闇を進む

「本当に気を付けてね、危険だと思ったら直ぐに逃げてくるんだよ」

「分かってるよ、そんな心配するなって。ここまでで良いからな」

「それじゃ行って来くるよ」


 辺りが淡い光に包まれ地平線から日も昇り切らない早朝。二人の背中を見送るイーリは今まで一番不安な表情で胸の前に両手を組み合わせている。

 互いの距離が大きくなり、アルバートとディーフからは既に点程に小さく見えるが未だその場所からイーリは去ろうとはせず、アルバートは振り返りその姿を確認したがディーフは恐らく気持ちが揺らぐからであろうか、決して振り返ろうとはしなかった。

 それから集合場所までの道中、その身を不格好な防具で包み、腰に下げた片手剣が何ともぎこちなく、どこか緊張した表情のディーフをアルバートは横目でチラチラと伺った。


「………何だよ、じろじろ見て」

「え、あ、いやいつもと違う格好だから慣れないっていうか」

「何だとこの野郎、バカにしやがって。お前だって俺とどんぐりの背比べみたいなもんだぜ。ところで今更だけどよ、お前って剣術出来んのか?」

「多少は………」

「なんか頼りないな。最初に会った時も俺がいなかったらお前死んでたかもだしな」

「………突然の事だったから」

「ははは、そんな落ち込むなって。お、そろそろだな」


 街の端が見えてくると既に多くの義勇兵、自警団、また彼らを見送りに来た人達でごった返している。二人は外からその状況を見つめていると程なくして数名の近衛兵に囲まれ見事な鎧に身を包んだ領主が現れたのであった。


「義勇兵、自警団の勇敢なる諸君! 遂に今日、決戦の日を迎えた! 恐怖に怯えた日々に終止符を打とうではないか! そしてこれまでに散っていった多くの命へ鎮魂歌を捧げる事をここに誓う!」

「おおおおおお!」


 領主の宣言が終わると討伐隊の雄叫びが朝の街に鳴り響くと確固たる意志を持っていなかったアルバートはこの場の気迫に押される他なく尻込みをしてしまう。それは当初この討伐隊には参加するつもりがなかった為か。

 

 進隊予定の時刻になると馬に跨った領主を先頭に1列5名から成され隊列が組まれアルバートは隊列の丁度中央に位置し右手隣にはディーフが位置する。前方には10列、後方にも10列続き、およそ100名の討伐隊は行進を始め大門を潜り抜けると大勢の観衆に見送られながら進隊を開始した。

 

 タルトスを後に、日々行商人や旅人が通る事から地面が剥き出された道を行く。側方には草原が広がり遠くには山が連なっていた。長閑な風景に似つかわしくない行進が続く中でアルバートの意識は化け物討伐より他に強くなる。


 (フードの男、やはり、この中にいるのだろうか?)

 

 アルバートは隊の中に目をやるがそれらしき姿は確認出来なかった。

 

 気が休まない心情と共に隊列が進むにつれ剥き出しの地面はなくなり始めこの一帯は人の行き来が無い事を知らされ更には背を高めた草木が行手を妨ぐ。それから数時間討伐隊も慣れない道から多少の疲れを見せてきた時、目の前に日光を遮り暗く不気味な空気を生み出している森が現れた。その不気味な出立ちにゴクリと生唾を飲む者もいたが先頭の領主は躊躇なく馬を先に先を進ませるのであった。


「ここはまだまだ序の口みたいだね」

「気は抜くなよ。この前みたいにボケっとしてたらあっという間に天国だからな」

「分かっているよ」

 

 踏み入れた森はじめっとした空気が広がり苔が生える場所が多く見られる。何か動物のような気配はあるものの襲い掛かって来る事はなかった。不気味そのものには変わりないが危険な場面もなく一行は進む。でこぼことした場所ではあるが進む所は苔も生えておらず滑りはしない為、進隊は苦戦はしてはいない様だが緊張のからか誰もそれを不思議と思いはしなかった。

 それからかなり奥まで進隊が続く中、開けた場所で先導の領主の馬が止まる。


「本日はここで休息を取る! 各自、体を休めよ!」


 各々が荷物を下ろすと疲れが表れており、普段から体力に自信があったディーフも肩で息をしていた。暗い暗いとは言えど天に目をやれば小さくだが光の点は瞳に入り込む。しかしアルバートが天を見上げるとその光が今にも消えそうでいた。もうじき夜が来るのだ。       

 野営の準備が始まり松明に火を灯すと陣営の周りを囲う。食事の配給も行われ列に並び渡されたのは干し肉と硬いパンと水。味の良し悪しなどは考える暇も無くアルバート達は噛み締めていると領主は前に現れ言い放った。

 

「明日は遂に化け物と対峙する! 出発は同じく早朝! しっかりと体を休めるように!」


 そうして領主はテントの中へ側近の数名と共に身を消す。


「分かっちゃいるが、羨ましいなぁ」

「そうだね…………。ディーフ、これを食べたらもう寝よう。体力を回復させないと」

「おう」

 

 屋根付きの寝床など無い討伐兵は次々と地べたに横たわり目を閉じる中でアルバートも瞼を閉じようとした瞬間、フードを被った一人を見ると”バッ!”っと反射的に勢いよく上体を起こした。


「うわ! 何だよびっくりするだろうが。どうしたんたんだよ?」

「い、いや、何でもない。ごめん」

「さっさと寝ろよ」


 彼が見つめる先の人物がフードを脱ぐ。だが、それは全くの別人であった。一つ流れた汗を拭うと不安を抱えつつアルバートも眠りに着いた。


 ………


 翌日の早朝、忙しく支度を整え再び進隊が始まり一層と不気味さを増す森の奥へ進む。いつ何が出てきてもおかしくない状況で討伐隊は常に緊張の糸を張りながらも一向に何も起きない中、大きな穴が空く洞窟が現れた。


「遂に化け物の住処に辿り着いた! これから先より命の保証は出来ない! 気を引き締めよ!」


 その言葉にの者達も身構え険しい表情へと変わる。ディーフは「やるぞ………やるぞ………待ってろよ、イーリ………」と小さく独り言を呟いていた。

 

 いよいよ、洞窟内へと進むと鳥肌が立つほどの寒気を感じ、松明の小さな明かりだけを頼りに深部へと向かう為に暗闇を突き進む。誰一人として騒ぎ立てぬよう最小の足運びで声を上げない事を試みてはいるものの意図せずに小刻みに荒くなる一人一人の呼吸が更なる緊張感を生んだ。

 だが、そんな緊張感とは違いアルバートは一人違和感を感じていた。


(何か変だ。慎重であった事には変わりないがこれ程までに何も起こらないのは気持ちが悪い。この洞窟の異様な程の静かな空気、行く道には岩や石もなく平坦で人にとっては歩き易くまるで用意されていたかにも思える。それに領主のあの落ち着きよう、これまでに何度も討伐隊の指揮を執ってきたのもあるが緊迫する気配が感じられない。今、最後方に位置するのは戦闘になった際に指揮を執る為だとは思うけれど果たして本当にその為か?)


 アルバートは嫌な予感を抱えていた。


「ディーフ、何かおかしくないか?」

「黙ってろよ、些細な事が命取りになるぞ」


 小声でやり取りをする二人をギロリと睨みつける他の者。この局面は変だと声を上げたいのもやまやまでが、彼にその勇気が出ず流れに任せて先を進む。

 そうしてグネグネと曲がりくねった洞窟を行くとこれまでの細い道とは打って変わり大きな円形の空間が現れた。


「いきなり、広くなったぞ」

「暗くて何も見えないな」


 討伐隊は騒めき空間を見渡し周辺を探るが、もうここから先に続く道などはなく袋小路の場所に何も確認出来ない。


「な、何だよ、何も無いじゃんか」

「…………やっぱり変だ、ディーフ帰ろう!」

「お、おい! ちょっと待てよ!」


 どよめくその時、突如"ガシャーン!!"と鉄と鉄がぶつかる大きな音が鳴り響く!何事かと驚く大勢が後ろを振り返るとこの空間と進んできた道の境に鉄格子が降ろされていた。

 一体何が起きたのか分からず、複数名がその鉄格子前まで駆け寄る。すると鉄格子その向こう側で領主と側近の数名がこちらをじっと何も言わず見ていた。


「おい! 何なんだよこれ!?」

「何の真似だよ?! 今すぐ出せ!!」


 騒ぐ討伐隊に対し松明の明かりに照らし出された領主は徐々に不気味な笑みを浮かべ言い放つのだった。


「諸君ここまでのご苦労であった。ここに化け物はいるぞ。さぁ戦って戦って戦ってもらおうではないか。我らが故郷タルトスの為に」


 すると彼らの高く位置にあったからか誰一人と気づけなかった側壁の燭台に火が灯り大空間が照らし出される。


 「な、なんだ!? どうなっているんだよ!? 説明………熱!!?」


 アルバートの隣で言い分を求めた名も知らない義勇兵が突如顔を歪めた。見てみると彼は右肩の皮膚が溶けていたのだ。


(何だ!? 一体何が起こっているんだ!?)


 間髪入れず他の者達からもその熱と痛みに悲鳴を上げ始めアルバートのマントにも何かが当たり"ジュッ!"と音を立てると同時に穴が空き焦げ臭い匂いを放っていた。


 ––何かが降ってきている––


 アルバートは恐る恐る暗闇の天を見上げる。すると何か巨大な影がぶら下がっているのを確認した。しかしそれが何かが分からない。討伐隊が混乱しガツガツと体にひとがぶつかってくる中その何かを理解する為アルバートは必死に目を凝らした。


 そして彼は目を見開いた。


「………花の蕾?」


 そう、それは紛れもなく巨大な花の蕾に間違いないはなかった。そして苦しみを与え雨の様に降り注ぐそれはあの巨大な蕾から垂れ流れている溶解液で更に肉体や装備が溶かしていく。


「体が! 溶ける!?」

「熱い! 熱い!! 助けて!!」


 大混乱に包まれる中、蕾は”ドクン!ドクン!”と脈を強く打った。そしてゆっくりと開き始め、やがて巨大な花を咲かせると現れたのは人を思わせような上半身に酷く崩れたその顔、体の所々に不気味な花を咲かせている化け物であった。体を大きく開きその目が開眼すると耳が割れんばかりの雄叫びと共に目覚めたのであった。

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