第11話 RE:START
蘇生後。彼女との約束がなくなってもいけないので、
僕はまっさきに前の周と同じように「強くなるから、待っててくれ」と彼女と約束を結んだ。
彼女の複雑そうに笑った顔を見て、前の周と同様に別れる。
その後、現時刻は夕刻。
家の便所で、僕はゲロを吐いていた。
「うえええええええええええええっ」
胃の中に入っていたものがすでに全部出ていた。
けれど込み上げてくる嘔吐感は止まらない。
頭がグルグル回っていて、平衡感覚が無くなる。気持ちが悪い。
「お、うぇ……ッ、く……そ……」
正直、甘かった。
何度でも死ねるから強くなれる、と安易に思っていたが、
想像以上にこの道は険しいと、僕は改めて痛感させられた。
両腕を何度も刃物で刺された感覚が。
意識が刈り取られるまで何度も棍棒で殴打された感覚が。
何度も頭の中をリフレインしては、嘔吐を誘った。
一周目は状況も分からず、あまり現実感がなかったからかそうでもなかったが、
少なくとも、身体中を震え上がらせるほどのトラウマを植え付けるには、十分なほどに。
「……くそっ! ああ、クソッ!! しっかりしろよ、僕!!」
僕はそう自分を叱咤しながら便座の蓋を閉めると、勢いよくレバーを回した。
ゴッゴッゴッゴッという何か引っかかるような水の流れる音を聞きながら、僕は隣に備え付けられた洗面所の鏡で自分の顔を見る。
実に平凡な、どこにでもいる村人Bのような顔をした、僕の姿がそこにはあった。
少し珍しいボサボサとした黒色の髪ということ以外は、本当に平凡。これといった特徴もなく、特別顔が良いというわけではない。
むしろ、こういう状況だからか、顔色も悪く、病人のようにも見える。
いや、死人の間違いか。
「…………」
言いようもない、漠然とした不安のようなモノが頭の裏にベットリと張り付いた感覚がある。
こんな自分には何もできやしないと、諦めのような言葉が僕を締め上げていく。
「これで、諦め……」
ここで終わりたい。終われば楽になれるという思考が頭の中を満たしていく。
――でも。
「られるわけ、ないだろっ‥‥‥‥!」
思い出すのは、彼女の笑顔。
幼い頃に毎日のように見せてくれた、花が咲くような満開の笑顔。
今となっては、まったく見せてくれなくなった笑顔。
笑うときさえも、どこか上の空で。
そして、色んな感情を押し殺して笑ってくれたのであろう、あの、約束を交わしたときの笑顔。
彼女をもう一度、昔みたいに笑わせてあげたい。
彼女と並び立てるような存在になりたい。
彼女と共に、冒険がしたい。
燃えるような想いが、尽きることはない。
僕は自分自身の顔を右の拳で殴り飛ばし、冷たくなった脂汗の残った顔を冷水で思いっきり洗った。
―――
時刻は夜になっていた。
未だに営業している道具屋に足を運び、ポーションを揃えると、僕は再びギルド会館へと向かった。
酒の匂いと盛り上がる冒険者たちの陽気な声をすり抜けてクエストボードの前へと歩く。
目当てのモノを引きちぎると、それを受付まで持って行った。
受付をみると、蜂蜜色のような艶やかな茶髪を揺らして欠伸をしているエルさんを見つけたので、彼女に受付をお願いした。
何かまた
「カルマさん、体調悪いようでしたら、今日はもうお休みになられては?」
「いえ、お気になさらず」
「私の職業柄、気にしないわけにはいけないんですけどねー。ま、いいです。くれぐれも気を付けてくださいね」
「……はい、ありがとうございます」
そう言って僕が踵を返すと、
酒場となったギルドの奥で、パーティメンバーと酒を交わしているアクセルの姿が目に入った。
僕は気にしないようにしながら、外へと出るギルドの出口へと向かったが、案の定からまれた。
「あれー? カルマお前どうしたんだァ? そんな神妙な顔して……って、その姿、まさか今から探索にでも行くつもりか? もしかして、クビになったからって焦っちゃってる? ハハッ! やめとけよ! お前に冒険者業は似合わないって! 大人しく家政婦でもやってろよ!!」
ワハハハハハと後ろの方で笑う声が巻き起こる。
「……」
僕は無視して外へと出ようとするが、「無視ですかぁ?」とアクセルの煽るような声が聞こえてきた。普段は普通に冷静な奴なんだがな。喧嘩を起こしても構わないのか、馬鹿みたいに煽ってくる。奴め。相当酔っているな……。
いや、そうか。
そもそも、奴は僕が喧嘩などする勇気を持ち合わせていないと思っているのだろう。
それもそうだ。
奴から見れば、僕はいつも後ろの方でビクビクと震えていた弱虫野郎のだから。
なら、ここで『かつて』単なる弱虫野郎だった僕が取るべき行動は――、
これから、何が何でも強くなると決意した男が取るべき行動は、一つだ。
僕は麦酒を呷るアクセルに近づくと、面と向かって睨みつける。
アクセルは少し驚いた表情をして、「な、なんだよ」と言いながら固まっていた。
「……僕は、君よりも強くなる。誰よりも強くなって、彼女と並び立てるくらいに強くなる。彼女を心の底から笑わせてみせる。彼女と僕で、幸せになってみせる。だから――、」
息を吸い、吐き捨てるように宣言する。
「『あの女』は、お前には釣り合わねぇよ!!」
唖然とした表情の面々を睥睨して、
僕は、堂々と胸を張りながらギルド会館の外へと出ていった。
踏み込む足に、もう迷いは無くなっていた。
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