心臓を見る目

 ディーフの上っていた血潮は落ち着きを取り戻した今、二人は月明かりを頼りに無言のまま来た道を歩くが後ろで足を進めるアルバートは何を話せば良いのか分からないまま目前の背中を見つめていたが、その歯痒い無言の時間をディーフが止めた。


「俺が義勇兵に参加する意味、親父達の為ってのもあるけど、決してそれだけじゃない」

「え、それは一体?」

「お前もこの数日で分かったかも知れないがイーリは体が弱いんだ。病持ちで治すのにはそれ相応の金が要る。討伐隊に加われば相当の報酬が貰えるからな」

「そうだったのか」

「中心街に住みたいって言うのもあるけど、何よりイーリの病気を治してやって不自由ない生活をあいつにはさせてやりたいんだよ」

「君は本当に家族想いだ」

「………あいつにはこんな事言ってないけど、多分勘付いているだろうな」


 ディーフの心中を聞くとイーリとディーフ重ならない二人の気持ちにアルバートは内心複雑だった。そうして気が付けば家の前まで着く。


「ただいま」

「お兄ちゃん……」

 

 イーリは兄が無事に帰宅した事に安心したものの、なんと声を掛けていいか分からない様子で顔を下に向け両手を擦り合わせている。そんな彼女の両肩にディーフはそっと手を掛けた。


「イーリ、感情的になっちまってごめんな。だけど俺の義勇兵に志願する気持ちは変わんねぇ。けどな、親父達みたいには絶対にならん。お前を一人にさせる訳にはいかないしな。きっと帰ってくるから安心しろ。………明日、早いからもう寝るわ」


 両肩から手を離すとディーフは寝床に姿を消し、その背中を追ったイーリの目は寂しいものだった。


「イーリ、今日はもう寝よう」

「……アルバートさん、お願いがあります」

「? なんだい?」


 そのイーリの申し出にアルバートは耳を傾ける。

 



 ………




「よし、行こう」

「………」


 翌朝、アルバートとディーフは共に家を出る。見送りに来たイーリの何とも言えない表情が歯痒い。そして二人はタルトスの中央広場へ向けて歩き出す。


 昨日のイーリの申し出、それはアルバートも義勇兵としてディーフに着いて行って欲しいと言うものだった。決して化け物退治に成果を上げてきて欲しいと言うものでなくそれは唯一の肉親である兄の為であり、決して無茶をさせない様に。危険と感じたならば引きずってでもディーフを連れ帰ってきて欲しい、そう懇願されたものであった。それはアルバートにとっては決して快く受け入れ難いものなのは確かだった。恐怖から、死から逃れるべく旅をしているのにも関わらず自ら虎穴に足を進め危険に身を晒す事になるのだから。その実、そう言われた時には彼の目は泳ぎ返答に時間を費やした。しかしアルバートの、彼の奥底で無意識に引っかかるものがあった。勿論、それは二人に対する恩義が少なからずあるのだが、それとは違う彼自身の根本、善意とはまた別物の何か。

 そして考え決断し彼女の望みを受け入れる事を告げるとイーリは少し安心し笑った。就寝前に義勇兵志願の意思を横になっていたディーフに告げると血相を変えて飛び起き反対したものだがアルバートが食い下がらないとわかるや否や「勝手にしろ!」と最後にディーフは布団を頭からズッポリと被り何も話さなかった………

 

 ディーフの歩く速度は早く、アルバートは少し後ろからついて行く。その背中からからは未だ納得いかないと言わんばかりのオーラを放っている。


「アルバート、やっぱりお前帰れよ」

「そうはいかない。僕もお金は必要だから。いつまでもここに止まっている訳にはいかないし」

「呑気に旅してるだけならこんな危ねぇ事に首突っ込む事ないだろ? それとも何か? お前自殺志願者なのか?」

「呑気……か」

 

 報酬金ほしさの志願だと嘘は付いてみたが、どうやらディーフの冷ややかな視線から通じていない様だ。それと振り返らずに投げかけられた言葉は悪意はないが心無いものと感じたが自身に渦巻く不確かで後ろめたい様な思いがあるから反論は出来なかった。だが今は忘れてイーリがディーフを思うその意思を今は尊重したい、彼はそう思うようにした。

 

 中央広場に着くと人の多さに二人は驚く。中心街の人間や難民の人間もそうだが、外から来た賞金稼ぎらしき人間もいる様だ。

 ガヤガヤと騒がしい広場。人々は領主の演説を今か今かと待ち構えている。アルバートの志願に対して、その横でまだディーフは煮え切らない様な表情でいると、周りが更に騒がしくなった。


「おい、領主様が来たぞ」

 

 民衆のどこからかその声がし、人々に注目されている方向を見てみると高貴な衣装を着た男が歩いて来る。小太りであるが、引き締まったその表情はこの街の領主にふさわしい風格でるあるように思われた。中央に設けられた高台の階段を上り集まる人々を見渡し一呼吸した後、領主は声を張った。


「タルトスの諸君! まずは街の繁栄の為、日頃の務めに感謝する! 諸君あるからこそ今日までのタルトスが築かれているのだ! だが、この平和に脅威が降り掛かろうとしている! 早速ではあるが街の外、山道に再び憎き化け物が現れたとの報告が上がった! 近々このタルトスに化け物が降り立ち、甚大な被害を及ぼす事は時間の問題と思われる! 過去数回の討伐隊を投じ、撃退まではしているものの完全にその脅威が去った訳ではない! これまでに多くの人々が犠牲となった……。しかし今度こそ化け物の息の根を止めてやろうではないか!」


 領主の力強い演説に人々は湧き、以後も領主の演説が続く。


「しかし今、このタルトスは軍事的に非力、諸君達を守る為に強化していかなければならない最重要課題であり、今後解決する事を必ず約束する! その中、大変心苦しくはあるが再び諸君の力を貸し与えて欲しい! 本日の召集は化け物討伐隊における義勇兵を募りたいが為だ!」


「やるぞ! 今度こそ奴の首を取るんだ!」

「タルトスの為に!」


 広場は更に雄叫びと熱気に包まれる。アルバートはその状況に困惑したが、ディーフは力強い眼差しに握られている拳は震えていた。


「義勇兵に志願する者は私の後ろに設けた志願所まで来て欲しい! 以上、多くの勇気ある者を心待ちにしている!」


 それを最後に領主は高台を降り近衛兵と共にその場を後にした。

 それから、ぞろぞろと人が移動を始め志願所まで人の川を作る。するとディーフは振り返り真剣な目でアルバートを見た。


「おい、アルバート、最後の忠告だ。本当に志願するんだな。命の保証はないぞ」

「あ、ああ」

「そうか………。分かった。それじゃ俺はもう何も言わん。行くぞ」



 志願所へ足を向けようとした、その時––


  


 アルバートは背後から心臓を突かれる様な視線を感じるとその場から動けなくなった。




 ”ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ” とアルバートの鼓動が強くなり今にも張り裂け血が吹き出しそうに彼は感じた。


 


 そして彼はゆっくりと後ろを振り返った。


 


 10m程離れた先、人混みに紛れてマントを纏いフードを深く被る、アルバートの方を向き静止している人物がそこにはいた。


 (間違いない! 奴に見られている! まさか、なのか!? それとも!?)


 アルバートは恐怖のあまり上手く呼吸が出来ず、ガタガタと体が震え動けずにいる。そして死すら予期した瞬間、肩を叩かれた。


「おい、何やってんだよ」

「…………ディ、ディーフ」


 呼吸を取り戻し体が動くとディーフの方を振り返り我に返る。

 直ぐにあの人物の方を向き直すが、もうそこには人混みしかなかった。


「お前酷い汗だぞ、それに顔も真っ白だ。………お前やっぱり辞めた方がいいんじゃ」

「い! いや大丈夫だ!行こう!」

「お、おい、ちょっと待てよ


 アルバートは話を遮り脂汗を拭い、一刻もその場から離れるべく、ディーフを追い越し足早に志願所まで向かう。



 未だに動悸が収まらないアルバートに不安が募っていくばかりであった。

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