第18話 流れた月日と成長・変化


 

 早朝。

 深夜の冒険から帰ってきた冒険者たちが「早く家に帰りたい……」とぼやきながら街を歩いていると、そこにヤツは現れた。


「おい、あれ見ろよ……。また朝っぱらから走ってるぜ」


「朝五時だぞ、正気か……?」


「さすが『流星スピードスター』だぜ……」


 男たちは視線の先で汗を流す少年の姿を思わず目で追ってしまっていた。

 その視線には尊敬と畏怖と、嫉妬の意味が含まれているのだが。

 少年は気にも留めない様子で、街中を走り回っていた。



 ―――



 『流星スピードスター』の朝は早い。

 朝日が昇るよりも前に起床し、男は準備に取り掛かる。

 顔を洗い、歯磨きをしたら日課のランニングの時間だ。


 身体をしっかりと伸ばし、準備運動を終えてから男は走る。

 風景を眺めながら、時には朝早くから散歩している老人に手を振り、ひたすらに走る。

 最近色んな人からの視線を感じるが、

 きっと男の名声を聞いた女たちの熱い視線だろう。


「ごめんなさい。僕には心に決めた人がいるんです」


 視線を振り切るように、男は走った。



 街を10周したところで男は家に帰り、そこからは筋トレのお時間。

 腕立てから始まり、腹筋、背筋、スクワット。

 男は万遍なく鍛えていく。


 戦いの勝敗のすべてが『魔力値』の優劣で決まるこの世界で、なぜに筋トレを行うのか。

 男は間髪入れずに答えた。


「筋肉はここぞというときにこそ本領を発揮するんです。筋肉があれば、疲れにくくもなりますしね。筋肉を極めることは冒険者業を極めると言っても過言ではありませんよ。それに……やっぱりモテたいじゃないですか」


 熱い筋肉への愛を語った後、男は調理場へと向かう。

 テキパキと手を動かした後、リビングへと戻る男。

 今日もパンと目玉焼き、ソーセージの朝食を食べ、

 認知症が進んでいる祖母へも同じ物を振る舞った。


「今日もありがとうねぇ、トーマス」


 とは祖母の談である。認知症は順調に進行しているようだ。



 食事を終えた男は道具屋で準備物を揃え、ギルド会館へと向かう。

 中へ入るとさっそく沸き立つ声が聞こえる。


「見ろよ『流星スピードスター』だ」「おお、今日も荒稼ぎしてくるのかねぇ」「なんかズルでもしてんじゃねえの?」「ユウキちゃんに手ぇ出したら殺す」……。


 うんうん。

 男は周囲から浴びせられる羨望の眼差しにニコニコと笑みを返しながらクエストボードへと向かい、一枚の紙を引きちぎると、受付へと向かう。


 大人な美貌を持つ人気受付嬢のエルさんに、「今日も仕事熱心ですねー」なんて揶揄われながら受注を完了し、ダンジョンへと旅立つ。



 男が家に帰ってくるのは夕刻5時。

 男は今日、中型魔獣モンスター数十体と、大型の飛竜を3体討伐した。

 今日もガッポリ稼いだな。という確かな達成感を得て、

 男は家事を終えた後、就寝するために自室へと向かおうとする。


「おばあちゃんお休みなさい」


「おやすみ、トーマス」


「だからトーマスって誰だよ……」という男の悲痛にも聞こえる溜息が、リビングに溶けては消えていった。


 こうして、男は早めに就寝する。

 これが冒険者『流星スピードスター』のカルマ・ジレンマの一日であった。



 ―――



 ……と、ここまでの冗談はさておき。


『死に戻り』という数奇なスキルを会得して三年の月日が経つ。

 これが僕の今。

 死に物狂いで掴み取った僕のリアル。


 数千数万の戦いを経験し、

 夢の実現まであと一歩のところまで到達した男の異常な日常だった。




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