グラン・ギニョール

「ギャアアアアアアアアア!!!」

「……何だよ。あれ……」


 討伐隊は混乱を通り越し天を見上げ、悲鳴にも似た雄叫びを続ける化け物を呆然と見つめている突然線のような物が化け物から地上に向かって素早く伸びてきたかと思えば、どこかで「ギャッ!」っと短い悲鳴と共に黒い影を連れて再びその線は化け物の方へ戻っていく。


 ”ばたばたばた!!”


 再び雨のように突如降ってきたそれは身を焼く先程の溶解液とは違う。一人が頬に付いたその一滴を震える指に取り恐る恐る確認すると紛れもなく人の血であった。

 先程引き上げられた黒い影が動きを止めるとそれは絶命した一人の隊員であった。化け物から伸びたツタが腹部を内蔵が潰されるほどに締め付けられ口から夥しい血を流し地上に垂らし、何とも無残な姿であった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 余りにも現実味を帯びないその状況に誰かが叫ぶと場は大混乱し出口を求めて隊は崩壊した。我先にと格子に遮られた出口に隊員がごった返し格子を破壊を試みるがびくともしない。


「頼む! ここから出してくれ! 早く! 早く!」

「領主様! 何故こんな事をするんだ!?」


 その恐怖と絶望する姿を格子越しに見た領主は興奮を抑えらずに両手を叩きながら声を荒げる。


「何をやっているんだ! ほら! ほら! 早く戦わないか! 憎っくき化け物が目の前にいるんだぞ! 名声が欲しいんだろう!? 金が欲しいんだろ!? 先日の勢いはどうした!? さぁさぁ魂を燃やさんか!」


 タルトスにおけるあの凛としていた領主の姿はそこにはなく悪魔のような本性を曝け出し眼をギンと見開らく。”バンバン!”と激しさを増すその手拍子に討伐隊は更に絶望に叩き落されるその間、化け物からの攻撃はなく先程引き上げた亡骸をバリバリと音を立てて捕食していた。


「俺達を騙したのか!?」

「あ、あんな想像さえしなかった化け物がいるなんて思いもしなかった! 勝てるわけないじゃないか! お前あれがどんな物か分かっていたんだろう!? 分かっていてここまで連れてきたんだろう!?」

「今までの討伐隊も同じように騙して全員殺したのか!!?」


 止まないその絶叫の中で領主はピタッと手拍子を止め格子に食らいつき力づくで破壊しようとする大勢を左から右に流し見する。


「私はタルトスの繁栄、平和を守る為に来る日も来る日も尽力してきた。確かに数多くの尊き命が失われていった。だが彼らの死は決して無駄ではない。確実にタルトスの礎となったのだ」


「もういい!! 早くここを開けろ!! 嘘つき野郎が!!」

「何を言っているか私は嘘などついてはいないぞ。別にこの化け物を

「何ふざけた事を言ってやがる! この人殺しがぁ!!」


 更に怒りを増す目の前の討伐隊に対して領主が不気味な笑顔を作り語り始める。


「ここまで無理矢理に諸君らを連れてきた訳でもなく、むしろ進んでこの地に踏み入れて来たと私は考えている。さぞかし勇敢なる姿を期待したのだが…………これも仕方がない事であろう。ああ、そう言えば、言い忘れていた事があった。本当に申し訳ない。………我らがタルトスの名産の茶葉、どこで摘み取っている物か知っているかね?」

「知るわけねぇだろうが!! 早く出せ!」

「…………あの茶葉はそこにいる化け物から落ちた葉なのだよ」


 それを聞いた討伐隊は理解が追い付かず思考が停止した。


「………な、何を言っているんだ、どういう事なんだ」

「今でも初めてこの場所を来た時の事を覚えている。以来何度もここを訪れこの花の化け物の姿に魅了され続けている。ある時、大量に落としていた葉を興味本位で持ち帰った。何を思ったか葉を煎じ出来た紅茶を作ってみると今まで飲んできた物とは比べ物にならない程に見事な味だった。それから沢山の葉を落とさせる為にあらゆる物を与えてきた。牛、豚、鳥。そのどれも申し分なく甲乙つけ難くであったよ。そのどれもが高く売れ街の外へと運ばれていった。しかしながら困った事にこやつは大食らい。喰った分だけ葉を落としくれるなら良いがその数はまちまちだ。街の家畜を全て注ぎ込む事は出来ず頭を悩ませていた所でピンと思いついた。いるではないか、


 怒号を忘れ領主の話を震えながら聞く討伐隊の中でディーフが呟いた。


「だとすると、親父は、兄貴は」


 領主は抑えていた感情を爆発させて言い放った。

 

「覚えていないだろうか!? 過去、討伐を行った後日には大量の茶葉が高額で出荷された事を!? 先にも言ったよな!? !!!  ぎゃははははは!!!!!」


 悪魔のような笑い声が轟く。


「う、うわあああああ!!!」

「た、助けて! 頼む! 助けてくれ!!」


 誰もがこの最悪の状況を理解し悲鳴が上がると同時に花の化け物が一人食べ終わったようだ。しかしながらその腹は未だ満たされておらず、溶解液を垂れ流し、無数のツタを地上の獲物目掛けて伸ばす。再び始まった地獄にまるで蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ惑う人の荒波の中で放心状態のディーフは剣を落とし、その場に膝を着いた。


「ディーフ! しっかりしてくれ!」


 アルバートが肩を揺すり意識を引き戻そうとするがディーフに反応がない。その間にも多くの叫ぶ声が鳴り響く。


 「うわあああ!? い、嫌だ!! 助けて!? ぶっ!?!!」


 アルバートはディーフを激しく揺さぶり、空中で血飛沫をまき散らしながら引き上げられ響く大勢の断末魔の中で死の恐怖を感じていた。


(いやだ! 死にたくない! 死にたくない!)


 花の化け物は大きく口を開き、人間を"バキバキッ!"と音を立てて食らい続ける。


「し、死にたくない!!!」

「頼む! ここから出してくれ!!」


 一人、また一人逃げ惑う者が蔦に引き上げられ捕食され溶解液と血の雨が降る中、花の化け物の腹はみるみると肥大していった。


「ディーフ! ディーフ! 頼む! 頼むよ!  ………っ! イーリの所まで帰るんだろ!」


 アルバートが咄嗟に放った"イーリ"の名前にディーフの体がぴくっと反応する。


「イーリ………。そうだ、帰らなきゃ…… イーリの所へ」

「そうだ! 一緒に帰るんだ!」

「…………ああ、そうだ。何としてでも生きて帰るんだ! 行くぞ! アルバート!」


 我に返ったディーフの目に光を取り戻し再び剣を取ると二人は溶解液と血の雨をの中を搔い潜り伸びてくる蔦を切り払いながら鉄格子付近へと走った。


「っつ! 鉄格子付近に何か仕掛けはないか!? アルバート!」


 ディーフがツタの猛襲を防いでいる一方でアルバートは岩壁を触って確かめるが仕掛けのような物は見つかりはしない。


「だめだ! 何も見つからない!」

「そんな細工などするはずないだろう! ほらほら抗え!」


 領主の言葉には耳も貸さず二人は必ずあると信じ岩壁に沿って二人はその攻撃を躱し防ぎつつ何かを探るがただただゴツゴツとした何の変哲もない岩肌が続き気が付くとその場を一周する。


「ちくしょう! 本当にどうする事も出来ないのかよ!?」

「諦めちゃだめだ!」

「諦めちゃいねぇよ! …………こうなりゃもう戦うしかない」

「な、何を言っているんだ!? とても正気とは思えない! あんな化け物に勝てると思っているのか!?」

「やってみなくちゃ分からないだろうが!?」

「いや! 手に取るよう結末が見える! 見ろ! この惨劇を!」


 生き残る者は二人を含めて十人足らずで同じように壁に背中を押し当てガタガタと身を震わせ恐怖に耐えているが無情にも一人、また一人と蔦に引き上げられて行っては断末魔を轟かせる。空間中央には既に池ほどの大きな血だまり生まれていてそれを目にしてディーフもたじたじになる。

 

「じゃあこのままジリ貧で大人しく食われろってか!?」

「そ、それは」

「俺はご免だね! それに! あいつは俺の、俺達の仇なんだよ!!」


 その憎しみを入り混じった強い眼光にアルバートは押された。その最中、口論に反応した化け物は数本に撚り上げ集合した蔦を彼ら目掛けて伸ばす。


「っ! 危ねぇ!!」


 間一髪の所、ディーフがアルバートを思い切り突き飛ばした瞬間、”ドーン!!”と轟音と共に太い幹のようになっていた蔦は岩壁に突き刺さった。


「ディーフ!!」


 土煙を上げているせいでアルバートはディーフの安否をすぐさま確認できず焦ったがやがて薄っすらとディーフの影を見ると安心した。しかし彼はその場に止まり逃げようとはしない。”何をしているんだ? まさかケガをして身動きが取れないのか!?”とでも考えアルバートは動揺してたがその影は高くに剣を構えたかと思うと力任せに蔦に切りかかった。


「おおおおおお!!」


 ”ざくっ!!”


 何とも非力な音が響く。いや素人の斬撃なのだから無理もないだろう。剣身は一本の蔦すら切断出来てはいなかった。蔦の半分程度で止まった剣をディーフは引き抜こうとするが蔦の強い圧迫でそれすら叶わない。


「くっ! 抜けねぇ!!」

「!! ディーフ!」


 その時迫る危機に気が付いていないディーフの腹にアルバートはしがみつき力いっぱい後ろに引き抜くと同時に集合した2本目の蔦が岩壁に突っ込み轟音を上げた。


「はぁはぁはぁ、た、助かったぜ」

「はぁはぁはぁ、お互い様だよ」


 尻もちをつきながら安堵する暇は二人にはない。一対の巨大な蔦はドクンドクンと強い鼓動を打ち今にも行動を再開しようとしている。


「ちくしょう、アルバートお前の剣貸してくれ」

「何をバカな事言っているんだ!? もう分かっただろ!? 無駄死にしてイーリを悲しませたいのか!?」

「じゃあどうすんだよ!? もう後がねぇじゃねぇか!?」


 向こう側一人が引き上げられ絶叫と共に絶命すると生き残ったのはもうアルバートとディーフのみで成す術がない。肉体的、特に精神的には困憊でもはや時間の問題だ。

 

 しかし事態が急変する。

 

「ははははは!! 凄い! 凄い!! この瞬間をどれほど待ってものか! 本当に楽しいなぁ! 今回は過去一番の餌を投入したからな! 血の量が段違いだ! これは良質な葉を落とすに違いない!!」

「全く………… 悪趣味だな………… ん? 誰だ!? お前!?」

「何事だ!? う!? …………」


 鉄格子の向こう側がやけに騒がしい。 "キン!"と甲高い剣と剣とがぶつかる音がしたかと思うと領主、その側近が短い悲鳴を上げたその直後に鉄格子が解錠され出口へ開けた。


「ディーフ! 鉄格子が空いたぞ!」 

「本当か!? どうなってんだ!?」

「分からない、だけど今しかない! 行こう!」


 アルバートは力を立ち上がり出口に向かって駆け出す。だが数歩の後、彼は急停止する。アルバートは自分の足音だけしか聞こえず、背後に追ってくるはずの気配がない。急いで後ろを振り向くとディーフは落ちていた剣を手に取り再び戦おうとしていた。


「何をやっているんだ!? 早く!!」

「お前は先に行け! やっぱり俺は、俺は親父と兄貴の為にもどうしてもあいつに一矢報いらないと気が済まねぇ!」


 先程の全く歯が立たなかったにも関わらず一太刀入れようと意固地になるディーフに対しアルバートは怒りを顕わにした。


「いい加減にしろ! ここで立ち向かえば必ず君は何も出来ず、無様に死ぬ!! 君の父親も兄も今ここで立ち向かう事を絶対に認めはしないはずだ! 何よりイーリを一人にさせるつもりか!? 彼女を悲しませるな!!」


 辛辣で最もなアルバートの言葉に対してディーフは唇を噛みしめながら剣を足元に捨てアルバートの所へ走った。


「っ! …………くっそ!! ちくしょう!!」


 二人は生臭く鉄臭い血だまりの中を”バシャバシャ”と音を立て走り、跳ね返る血で体を染めながら出口へ向かい無我夢中で駆け抜ける。対して化け物は蔦で追尾し、溶解液が大量に滴らせる中を掻い潜り心臓が破裂しそうなくらい走った。そして手を伸ばせば届く距離の出口、アルバートは思い切り頭から飛び込むと勢いのままにゴロゴロと転がる。遂に生存する為の活路を見出した。しかし彼にまだ安心する余裕はない。直ぐに背後を向き攻撃に備える次の瞬間、ピタッと体が止まった。蔦は眼球に触れそうな距離まで至っている。プルプルと震えながら必死に捕えようとするがどうやらここが限界のようだ。数秒の硬直状態後、蔦は引いて行くとアルバートは体中の力が抜けて尻もちをつく。


「助かった…………ディーフ?」


 ディーフの姿が見えない。最悪な考えがアルバートの頭の中にこびり付くと同時に叫び声が響いた。


「ア、アルバート!!! 助けて!! ぐぶっ!!」


 正しく彼の、ディーフの悲鳴だ。やっと安全地帯を確保したのにも関わらずにアルバートは立ち上がり転がってきた道を急ぐ。


「ディーフ!!!」


 ディーフは逃れる事が出来なかった。蔦にきつく巻き取られ空中に浮くディーフは口から血を吹き出し更に上空へと運ばれていく。

 アルバートは咄嗟に剣を構えるがどうする事も出来ずにガタガタと体を震わせるだけだ。


(どうすれば、どうすればいい? 僕は何も出来ないままイーリとの約束も守れずにディーフが死ぬのを見届けるのか? 誰か…………誰か助けてくれ!!)


 __その時だった。アルバートの背後から何者かが追い越す。


 彼にはその一瞬がとてつもなく遅く見えた。足元から始まり目線をその人物の頭部へ上げるとそれはフードを被った後ろ姿。あの謎の男だった。


 男はフードを取りマントを脱ぎ捨てると現れた深い緑色で背中まで伸びた長髪、片手剣を右手に持ち、長袖の衣装の上には左肩当のみの簡単な装備。顔はまだ見えない。 

 

 アルバートの体感時間が戻った時、男は腰から何か丸状の物を取り出すと地面に落とした。瞬く間に煙が辺りに充満、蔦はその煙にたじろぎ、それ以上深緑の髪の男には近づこうとしない。短剣を取り出し化け物に向かい投げつける。宙を飛ぶ短剣をよく見ると細い糸が繋がっていて化け物の花の一部に刺さると共に糸が巻き固定された。次に男は走り出し円錐空間の岩壁を蹴り螺旋を描きながら駆け上がり化け物を目指す! 

 伸びた糸は何かの仕掛けだろか、彼の体と繋がっていて自動的に巻き取られていきその上昇の手助けをしている様だ。

 しかし、近づいてくる男に対し化け物は蔦を伸ばして襲い掛かる! 男は早く回避しながら共にその手にしている片手剣で蔦を切り落としていき止まる事はない。

 一方、蔦に囚われ踠き続けているディーフは化け物の大きな口元まで運ばれていき今にも食われる寸前であった。


「い、嫌だ!! ちくしょう!! イーリ! イーリ! ああ…………ああああああああああ!!」


 化け物がディーフの足にかじり付いた時、男が壁を思い切り蹴り、化け物の花のがくに着地、そして目前にあろう花柄に横一線、目にも映らないほど速く剣を振りくと化け物は天から切断されその巨体は地に向かい落下を始めると両手で岩壁に手を伸ばし地に落ちるのを食い止めようとしているが岩壁は大量の土煙を立て崩れていき速度を落とす事はない。休む事なく男は化け物の背中に素早く移動し逆手に剣を構え剣先をその大きな背中に向け深く突き刺した!


 「ギャアアアア!!」と断末魔を上げた化け物は最後、耳が破れるばかりの大きな衝撃音を立て地に落ちたと同時に溜まっていた血だまりが飛沫を上げた。再び降り注ぐ血の雨と土煙で中央が良く見えない。へなへなと両ひざを着くアルバートの元に一つ人影が向かってくる。

 

 そして現れたのは深緑の髪。


 瞳は琥珀色、蛇の様に鋭い目付きをしているが端正な顔立で何も言わず無機質な表情でアルバートを見下ろす。


 遂に二人は邂逅した。


 静寂の中で呆然と深緑の男を見つめるアルバートはその片腹に抱えている物に気がついた。


「ディーフ!!」


 男はディーフをゆっくり降ろしたがその姿を見た時、アルバートは言葉を失った。


 血塗れの体、腹から下は何もなく、薄く開かれた目蓋の中の瞳は完全に光を失っている……


 土煙が晴れ、すぐ側で絶命している化け物を見ると肥大した腹が落下の衝撃で破裂し、その腹の割れ目から先程捕食した人間の部位が飛び出て辺り一面に散らばっている。


 遠くなっていたアルバートの意識が戻ってくると、そのあまりに悲惨な光景に耐えられず彼は嘔吐した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る