断罪にて血に染まる

 深緑の髪の男が現れ事態を収めてからおよそ一時間、気分を悪くしたアルバートは座り込み、視界を、意識を遮断しようとしていた。しかし漂ってくる血生臭く、湿った生々しい空気がそうさせてくれない。

 頭を掻きむしり、現実から逃れようとするが、ここが真実だ。

 

 「…………いつまでもこのままで良いはずがない」


 ボソッと呟くと気を奮い立たせ依然として広がる地獄絵図に口元を抑えながらも死者の弔う為に立ち上がる。


 ……………


 落ちていた剣で地面を掘り誰の物かも分からない部位を入れ土をかける事を繰り返していると、両手の爪の間には土が入り込み、掌はボロボロになった。

 数時間経った最後、上半身だけとなった友を送る。


「………さよなら、ディーフ」

 

 別れを告げ土を掛け始めると徐々に彼の体は飲まれ消えていく。完全に姿が消える一歩手前、枯れたその目が合うと気持ちが悪くなり吐き気を覚え口元を抑える。

 一方、深緑の髪の男は事の終わりまで無言のまま見届けていた。


「ごめん、助けられなくて本当にごめん、ディーフ………連れて帰ってあげられなくてごめん、イーリ………」

「気は済んだか?」

「………はい」

「そうか、だったらいつまでもここにいる必要はない。行くぞ」


 間違いない、あの酒場で警告を発したその声だ。アルバートは動き出した男の後をフラフラと付いていく。鉄格子付近に差し掛かると胸を深く切りつけられている側近の死体が転がっていた。きっと男によるものに違いない。そして元凶である領主もまた倒れているが息がある。


「生きている」

「大人しくさせる為に少しばかり切っておいたが致命傷じゃない」

「どうして、一人だけ殺さなかったんですか」

「これが俺の仕事だからな」


 すると男は領主の手足を縛り上げ肩に担いだ。


「連れ帰るんですか?」

「言っただろ、これが俺の仕事なんだ」

「一体どういう


 問いかけ終わる事もなく、男は進んでいってしまうので仕方なく後を追う事にした。

 行きは果てしなく続くような気がした道も帰りはあっという間だ。既に外が近いようで先に小さな光を見る。次第に大きくなっていくその光を追いかけ、遂に外の世界へ戻って来た。勿論、日が出ているかさえ分からない暗い森あったがでは先程の暗闇から比較すると眩しいくらいで目を覆った。数時間前までは討伐隊で溢れたここも今となってはたったの3人。


(……また一人、僕は生き残ってしまったんだ)


 救われ生きながらえた命ではあったが今の自分の状況と過去の出来事から自責の念を重ねアルバートは全く気分を晴らす事が出来なかった。そんな気持ちとはつゆ知らず、男は停めていた馬の上に領主を放り込むと森の中を早々に進み始める。


 ………

 

 どれだけ歩いただろうか、長い道のりもさる事ながら男の進行速度が速く、アルバートは着いていくのが精一杯で体が悲鳴を上げている。そんな様子を察してか男は止まった。


「そろそろお前は限界みたいだな。それに夜が来る。ここで野営をするぞ」


 ………


 漆黒が辺りを包む中、焚火が明かりを灯す。その炎を中央に対面して腰を下ろすアルバートと深緑の髪の男。


「今更だけど助けてくれてありがとう」

「気にするな、アンタはたまたま運が良かっただけだろう」

「運が良かった? 嘘をついているんじゃないか? …………貴方だろう、演説広場で僕を見ていたのは。そして酒場で僕にだけ警告したのは。僕に対して何か思惑があるんじゃないか?」

「…………所々身に着けている高価な物、恩を売っておけば今後でかい見返りがあるんじゃないかないかと思ってな」

「そうしたいのも山々だけど期待しているような見返りなんて僕には出来ないよ」

「そりゃ残念だ。それじゃあ殺して身に着けている物をはぎ取ってオサラバしようかね」

「っ!!」


 アルバートは咄嗟に剣に手を置いた。


「ははは、悪かった、冗談だよ。剣から手を離してくれ。この土地に見慣れない風貌だから気になったこと更に見るからに貧弱そうなもんだから哀れに感じて忠告した。そういう事だよ。それと…………」

「それと?」

「?? どういう事だ?」


 アルバートには意味が分からず腑に落ちない顔をした。


「まぁ細かい事は気にするな。話は戻るがあの監禁された状況、俺が助けに行く前に死ぬ機会なんて何度もあったはずだ。言った通りアンタは運が良かった。それだけだ」

「…………確かに言われればそうだけど」

「それより何で義勇兵なんて志願したんだ。まさか本気で戦果を上げようだなんて思っていたのか?」

「そんな事は思っていない。…………彼が無理をせず、生きて戻るように見守る為に志願したんだ」

「彼? 最後にアンタが送り届けた亡骸か?」

「ああ。…………けど、死なせてしまった。結局僕は何も出来ずにまた一人生きながらえてしまった。イーリになんて言えばいいんだ」

「それは気の毒にな。だがそんなに自分を責めるなよ。アンタは友を奮い立たせた後に二人で生き延びようと必死だったじゃないか」

「…………ちょっと待ってくれ。始めから見ていたのか? 閉じ込められ沢山の人が死んでいったあの悲惨な状況を」

「勿論だ」


 それを聞いたアルバートは怒りを男に向けるのは違うと思っていながらも感情を抑える事が出来なかった。


「なんで………… なんでもっと早く助けてくれなかったんだ!? 貴方はあんなに強かったのに! もっと早く行動していたら死なずに済んだ命もあったはずだ!!」

「あの状況、機会は図る。考えもなしに飛び込むなんて無駄死にの他ならないぞ。多くの命が犠牲になったが、そのお陰で化け物の行動、習性が分かった。そして散っていった命の上でアンタは幸運にも生き残ったんだよ」


 返す言葉が見つからず、アルバートは自分の無力さを実感し再び腰を下ろした。 


「言いたい事は分かる。………色々疲れたろ、もう寝たほうがいい」

「………最後に貴方の一体何者なんだ?」

「………俺はレオン。ただの旅する賞金稼ぎさ」

「レオン………」


 その会話を最後、アルバートは強い睡魔に襲われ眠りに着いた。


 ………


 翌日、朝を迎えると再びタルトスへ向け森を歩き出す。昨晩の事からどことなく思い雰囲気が漂い二人は無言のままだ。十分な睡眠は取れたアルバートは幾許か体力は回復出来ていたが身体中は打撲、切り傷、擦り傷が多くあり思うように体を動かせない。一方、前を行くレオンには昨日負った様な傷は一つもなく悪路にも関わらず馬を連れながらも軽やかに行く姿は賞金稼ぎとして旅をしてきた多くの経験があると伺える。

 

 そして太陽が一番高い場所にある頃に森を抜けた。


「よし、日が落ちるまでにはタルトスには着くだろうな」


 確認を取るレオンに対してアルバートは息を荒げ、膝に両手を当て下を向いている体勢の中、二、三回、頭を縦に振るしか返答が出来なかった。数十秒後、息が整ったのを確認すると何も言わずレオンは草原を進み出す。

 それからタルトスまでもう少しの距離で馬の上に横たわるが何やらモゾモゾし始め意識を戻した。


「うう……!!? な、なんだ!? ここはどこだ? どうなっているんだ!?  何故拘束されている!?」

「やっと目を覚ましたか。元気そうで何よりだ」

「誰だ、貴様!? ………痛!? 血、血が出ている!? お前か!? お前がやったのか!! こんな事をしてただで済むと思うな! 今すぐこの拘束を解け!」

「それは無理だな。このままタルトスに戻る。まぁアンタがまだ偉大ななる領主様としてタルトス全体から信頼されているのであれば俺を何処へでも差し向けて煮るなり焼くなり好きにすれば良いさ」

「ど、どういう事だ!?」

「もうタルトスにはアンタがやってきた事は知れ渡っているんだよ」

「な、何だと!?」


 馬上から放つ領主の罵声はレオンに浴びせ止まる事は無く自身が傷ついているのも忘れ、傷が開き流れた血は馬の背中から後脚に伝って小さな血の川を作っていた。その状況に馬はどこと無く迷惑そうな表情をしている。

 進み続け西に大きな夕日が輝き前方にタルトスが見える頃、疲れ果てたのか領主は物静かになっていた。


「私はこれからどうなるのだ………」

「さぁな。俺が知る由もない」


 既に目の前はタルトスの検問所。だが、門兵は居らず、何やらいつもの雰囲気とは違い領主もそれを感じたのか表情が硬い。

 進むにつれて空気が重くなっていき中央広場に到着すると難民を含む多くのタルトスの民衆が集結していた。レオンは馬を止め領主を下ろし両足をズルズルと引き摺り彼らの前へ差し出すと自身を見下ろす多くの静かな瞳に領主は恐怖を感じた。


「た、助けてくれ! この不届き者に訳も分からずに拘束されこんな目にあっている! 今すぐにそこの二人を捕らえるんだ!」


 それに対して反応を示さない民衆。すると一人の難民の青年が問いかける。


「領主様、今回の成果は如何でしたか?」

「せ、成果? あ、ああ、つ、遂に悲願を達成した! 化け物は死に、怯える日々は終わったのだ!」

「討伐隊はどうしたのですか。そちらの二人しか見えないのですが」

「そ、それは………本当に面目ない!! 激闘の末、そこの二名以外は全員命を落とした。 しかし、その最後の姿は実に勇敢な-

「もういい!!」


 それを皮切りに民衆の感情が積を切ったかのように爆発し怒号、悲鳴が溢れかえる。


「ずっと俺達を騙しやがって!! 楽に死ねると思うな!!」

「返して!! あの人を返してよ!!」

「ま、待ってくれ! 一体どうしたんだと言うんだ!? まるで私が殺した様な言い草ではないか!?」

「お前が化け物討伐と銘じて難民やタルトスの住民を騙して餌にして殺したんだろ!!」

「そ、そんな証拠が何処にあるんだ?!」


 激しい怒号の最中、一人の中年の男が民衆の波をかき分け領主の前に姿を現す。地べたで芋虫のように這いつくばる領主を見下しなが一つの包みを取り出し中身を領主の目の前に放り投げる。ゴロゴロと地面を転がって止まったのは人の生首。それを見た領主の顔は一気に青ざめた。


「この使用人は今までの悪事を全て吐露したぞ! これまで貴様に弄ばれ無残にも散っていった命達の償い、今ここで果たしてもらう!!」

「殺す! こいつは殺す!」

「絶対に許さない!」


 怒りが増大していく最中、先程生首を投げた男がレオンに近寄り一つ袋を手渡した。

 

「良くやってくれた。これが今回の報酬だ。依頼内容から逸脱してしまった事もあり多くしてある」


 レオンは差し出された袋の中身を確認すると納得したのか、何も言わず懐にしまうと荷物を馬に積み直し旅立つ準備を始めた。怒号が鳴り響き、もう歯止めは効かない状況で領主は命乞いをはじめる。


「ま、待ってくれ! 諸君らを騙し多くの命を奪ってしまった事は本当にすまなかった! しかし私はこのタルトスと民を守る為には仕方なかったんだ!」

「仕方なかっただぁ!? だったら人の道ですら外れても良いのかよ!? お前一人のせいでどれだけの犠牲が生まれたと思う!?」

「なら、今日までのタルトスがこれほどまで発展したのは誰の功績だと思う!? かつて力弱いこの地を数々の諸国からこの街を守り抜き、茶葉を以って経済を発展させていたのは私の手腕あったからこそでは無いのか!? そうだ私の力だ! 私を今、この場で亡くす事はすなわち諸君らのタルトスの破滅も意味するのだぞ!!」


 必死な領主の説得に思う事もあるのか、民衆は少しばかりたじろぐ。その状況に突破口を見出したのか領主の顔は緩み始めた。その状況には目もくれずレオンは支度を進め、アルバートは困惑する。


「俺はもうここからオサラバする。アンタはどうする?」

「ぼ、僕は………イーリの所へ行かないと

 

 言いかけた時、アルバートは大きく目を見開いた。群衆の波から一人の少女がフラフラと現れ領主の前で止まる。


 「イーリ………」


 不思議と場静まり返ったその場で俯いたままの彼女は領主を見下ろす。


「た、頼む! もう一度私に機会を与えて欲しい!! 償いはする! これからは誠実に職務を全うし茶葉など無くともこの街の発展に尽力する!! 勿論、君達難民も受け入れ安定した生活を提供出来る事を約束したい!!」


「………を………を」


「な、何と言っているんだ………?」


 ボソボソと話していたイーリは顔を上げる。何処を見ているか分からない虚な目、涎を垂れ流し、口元にはブクブクと泡を溜めている。その姿は怒りと悲しみを通り越して壊れてしまったのか、もしくのようで、以前の彼女とは思えない様子だ。


「神の裁きを」


「………え」


 次の瞬間イーリは隠し持っていたナイフを大きく振りかぶり領主の背中に深く突き刺した。


「ぎゃあああああああああ!!!!」


 鮮血が吹き出しそれを浴びながら尚もイーリがナイフを振り落とし続ける刹那、イーリの目線が殺害対象から外れアルバートの目と合う。

 重なった視線上、彼女はアルバートに向けて一瞬"ニタァ"と不気味な笑顔を作る。それを見てしまったアルバートは背筋が凍りつく。彼女の目が先に逸れ再び殺害対象に目線を戻し激しくナイフを振り落とし続けると声をなくしていた民衆も他我が外れ、その肉塊を取り囲み暴行を加え血を浴び始めた。その光景を放心状態で見つめていたアルバートの肩にレオンは"ポン"と無言で手を置いた後、街の外の方向に向かって歩き始める。アルバートは心が強く痛んだが深緑の長髪の後姿を追いタルトスを離れていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る