の前に置いた次に頭上を指差す。大樹の高い所、太い枝に何か大きな影が一つ。見た事もない巨大な猿のような生物で薄暗く光る赤い目が二人をじっと見下ろしている。アルバートは静かに驚愕しつつ数十分の間、耐え凌ぐ事となった。
…………
「…………行ったな。もう大丈夫だろう」
「…………! っはぁはぁ!! 一体あれは何なんだ!?」
「あれは…………猿じゃないか?」
「猿!? あんな大きな猿がこの世界にいてたまるか!」
「じゃあ何だと思う?」
「そ、それは、分からないけど」
「俺達が知っているこの世界の事なんて砂粒一つあるか、ないかだろう。そのくらい俺達は世界の事を知らないんだよ」
不覚にも納得したのかアルバートは言い返す事はなかった。
「それにタルトスにいたあの花の化け物もどう説明して良いやら。世界に何らかの異変が起きているのかもな」
「…………ひょっとすると黒い影も」
「…………何か言ったか?」
「い、いや何もないよ」
「まぁ考えても仕方ないな。ここから先はもっと変なのがいるだろう。慎重に行くぞ」
「やっぱり行くしかないのか…………」
臆する事無くかつ注意を欠かさない様子で再び歩き始めたレオンの後ろを更に消極的になったアルバートが追う。
…………
進むにつれて巣食う獣も昆虫も表現をするのが難しい異様の形になっていき人間が住まう世界とは思えなってきた。それらに気配を悟られないよう細心の注意を払う中、未だ二人に危険な場面はない。
「だいぶ潜って来たな。少し、休憩するか」
「はぁはぁ…………助かるよ」
その提案に安堵し横に立っていた大木にアルバートは右手を掛ける。しかしそれは仇となった。
”ベチャ”
普段触りなれない気持ち悪い感覚から体がビクッと反応しすぐに手を離そうとしたが中々離れずアルバートは苦戦を強いられる。
「っく! 離れろ…………! ぐわ! …………いたた」
渾身の力を込め引き剥がす事に成功したが勢いで後ろに尻餅をついた。体を起こしてから掌を確認してみるとベタベタと粘着力の強い糸のような物がベットリと付いており顔をしかめた。
「な、何だこれ………気持ち悪い」
「アルバート! こっちに来い!」
レオンが叫ぶ! ただ事ではないと感じ取ったアルバートは慌てて彼の下に走り出そうとした時、先ほど手を掛けた大木が少し動いた事に気が付いたアルバートがそちらを見ると大小無数の瞳がそこにはあった。
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