最後の晩餐
「よし、これにて完了だ。討伐決行日は二日後。必要な物は揃えておけ。それでは次の者!」
タルトスの兵士によって二人の名が紙の上に刻まれると何事もなく手続きは終わった。二人の後ろに尚も志願する者達の長い列が続く中、アルバートは一刻も早くこの場所から遠ざかりたかった。
「ま、当日怖くなったらすっぽかしちまえばいいからよ。それはお前に任せる」
「行こう、ディーフ」
「お、おい、待てよ。人の話聞いてんのか」
アルバートは足早に中央広場から離脱、周囲を見渡しながら、先程のマントの人物に注意を払っている。けれど、それらしき人物は彼の視界には入る事はない。
得体の知らない不安と焦燥感が押し寄せる中で、人混みが少なくなる道まで抜けアルバートは後ろを振り返るが、特別に変わった事はないのだがその顔色は悪い。
「アルバート、さっきから何か変だぞお前。やっぱり志願やめた方が良いんじゃないか?」
「大丈夫だ。早く帰ろう」
「本当か? なら良いんだけどよ………。それより今夜の決起集会は行くよな?」
「決起集会?」
「志願所での話聞いてなかったのか? 今夜、士気を高める為に街の酒場で討伐隊に向けて料理や酒が振る舞われるんだよ」
「………聞いてなかった」
「大丈夫かよ………。そんで行くよな?」
「僕は遠慮する」
「おいおい、普段じゃ食えない物やら飲めない物が以てなされるんだぜ。それと持ち帰って良いんだ。イーリの為にも出来るだけ多くの食料を取っておきたいんだ。頼むよ」
「………分かったよ。けど、長居はしないから」
「助かるぜ! 夜まで時間がまだあるな。それまで市場でも行って必要な物で買っておこうぜ」
決起集会まで、およそ三時間程、時間があるので近くにある市場に向かう事にした。アルバートには旅を続ける中、ある程度の物が揃っている。腰に吊るした似つかわしくない大層な剣も。一方のディーフに関しては、その日暮らしの中、最低限の物資しかなく、武器や防具も必要としていた。そうして市場に着くと早々にディーフは武具の選定を始めた。
……
「よしこんなもんでいいか。お前はなんか買わなくていいのか? ………なぁ、おいってば」
「………え、何か言った?」
「しっかりしてくれよ」
「ごめん。………もうこんな時間が経ったのか」
「はぁ………。急にどうしちまったんだよ?」
気が付けば夕日が落ちかけている。なけなしの金ではあったが必要な分は一通り揃ったようで購入した物を一旦家に置きに戻ってから決起集会へ向かう事に。帰宅し荷物を置いたのも束の間、再度外出をする際に「羽目を外しすぎない様にね」と未だ曇った表情のイーリに念押しに見送られながら二人は街の酒場を目指す。陽の姿は既になく、頭上には三日月が掛かっていた。
(この暗闇の中で奇襲なんてされたとしたら………)
アルバートは自身に取り巻いている闇に心中を乱され気付かぬ内に早足となる。度々ディーフから注意を受けながらも前方には光が見えて来ると肩の力が抜けて少しばかり気が楽になった様に見えた。
中心街の更に奥へ踏み込むと昼間と違った姿の街が広がっている。アルバートがタルトスに数日の間滞在しているが夜の街に足を伸ばしたのは初めてだ。沿道の至る所で明かりが灯り、賑やかな酒場が立ち並ぶ中、一際大きく騒がしい酒場が一軒。どうやらここが決起集会の会場らしい。
「ここだな、さっさと入ろうぜ」
(なんてうるさいんだ。両開きの扉の向こうでは騒がしく既に宴が始まっているみたいだけど正直気が進まないな)
アルバートは重い気持ちで足が進まないでいたがお構いなしのディーフがその扉を開け放つ。その瞬間、熱気と圧が襲いかかってきた。そして目の前に広がって来たのは広い一階ホール。右手には奥まで長く伸びたカウンター、中央は百席超ほどの客席が設けられ、屈強な男達が酌み交わしている。頭上も騒がしく、見上げると吹き抜けの構造、上の階にも席があり騒ぐ者達の高欄から乗り出すく大きな上半身が見える。
「空いている席は〜っと」
「おい! ディーフ!」
「お、あいつらもいるのか。アルバート行こうぜ」
二人に手を振る数名の人物。それは日中、彼らと仕事を共にする難民街の者達で既に席に着き酒盛りを繰り広げていた。迷わずその席へ向かった。
「ようディーフ、やっぱりお前も参加してたんだな」
「まぁな。難民街の奴らも大勢いるな」
「そりゃ一攫千金のチャンスだからな。え〜とそっちはアルバートだっけか?」
「は、はい。今晩わ」
僕らを含め席は五人で埋まる。長年、重荷の運搬作業をしているこの三人の培われた筋肉は隆々としている。ディーフは小柄であるものの働く男の筋肉を持ち合わせており居合わせる三人に溶け込んでいるがかのアルバートと言えば白い肌に細い体の線からその場で浮いた存在であった。
「日頃の仕事でもそうだが、改めて見てみると白くてヒョロヒョロだなぁ。本当に義勇兵になって大丈夫なのか?」
「………すいません」
「ははは! そんな気を落とすなって!」
「あんまりアルバートを虐めんな、根性はあんだよ。お前もすぐに謝るなよ」
「冗談だよ。それより酒頼んでいないだろ? おーい姉ちゃん、酒二つ持って来てくれ!」
間もなく赤黒い液体が入った二つのジョッキがテーブルに置かれる。恐らく所謂果実酒なるものだ。アルバートとディーフは手に取ると三人も仕切り直すと勢いよくジョッキ同士を”カン!”と合わせた。アルバート自身、初めて口にする酒に抵抗はあるものの恐る恐る口にそれを注ぎ込んでみる。果実の香りと共に苦味が広がった。
(美味しい………とは言えない)
アルバートが眉にシワが寄せ渋い表情でいる間にテーブルには肉や魚やスープなどが次々に運ばれて来た。
「うっひょー、こりゃご馳走だ! 普段食べるなんて叶わんもんだわ! 今のうちにたらふく食っておこうぜ!」
「あ、ああ」
並べられた料理にディーフの瞳が輝き、ここ最近ではありつけていなかった豪勢な食事にアルバートの喉が鳴る。二人は一つ骨付きの肉を手に取り、かぶり付いてみるとスパイスと共に口いっぱいに肉汁が溢れ広がるのを感じる夢中で食べ続けた。
…………
テーブルには所狭しと空いたジョッキと無数の空き皿に占領されてる。アルバートの腹は満たされ、酒が身体中を駆け巡る事で目の前の景色はぐわんぐわんと揺れ、精神が開放的になっていた事で普段からぶら下がっている不安が一時的でも忘れされていた。それと久しくする人ととの他愛の無い意思疎通。それでも自身の事は勘ぐられない様に最低限な情報のみを口にしほぼ聞き手に徹したが下らない話にも楽しむ事が出来た。
(ああ、これ程気楽にいられるのはいつぶりだろう)
しかしアルバートがそう思ったの束の間、その歓楽は突然打ち砕かれ、その快楽の精神世界から一気にアルバートは引き戻される事となる。
「今からでも遅くはない。この討伐隊には参加するな」
すぐ後ろの席からするその声に酔いも覚め、ドクン!と激しく脈が打った後、脊髄反射で振り返るとフードを深く被る者の後ろ姿がそこにはあったのだ。
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