溺れる人
再び会い見える頭からズッポリとフードを被ったその人物。アルバートは周りが無音になる感覚と共にその人物から目を離す事が出来なくなり脈は更に強く、火照っていた体から熱が引いていく。
”中央広場で見ていた者に違いない” そうアルバートは確信した。その中低域で冷淡な声質から男である事ぐらいしか情報が得られない。感覚で”黒い影”ではない事では分かったが得体の知れない人物に油断は許されない様で今までの人生を振り返り記憶の所在を必死で思い巡らせていた。
焦りと不安が押し寄せる中、アルバートの口が不意に走る。
「………お、お前は何者なんだ?」
「もう一度警告しておこうか。この討伐隊には参加するな」
「答え
言い掛けたその時、自分達のテーブルに”ガシャン!”と大きな音が響く。何事かと思っていると居合わせた他の男達、数名が仁王立ちしディーフ達と言い争いを始めた。
「もういっぺん言ってみろ!」
「お前らじゃロクな装備も揃えられなかったろ!? 犬死にしか出来ねぇなら難民は難民らしく大人しくしてろって言ってんだよ! こっちの足を引っ張るだけだろうが!」
「てんめぇぇ!」
同席していた男は腹を立て、勢いよく立ち上がり中心街の男の胸ぐらを掴みかかったのをきっかけに殴り合いが始まると酒場は見世物と化す。
「いいぞ! やれ!」
「ぶっ殺せ!」
二階、三階にいる者達も高欄から身を投げ出し一階の出来事に興奮が止まぬ中で争いも激しさを増していき皿は割れ、椅子が壊れ、店側の女達は慌てふためいた。
そんな状況でディーフは二人を制止しようと中に割って入った。
「おい! やめろって! こんな所で争ったって仕方ないだろ!」
「邪魔だ! 引っ込んでろ!」
「ぐわ!」
ディーフは中心街の男に跳ね飛ばされ虚しくも人溜まりの方へ吹き飛ばされていった。
「ディーフ!」
ディーフの元に向かおうとしたアルバートだが人混みに阻まれるながらも無理矢理に縫って進むと誰かの顔に手が当たってしまい怒りに触れた。
「いてぇな!」
アルバートは人の輪から弾き飛ばされ尻餅をつき、苦痛に顔を歪めていると先程突き飛ばした男が近寄りくるや否や顔をグイッと顔を覗かせじろじろと見てきた。
「お前………どこかで会ったことあるか?」
「い、いえ……ありません」
「いや、確かに見覚えがある……」
予期せぬ展開にたじろぎ、如何にこの状況を切り抜けようかと考えたがアルバートには良案が浮かばず困惑していたその時、後ろから突如誰かが飛び上がり人混みの中に消える。その後カウンターに乗り上がったその人物は高らかに声を発する。
「義勇兵、自警団の諸君! 元気があり大いに結構だ! 化け物討伐の際にもその力、遺憾なく発揮される事は間違い無いだろう! しかしながら今この場にて傷を負い、十分な働きも出来ず、はたまた参加出来なくなったとあれば笑い話にもならない! 双方、言い分もあるだろうが互いに拳を収め、ここは一つ飲み比べで決着をつけてはどうか!」
そう叫ぶのはあのフードの男だった。未だに顔は見えない。煽り立てていた者達も勢いでフードの男の提案に賛同し、よりその場の熱を更に高めるとその熱に巻き込まれ男はアルバートから離れ人混みへ戻って行く。
この隙にディーフを連れ、ここを出た方が良いと感じたアルバートはあたりを見渡すと騒ぎの中心から離れ、一人床に座り込み行き先を呆れ眺める彼の姿を見つけた。
「ディーフ、口から血が。大丈夫かい?」
「問題ねぇよ。お前も大丈夫か?」
「僕も大丈だ。もう帰ろう。これから何が起こるか分からない」
「そうだな。お暇するか」
人の目が騒ぎに集まっているのを確認し静かに扉を開き、最後騒ぎの中心を見てみるとフードの男はカウンターの上に立ち続けていたのを確認してその場を後にした。
「全く大変だったな。まぁ何かしらは起きるだろうと思ってはいたけど。それより見ろよ、こんなに持って来たぜ。イーリのやつ喜ぶだろうな」
月夜の光が照らす道の中、ディーフは背負っている袋の中にあるいっぱいの食料を満悦な表情で自慢して来た。いつの間に詰め込んでいたのか。
一方のアルバートはフードの男の事が気になって不安しか残らない様だ。完全に狙われていると確信をした中でどうやって退けるべきかを考えてみるがこれといった解決策は見当たらない。
不安と至福が対照的な帰路の末、なんとか家に着いた。ディーフは早速イーリに袋の中の戦利品を見せるとその中身に曇ったままであったイーリの表情も呆れながらも少し柔らかくなった。喜ぶ二人をみる中、アルバートは酷く疲れを感じ眠気に襲われる。
「今日中に食わなきゃダメになっちまう物もあるからな! 食おうぜ! ……おいアルバートどこ行くんだよ?」
「ごめん………今日はもう寝るよ」
そうしてアルバートは吸い込まれる様に寝床へ倒れ込んだ。
………
「おい大丈夫か? お前、完全に酒にやられてるな。今夜までに治らなきゃ明日は俺一人で行くからな」
「アルバートさん、お水ここに置いておきますね」
「………本当にごめん」
翌朝、心配したそうに様子を伺うディーフと水を持つイーリが横たわるアルバートの横に立つ。頭が割れる様に痛く、胸が焼け、あまりの体調の悪さにアルバートは身動きが取れないでいた。
そうして時間だけが経ち夕方、食事も取れるくらいに回復をするとテーブルに昨日持ち帰って来た残りの食料を並べた。三人で食卓を囲い、一つ肉を口に運ぶと昨日ほどの鮮度は既に失われてはいるものの相変わらずの旨みがあったようで美味しそうに食べるイーリを見るディーフは優しい目をしている。
三人はたわいない話を交え、笑い合い時間を過ごした。
そうして気が付けば草木も寝静まる時間まで差し掛かる。
「もうこんな時間か………。よし、明日の為に寝よう」
「そうだね」
少しばかりの間、静けさが空間を包み込む。そんな中でイーリは二人に向けて言った。
「………決して裕福じゃ無いけど、私は今が幸せだし、この生活が続いたって良いの。だからお兄ちゃんも居なくなっちゃうのが本当に怖いの。やぱり行って欲しくない。行かないで」
イーリは肩を落とし俯き、声と体を震わせているとその見えない顔からテーブルに向かって一つ、二つと雫が落ち木目に染み込んでいった。アルバートは居た堪れない感情になっているとディーフはその震える小さい体を力強く抱き寄せる。
「分かってる。俺だって今が幸せだ。だけどお前あっての物なんだよ。だからいつまでもあぐらを着ている訳にもいかない。本当に危険だってのは十分解ってる。だけど大丈夫だイーリ。俺達は絶対に帰ってくる」
「本当に?」
「本当だ」
顔を上げたイーリは涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。そんな彼女に対してディーフは力強く誓う。
「僕達は必ず戻ってくるから」
「アルバートさん、本当にありがとうございます」
三人に固く約束が交わされた後、蝋燭の火が消されると一面に暗闇は広がるのだった。
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