グラン・ギニョール
スカビオサの旅
_____三界歴915年 4月5日_____
(……熱い………まるで炎に包まれている様だ……… 一体何が起きたっていうんだ? ………駄目だ、何も思い出せない……… それに身体中が痛くて全く動かせない………)
少年は朧げながらも意識を取り戻し自身が床にうつ伏せになっている事に気が付いた。目元まで掛かるかどうかくらいまで伸び、その一本一本が金糸の様に輝く美しい髪だが今は身体も合わせてボロボロだ。精一杯、意識を保ちながら重たい瞼を持ち上げると火の海の大きな室内が少年の目に飛び込んでくる。
(先程まであった華やかな時間は夢だったのだろうか? それともこちらが夢なのか?)
倒れ込んでいる床がぬるぬるとしているのに気が付くとその気持ちの悪いぬるぬるとした粘液に右手で触れ目の前で
(何なんだ!? 本当に何が起きたんだ!!?)
少年は動かせる限りに頭を動かし周りを見る。火の海に転がる瓦礫と人の死体。その状況に少年は恐怖し震えていると轟々と燃え盛る炎の中で異様な音を耳にした。
「っげうぇぇっぇ!! ぎゅうぅぅぅぅ!!!!」
(何の音だ?)
その音は少年の頭上の方からしていた。痛みに堪えながら少年は力を振り絞り顎を上げ目線をそちらに移すと
黒い影が馬乗りしている誰かは必死にもがき足掻く。ぼやける視界の中、目を凝らす少年。そして焦点が合った瞬間その何かが解ってしまった。
「………兄上………」
少年と同じく金色の髪、長さは床に散らばる様子から背中まで伸びたものと伺える。少年の兄は首元を黒い影の手に掛けられていて今にも潰されよう中で必死に抵抗を続け、暴れる金色の髪がキラキラと輝きながら気道が悲鳴を上げて続けている。首元にかかる黒い手を掻きむしると爪がバリバリと剥がれ、顔から血と共に涎と涙を垂れ流しバタバタと足が暴れた。
そんな状況に対して少年は呆然とその光景を見つめていた。
生と死の瀬戸際、少年の兄は少年に気が付いた。力を振り絞り少年の方へ見つめ左手を伸ばす。
「た………! たひゅ! けっへっ! ………アッ!!?」
少年の兄が何かを言い切る前に”ゴキン!!”と鈍い音が部屋中に鳴り響いた。それと同時に少年の兄は動かなくなりまるで人形に成り果てた。見つめ合う人形と少年。少年は未だに呆然としていてこの状況が理解出来ていない。
黒い影はその人形の首を両手で握り潰したまま少年の方へ首を動かすので合った。
少年は身がガタガタと震え出す。そして黒い影の目線が少年に合うと少年は未だかつて無い恐怖と死の予感を感じせざるを得ず、目を背けようともその濁り朱い憎悪に満ちた瞳を見入ってしまった………
………二ヶ月後
…………ちゃん。………おい、兄ちゃん……… おい、 兄ちゃん」
「はっ!!」
金糸の少年が目覚めたそこは馬車の荷台の中。周りは所狭しと木箱が積み重なっていて、その狭い一角の空間に少年は毛布を被り丸くなりな柄も右へ左へやら素早く目線を配らせて辺りを警戒する。
「お~、起きたかい。金髪の兄ちゃん」
反射的に一瞬身構えたが、その声は馬を引く老人のもの。少年は数日前、一人、道を行く途中、通りかかったこの老商人に頼み乗り込ませてもらったのだ。
先程まで目にしていた出来事は夢であった事、脅威のない今に少しばかり少年は安堵し、強張る肩の力を抜く。それでも未だ呼吸は荒く、身体中の汗が気持ちが悪い様で眉間にシワを寄せ居心地の悪そうな表情で額の汗を右腕で拭う。それから体を起こして掌を見ると震えていた。
「変な夢でも見たのかい」
「え?」
「ずっと
「………そうですか」
「こう数日続くと気になっちまって」
「……すみません」
「別に何もなきゃ良いんだけどなぁ」
先程まで少年が見ていた悪夢、あれは決して夢の中だけの出来事ではなかった。紛れもない現実なのだ。
気を抜いた瞬間に喰い殺されそうな感覚に襲われ、植え付けられたこの恐怖心で無意識に体を固くなり、呼吸を乱した。それでも幾度となく無理やりに深呼吸をし、脂汗を拭い、落ち着きを取り戻してきた。
そして屋根付きの荷台のカーテンを開け外を見ると晴天の下、雄大な草原が広がる長閑な道を馬車は走っているのが分かった。
(もっと…… もっと遠くへ………)
その開放的で快晴の風景とは裏腹に暗く冷えた気持ちのまま少年はその景色をただただ沈んだ気持ちのまま見つめた。
「そいや、お前さん何処へ行くんだい?」
「………分からないです。当てもなく彷徨っているだけですから」
「そうかい、そうかい、いいね~当てのない旅か。男一代、そうでなきゃな~。ひゃひゃひゃ。おっと、そろそろだな。見てみな」
そう言って老人が二頭の馬が先を走るその先を指差す。少年は朧げな表情のままにその先を見てみるとまだまだ小さくだが街が見ててきたのであった。
………………
先程まで掌に乗るくらいの大きさだった街は今や姿はなく、少年の眼前には外界の境界線である街の門が現れた。少年は頭上より大きな影を落とすその門を見つめていると検問所の憲兵に老商人は懐から何やら許可証のような物を見せる。まもなく憲兵に「入れ」との声が上がると老人は再び手綱を引き門の股を通過すると広がって来たのは活気溢れる街並みであった。
街の中まで進み中央広場まで馬車が止まると少年は荷台から降りた。
「ここで大丈夫です。ありがとうございました。これ少ないですが」
「おいおい、”次の街まで”って約束はそうだが俺は別にそういう訳で乗せたんじゃ無いんだが………」
「いえ、受け取って下さい」
「………そうかい、それじゃあ有り難く頂くとするよ」
それから少年は荷台から木箱を降ろすの手伝い、荷台から何もなくなると老人は再び馬車を引き街中へ消えていった。一人になった少年。人が溢れる中、無意識に気配を殺し、顔を見られないようにマントで頭から足首まで纏い人混みを縫った。
この街はタルトス。
高さはないが赤褐色のレンガ作りの建物が立ち並び、石畳にて整備された道が続くその街並みに繁栄が見受けられる。またこの土地のみで収穫される特産品の茶葉は街内に留まらず、他国へも運ばれ、繁栄を支える重要な資源とされていた。そしてその旅人が多く訪れる事から観光地としても名を馳せている。
しかしながら少年の強ばった表情から見知らぬ土地に心躍らせる余裕はない事が伺えた。
(華やかなこの街もまた何も残らずに去るのだろうか………)
それまでもそうであった様で旅を始めてから幾つもの街や村を見て来た様だが、そのどれも記憶に残っていないのだろう。
今、少年が真っ先にすべき事は明確で安全な宿を探す事だった。居心地が良いとは言い難い馬車に何日もガタガタと揺られていた事から疲労が溜まっていて”直ぐにでも静かなベッドに上で眠りたい” そう思っているのだろう。
そうして周りを見渡していると丁度それらしい建物が目に入るとするすると人混みを抜けてその両開きの扉を開いた。扉の先は所々が花で飾られ足元に絨毯が敷かれている小綺麗にされていた空間が広がる。
(ここなら問題ないか)
そう思い少年は受付の店主であろう人当たりの良さそうな男に声を掛けた。
「一晩お願いしたいのですが」
「いらっしゃいませ。銀貨一枚になります」
そう言われると、少年は貨幣が入っている小袋の中身を確認するが躊躇してしまった。
その場で十数秒悩み抜いていると店主は少年の様子に警戒する。
「す、すいません。他を当たります」
「………良い旅を」
そうしてバツがわるい少年は白い目で見る店主を横目にそそくさとその場を後にしまった。
外に出てもう一度小袋の中を確認する少年。そこには先程の宿泊出来るには十分な程の資金が詰まっている。しかしながらこれからを生き抜く為に甘んじ現状を食い潰していると、あっと言う間に底を突いてしまうだろう。
計画性を見直さなければならないと事を考えると同時に少年はこうもこうも考えた。
(そうまでして……… 生きたい理由は何だ? ………いっそ死んでしまえば………殺されてしまえば楽じゃないか……… 分からない………分からない)
少年は呆然とその場で立ち尽くす。色々な考えで頭の割れそうになったのか、考えを吹き飛ばそうと目をギュッとつむり、頭をブンブンと左右に振る。そして細く日が差さない人気のない小路に外れ、その場に座り込み壁にもたれ掛かると腰にぶら下げていた一振りの剣をマントの中で抱きながら俯いた。
そうしていると突然、足下に影が少年の目の前に止まった。
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